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第1章 黄泉の国から来た少女
#6 杏里、事件に遭遇する
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10分遅刻で照和署に駆け込むと、2階の刑事部捜査一課のフロアには、すでにメンバー全員が顔をそろえていた。
「杏里ちゃん、大丈夫かい? きのうあれから直帰したそうだけど。ひょっとして、レイプ魔に貞操を奪われたショックで寝込んでたとか」
いきなり声をかけてきたのは、おぼっちゃん然とした高山である。
貞操?
またなんて古風な。
私が貞操を奪われたとしたら、それはあのレイプ魔になんかじゃない。
零だ。
まあ、仮にまだそんなものが残っていたら、の話だけれど。
「平気です。これでノシてやりましたから」
左のジャブから右フックを繰り出すポーズを取ってみせると、
「何やってんだ、おまえ」
頭の後ろを韮崎に平手ではたかれた。
「11分の遅刻だぞ。新米のくせに、なんてザマだ」
いたたた。
杏里は後頭部をさすりながら自分の席に着いた。
新米新米っていわないでよね。
それをいうなら、研修生の野崎君がいるでしょ。
とは思ったが、もちろん口には出さなかった。
零との会話にかまけて、遅れてきた自分が悪いのである。
そこに当の野崎が、お盆にお茶の入った湯呑を人数分乗せて、にやにやしながら入ってきた。
こいつ、先輩の失敗に乗じて点数稼ぎかよ。
じろりと睨んでやると、野崎がお茶を配りながら、杏里の機嫌を取るように言った。
「いやあ、でも、さすが杏里先輩ですよね。今までの被害者は、みんな暴行されて気絶しちゃってたのに、相手をやっつけたあげく、その、もうひとりの犯人の顏もちゃんと見てただなんて」
「問題は、そこだ」
つかつかと、韮崎が近づいてきた。
「今度のレイプ魔も、先月先々月のふたり同様、脳の一部を食われて廃人になっていた。ってことは、こっちの読み通り、例のやつが現れたってことになる。現に我々も、遠目からだが、レイプ魔と揉み合う何者かの姿を視認してるしな。だが、笹原。おまえのいう怪しい中年男なんて、どこにもいなかったんだよ。おまえの叫び声を聞いて、すぐに駆けつけたにもかかわらず、だ」
「えーっと、ですからそれは。ごほ」
杏里は、飲みかけていたお茶を喉に詰まらせた。
「きっと、犯人は、100m6秒台の俊足で逃げたんだと思います」
「バカ者。そんな新幹線みたいな人間がいてたまるか」
「ですが、確かに私、見たんです。その、犯人が逃げていく後ろ姿を…」
焦りで手のひらに汗がにじんでくる。
なんといわれても、ここはシラを切り通すしかない。
零を司法の手に引き渡すわけにはいかないし、それに、刑事が犯人に一目ぼれしたあげく、ついには同居することになっただなんて、金輪際、口が裂けても言えやしない。
「笹原、何か隠してないか?」
意地の悪い口調で、韮崎が追及してきた。
「おまえ、嘘つく時、鼻の頭にしわが寄るだろ?」
「え、え? しわ? そ、そうなんですか?」
杏里はあわてて自分の鼻を手で隠した。
「ほら見ろ、やっぱり怪しいじゃねーか」
韮崎が勝ち誇ったように嗤った時である。
だしぬけに、韮崎のデスクの上の固定電話が鳴った。
「はい、こちら照和署です」
ワンコールで三上が受話器を取った。
「はあ、南分駐在所? ごくろうさまです」
どうやら管内の交番からの連絡らしい。
照和署の管内には、交番が7つある。
南分町といえば、ここから車で5分ほどの距離だ。
「え? 殺人? 場所は?」
ふいに三上の声が尖った。
「ハイツ南分104号室ですね。ドアも窓も内側から鍵? 何? 窓から覗くと血まみれの女の死体? わかりました。すぐ伺います。現場の保存と、管理人への連絡をお願いします。あ、あと、発見者はそこに待機させておいてください」
それだけ早口に言うと、三上は受話器を置いて韮崎を見た。
「班長、事件です。現場は南分町5番地にあるハイツ南分というワンルームマンションです。どうも殺人の可能性が高い」
「くそ。レイプ魔の次はレイプ魔を襲う怪人で、更にその次は殺人か。うちの管内もぶっそうになってきたものだ」
「まあ、この照和区は、面積こそ10㎢と狭いものの、人口は15万、世帯数は5万を超えてますからね。これだけ過密な人口密度なら、何が起こってもおかしくはない」
「なのに捜査一課は課員が6人しかいないとくる。しかもそのうちひとりは新米で、もうひとりは研修生のひよっこだ。まったく頭が痛いってもんだ」
などといいながらも、韮崎はなんだか生き生きしてきたようだ。
元よりデスクワークが大嫌いな性分なのである。
「あ、ちょっといいですか」
杏里が元気よく挙手をしたのは、その時だった。
ふと気になったことがあり、我慢できなくなったのだ。
「今の三上さんの話だと、現場はその、密室みたいなんですけど。だって、窓にもドアにも内側から鍵がかかってたって…。それってひょっとして、密室殺人ってやつじゃないんですか?」
「杏里ちゃん、大丈夫かい? きのうあれから直帰したそうだけど。ひょっとして、レイプ魔に貞操を奪われたショックで寝込んでたとか」
いきなり声をかけてきたのは、おぼっちゃん然とした高山である。
貞操?
