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第1章 黄泉の国から来た少女
#9 杏里、すねる
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「わからないな」
話を聞き終えると、零は言った。
「若い女が殺された。子宮を抜き取られて。現場は密室。だが、容疑者はいない」
リンスのCMに出てくるようなきれいな髪の毛を指で漉きながら、じっと杏里を見つめ返す。
「残念だけど、それだけでは、何があったのか、判断のしようがない」
オカルトチックな零のことだから、持ち前の超能力で、と期待していたわけではなかったが、それでも杏里は内心少しがっかりした。
零の感想が、あまりにも現実的だったからである。
「そうだよね。実際に現場をこの目で見た私にわかんないんだもの。話聞いただけで、零にわかるわけないよね」
「そういうことだな」
零の返事がそっけなさすぎて、つい杏里が涙ぐみそうになった時、
「たが、この先、もし私に手伝えることあったら、遠慮なく言ってくれ。だから、泣くな」
零が思いのほか優しい口調で言って、うなじに手をやり、杏里を胸元に抱き寄せた。
「ありがとう…」
気がつくと、杏里は零にしがみつき、そのまろやかな胸に頬を寄せていた。
お香の匂いが強すぎて、体臭まではわからない。
だが、初めて手を握られた時に比べて、零の身体はずいぶんと温かくなっているようだった。
「おまえのおかげだよ」
杏里の心を読んだみたいに、ふいに零がささやいた。
「おまえの血液が、内側から私を温めてくれている。生まれてから、こんなに人間らしい気分になったのは、これが初めてだ」
零が杏里の頭に顎を乗せる。
杏里ははだけた着物の襟元に右頬をつけ、零の胸のふくらみに唇で触れてみた。
「ずっと、一緒にいてくれる…?」
おそるおそる、訊いてみた。
「杏里さえ、よければ」
零が小声で答えた。
「こんな化け物が、嫌でなかったら」
「零は化け物なんかじゃない」
杏里は赤ん坊がむずかるように零の胸元でかぶりを振った。
「それは私がいちばんよく知ってる。私は、零のこと…」
「それ以上言うな」
零が杏里の頭を両手で抱きしめた。
「聞くと私が辛くなる」
「どうして?」
零の抱擁に逆らって、無理やり顔を上げる杏里。
「零は私をなんとも思っていないから? 私はただの家主で、いざというときの献血係で、零にとって便利な道具に過ぎないから? そんな私がいろいろ言うと、零の重荷になっちゃうから?」
込み上げてくる激情を抑えきれず、杏里は無意識のうちに、そう激しく言い募っていた。
「何を言い出すかと思えば」
零が吹き出した。
初めて見せる笑顔だった。
「被害妄想もたいがいにしろ。むしろ、その逆だよ」
「え?」
逆って…?
どういうこと?
甘酸っぱい期待が、胸の底から泉のように沸き上がり、ひたひたと身体中に広がっていく。
「おまえに血をもらったあの時、私は思ったんだ。やっと出会えた、私の人魚姫に、ってね」
「…うそ」
「うそじゃないさ。離したくない。離れたくない。そう思った。私には、許されないことなのだけれど」
「許されない…? どうして?」
「私は淀みから生まれた者。私はおまえを破滅させるかもしれない。それに私は他人と深く接したことが一度もない。破滅させる前に、おまえをひどく傷つけてしまうかもしれない。だから里の住人は、”人道界”の者と深い接点を持たないのが通例なのさ。その掟を私は破ってしまった」
「掟なんて、いつの時代の話なの? そんなのばかばかしいよ。だって私のほうこそ、ひと目見た瞬間から…」
そう。
愛してしまったのだ。
この異形の少女を。
「言うなといってるのに。まったく、しょうがないやつだな」
零が呆れたように苦笑する。
でも、まなざしがひどく優しい。
「だが、まあ、私にも言い分はある」
つぶやきながら、杏里のスーツを脱がせ、ブラウスのボタンをはずしにかかった。
「お館様に追及されたら、こう切り返すまでさ。杏里はただの人間じゃないんです、本物の人魚姫なんです、ってね」
いつのまにか、ブラも外されていた。
つんと上を向いた釣り鐘型の乳房が、すっかり露わにされている。
あの時と同じだった。
零の愛撫に気を失いかけた、あの時と。
「何、する気…?」
震え声で訊いた。
怖かったのではない。
快感への期待で、全身の肌がひりひりするからだった。
「きょうは、血は吸わない。どの道、もう3日もすれば下弦の月の時期になる。その時はまた、おまえの世話にならなきゃならないからな」
「じゃあ、これは…?」
杏里は胸を掌で隠そうとした。
その手を握って、零が言った。
「私はおまえを抱きたい。ただそれだけだよ」
話を聞き終えると、零は言った。
「若い女が殺された。子宮を抜き取られて。現場は密室。だが、容疑者はいない」
リンスのCMに出てくるようなきれいな髪の毛を指で漉きながら、じっと杏里を見つめ返す。
「残念だけど、それだけでは、何があったのか、判断のしようがない」
オカルトチックな零のことだから、持ち前の超能力で、と期待していたわけではなかったが、それでも杏里は内心少しがっかりした。
零の感想が、あまりにも現実的だったからである。
「そうだよね。実際に現場をこの目で見た私にわかんないんだもの。話聞いただけで、零にわかるわけないよね」
「そういうことだな」
零の返事がそっけなさすぎて、つい杏里が涙ぐみそうになった時、
「たが、この先、もし私に手伝えることあったら、遠慮なく言ってくれ。だから、泣くな」
零が思いのほか優しい口調で言って、うなじに手をやり、杏里を胸元に抱き寄せた。
「ありがとう…」
気がつくと、杏里は零にしがみつき、そのまろやかな胸に頬を寄せていた。
お香の匂いが強すぎて、体臭まではわからない。
だが、初めて手を握られた時に比べて、零の身体はずいぶんと温かくなっているようだった。
「おまえのおかげだよ」
杏里の心を読んだみたいに、ふいに零がささやいた。
「おまえの血液が、内側から私を温めてくれている。生まれてから、こんなに人間らしい気分になったのは、これが初めてだ」
零が杏里の頭に顎を乗せる。
杏里ははだけた着物の襟元に右頬をつけ、零の胸のふくらみに唇で触れてみた。
「ずっと、一緒にいてくれる…?」
おそるおそる、訊いてみた。
「杏里さえ、よければ」
零が小声で答えた。
「こんな化け物が、嫌でなかったら」
「零は化け物なんかじゃない」
杏里は赤ん坊がむずかるように零の胸元でかぶりを振った。
「それは私がいちばんよく知ってる。私は、零のこと…」
「それ以上言うな」
零が杏里の頭を両手で抱きしめた。
「聞くと私が辛くなる」
「どうして?」
零の抱擁に逆らって、無理やり顔を上げる杏里。
「零は私をなんとも思っていないから? 私はただの家主で、いざというときの献血係で、零にとって便利な道具に過ぎないから? そんな私がいろいろ言うと、零の重荷になっちゃうから?」
込み上げてくる激情を抑えきれず、杏里は無意識のうちに、そう激しく言い募っていた。
「何を言い出すかと思えば」
零が吹き出した。
初めて見せる笑顔だった。
「被害妄想もたいがいにしろ。むしろ、その逆だよ」
「え?」
逆って…?
どういうこと?
甘酸っぱい期待が、胸の底から泉のように沸き上がり、ひたひたと身体中に広がっていく。
「おまえに血をもらったあの時、私は思ったんだ。やっと出会えた、私の人魚姫に、ってね」
「…うそ」
「うそじゃないさ。離したくない。離れたくない。そう思った。私には、許されないことなのだけれど」
「許されない…? どうして?」
「私は淀みから生まれた者。私はおまえを破滅させるかもしれない。それに私は他人と深く接したことが一度もない。破滅させる前に、おまえをひどく傷つけてしまうかもしれない。だから里の住人は、”人道界”の者と深い接点を持たないのが通例なのさ。その掟を私は破ってしまった」
「掟なんて、いつの時代の話なの? そんなのばかばかしいよ。だって私のほうこそ、ひと目見た瞬間から…」
そう。
愛してしまったのだ。
この異形の少女を。
「言うなといってるのに。まったく、しょうがないやつだな」
零が呆れたように苦笑する。
でも、まなざしがひどく優しい。
「だが、まあ、私にも言い分はある」
つぶやきながら、杏里のスーツを脱がせ、ブラウスのボタンをはずしにかかった。
「お館様に追及されたら、こう切り返すまでさ。杏里はただの人間じゃないんです、本物の人魚姫なんです、ってね」
いつのまにか、ブラも外されていた。
つんと上を向いた釣り鐘型の乳房が、すっかり露わにされている。
あの時と同じだった。
零の愛撫に気を失いかけた、あの時と。
「何、する気…?」
震え声で訊いた。
怖かったのではない。
快感への期待で、全身の肌がひりひりするからだった。
「きょうは、血は吸わない。どの道、もう3日もすれば下弦の月の時期になる。その時はまた、おまえの世話にならなきゃならないからな」
「じゃあ、これは…?」
杏里は胸を掌で隠そうとした。
その手を握って、零が言った。
「私はおまえを抱きたい。ただそれだけだよ」
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