またなんて古風な。
私が貞操を奪われたとしたら、それはあのレイプ魔になんかじゃない。
零だ。
まあ、仮にまだそんなものが残っていたら、の話だけれど。
「平気です。これでノシてやりましたから」
左のジャブから右フックを繰り出すポーズを取ってみせると、
「何やってんだ、おまえ」
頭の後ろを韮崎に平手ではたかれた。
「11分の遅刻だぞ。新米のくせに、なんてザマだ」
いたたた。
杏里は後頭部をさすりながら自分の席に着いた。
新米新米っていわないでよね。
それをいうなら、研修生の野崎君がいるでしょ。
とは思ったが、もちろん口には出さなかった。
零との会話にかまけて、遅れてきた自分が悪いのである。
そこに当の野崎が、お盆にお茶の入った湯呑を人数分乗せて、にやにやしながら入ってきた。
こいつ、先輩の失敗に乗じて点数稼ぎかよ。
じろりと睨んでやると、野崎がお茶を配りながら、杏里の機嫌を取るように言った。
「いやあ、でも、さすが杏里先輩ですよね。今までの被害者は、みんな暴行されて気絶しちゃってたのに、相手をやっつけたあげく、その、もうひとりの犯人の顏もちゃんと見てただなんて」
「問題は、そこだ」
つかつかと、韮崎が近づいてきた。
「今度のレイプ魔も、先月先々月のふたり同様、脳の一部を食われて廃人になっていた。ってことは、こっちの読み通り、例のやつが現れたってことになる。現に我々も、遠目からだが、レイプ魔と揉み合う何者かの姿を視認してるしな。だが、笹原。おまえのいう怪しい中年男なんて、どこにもいなかったんだよ。おまえの叫び声を聞いて、すぐに駆けつけたにもかかわらず、だ」
「えーっと、ですからそれは。ごほ」
杏里は、飲みかけていたお茶を喉に詰まらせた。
「きっと、犯人は、100m6秒台の俊足で逃げたんだと思います」
「バカ者。そんな新幹線みたいな人間がいてたまるか」
「ですが、確かに私、見たんです。その、犯人が逃げていく後ろ姿を…」
焦りで手のひらに汗がにじんでくる。
なんといわれても、ここはシラを切り通すしかない。
零を司法の手に引き渡すわけにはいかないし、それに、刑事が犯人に一目ぼれしたあげく、ついには同居することになっただなんて、金輪際、口が裂けても言えやしない。
「笹原、何か隠してないか?」
意地の悪い口調で、韮崎が追及してきた。
「おまえ、嘘つく時、鼻の頭にしわが寄るだろ?」
「え、え? しわ? そ、そうなんですか?」
杏里はあわてて自分の鼻を手で隠した。
「ほら見ろ、やっぱり怪しいじゃねーか」
韮崎が勝ち誇ったように嗤った時である。
だしぬけに、韮崎のデスクの上の固定電話が鳴った。
「はい、こちら照和署です」
ワンコールで三上が受話器を取った。
「はあ、南分駐在所? ごくろうさまです」
どうやら管内の交番からの連絡らしい。
照和署の管内には、交番が7つある。
南分町といえば、ここから車で5分ほどの距離だ。
「え? 殺人? 場所は?」
ふいに三上の声が尖った。
「ハイツ南分104号室ですね。ドアも窓も内側から鍵? 何? 窓から覗くと血まみれの女の死体? わかりました。すぐ伺います。現場の保存と、管理人への連絡をお願いします。あ、あと、発見者はそこに待機させておいてください」
それだけ早口に言うと、三上は受話器を置いて韮崎を見た。
「班長、事件です。現場は南分町5番地にあるハイツ南分というワンルームマンションです。どうも殺人の可能性が高い」
「くそ。レイプ魔の次はレイプ魔を襲う怪人で、更にその次は殺人か。うちの管内もぶっそうになってきたものだ」
「まあ、この照和区は、面積こそ10㎢と狭いものの、人口は15万、世帯数は5万を超えてますからね。これだけ過密な人口密度なら、何が起こってもおかしくはない」
「なのに捜査一課は課員が6人しかいないとくる。しかもそのうちひとりは新米で、もうひとりは研修生のひよっこだ。まったく頭が痛いってもんだ」
などといいながらも、韮崎はなんだか生き生きしてきたようだ。
元よりデスクワークが大嫌いな性分なのである。
「あ、ちょっといいですか」
杏里が元気よく挙手をしたのは、その時だった。
ふと気になったことがあり、我慢できなくなったのだ。
「今の三上さんの話だと、現場はその、密室みたいなんですけど。だって、窓にもドアにも内側から鍵がかかってたって…。それってひょっとして、密室殺人ってやつじゃないんですか?」
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