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第6章 となりはだあれ?
エピローグ
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「ったく、おまえといると、間違いなく定年前にクビだな。いったいなんなんだ? 捜査会議に遅刻してきた挙句、『犯人、やっつけました。犯人の正体は、コントンでした』って、あれは」
照和署の2階、刑事部捜査一課のフロアである。
白拍子亜魅との対決から丸1日。
杏里はいつものように、韮崎に油を絞られていた。
韮崎のデスクの灰皿は煙草の吸殻で埋まり、今もくわえている1本から紫煙が空け放した窓のほうへと流れていく。
それを横目で見ながら、杏里はこの恒例行事のような小言が早く終わらないものかとじりじりしていた。
「まあ、いいんじゃないですか。結果良ければすべてよしですよ。今度の事件の犯人も、どうやら人間じゃなかったみたいですし。杏里ちゃん、よくがんばってくれたと思いますよ。あの謎の美少女もね」
例によって、助け舟を出してくれたのは、後輩にやさしいイケメン巡査部長の三上である。
こんな時、杏里はいつも、うるっときて、三上に恋をしそうになる。
現にあの後、杏里の報告に度肝を抜かれた捜査会議は即中止となり、地下鉄星が丘駅付近には非常線が張られた。
発見された亜魅の死骸は”人間以外の生物”のものと認定され、科捜研が運んでいった。
その後はまた極秘裏にアメリカの調査機関の手に渡るのだろうが、現在は七尾ヤチカをリーダーにした科捜研の面々が分析中とのことだった。
「しかしまあ、目に見えない怪物が地下鉄の座席に座ってて、そこに座ろうとした人間を食ってたなんて話、まるっきりギャグマンガですよね」
頬杖をついた高山が、眠そうな顔で反応する。
「ばーか、人が3人も死んでるんだ。それをギャグにするやつがあるか。不謹慎にもほどがある」
韮崎の怒りの矛先が高山に逸れ、杏里はほっと溜息をついた。
あの口だけの怪物を、零は”混沌”と呼んだ。
もとはと言えば、モウの正体”饕餮(トウテツ)”と同起源を持つ、古代中国の神だか妖怪だかだそうだ。
それを、今回の外道はペットにしていたというわけだ。
「なんか、終わったって感じ、あんまりしませんなあ。最近、こんな得体の知れない事件ばっかりで。普通の殺人事件が恋しくなりますよ」
ねじり鉢巻きをしたら似合いそうな、寿司屋の店主そうろうの山田巡査長が遠い眼をしてぼやいた。
「こら、山田、おまえもか。普通の殺人事件が恋しいだと? そんなこと、刑事が口にしたなんてネットにでも書かれてみろ。一発で大炎上だぞ」
紛糾に紛れて、杏里は言った。
「じゃ、ニラさん、私、上がらせてもらいますね。きょうはその、有給ってことで」
「なんだと? まだ朝の9時だぞ? 笹原、おまえ、何考えて…」
「働き方改革ってやつですよね? 班長、ご存じないんですか? じゃ、俺もそろそろ上がっちゃおっかな」
調子づく野崎に、監督役の山田が雷を落とした。
「馬鹿もん。研修生に有給なんてないんだよ。おまえのは単なるさぼりだ。その分給料減るからな」
初夏の空の下を、杏里はバス停に向かって歩く。
もうすぐゴールデン・ウィークだ。
今年は10連休らしいけど、もちろん、刑事にはまるで関係がない。
でも、少しぐらい、休みが取れるかも。
そしたら、零と夜を徹してドライブというのも、いいかもしれない。
その零は、きのうの戦闘の疲れで、死んだように眠ったままだ。
月齢が低い時期に、明るいうちから戦ったせいで、かなり消耗してしまったらしい。
コントンに呑み込まれたモウも、結局は帰ってこなかった。
それも零の精神に、ダメージを与える要因のひとつになっているのだろう。
帰ったら、血をあげなきゃ。
私のこの、人魚姫の血を。
そうしてその後、元気になった零とベッドで…。
ふいに閃く官能的なイメージに乳首が硬くなり、杏里は思わずあっと叫んで手のひらで胸を押さえたのだった。
照和署の2階、刑事部捜査一課のフロアである。
白拍子亜魅との対決から丸1日。
杏里はいつものように、韮崎に油を絞られていた。
韮崎のデスクの灰皿は煙草の吸殻で埋まり、今もくわえている1本から紫煙が空け放した窓のほうへと流れていく。
それを横目で見ながら、杏里はこの恒例行事のような小言が早く終わらないものかとじりじりしていた。
「まあ、いいんじゃないですか。結果良ければすべてよしですよ。今度の事件の犯人も、どうやら人間じゃなかったみたいですし。杏里ちゃん、よくがんばってくれたと思いますよ。あの謎の美少女もね」
例によって、助け舟を出してくれたのは、後輩にやさしいイケメン巡査部長の三上である。
こんな時、杏里はいつも、うるっときて、三上に恋をしそうになる。
現にあの後、杏里の報告に度肝を抜かれた捜査会議は即中止となり、地下鉄星が丘駅付近には非常線が張られた。
発見された亜魅の死骸は”人間以外の生物”のものと認定され、科捜研が運んでいった。
その後はまた極秘裏にアメリカの調査機関の手に渡るのだろうが、現在は七尾ヤチカをリーダーにした科捜研の面々が分析中とのことだった。
「しかしまあ、目に見えない怪物が地下鉄の座席に座ってて、そこに座ろうとした人間を食ってたなんて話、まるっきりギャグマンガですよね」
頬杖をついた高山が、眠そうな顔で反応する。
「ばーか、人が3人も死んでるんだ。それをギャグにするやつがあるか。不謹慎にもほどがある」
韮崎の怒りの矛先が高山に逸れ、杏里はほっと溜息をついた。
あの口だけの怪物を、零は”混沌”と呼んだ。
もとはと言えば、モウの正体”饕餮(トウテツ)”と同起源を持つ、古代中国の神だか妖怪だかだそうだ。
それを、今回の外道はペットにしていたというわけだ。
「なんか、終わったって感じ、あんまりしませんなあ。最近、こんな得体の知れない事件ばっかりで。普通の殺人事件が恋しくなりますよ」
ねじり鉢巻きをしたら似合いそうな、寿司屋の店主そうろうの山田巡査長が遠い眼をしてぼやいた。
「こら、山田、おまえもか。普通の殺人事件が恋しいだと? そんなこと、刑事が口にしたなんてネットにでも書かれてみろ。一発で大炎上だぞ」
紛糾に紛れて、杏里は言った。
「じゃ、ニラさん、私、上がらせてもらいますね。きょうはその、有給ってことで」
「なんだと? まだ朝の9時だぞ? 笹原、おまえ、何考えて…」
「働き方改革ってやつですよね? 班長、ご存じないんですか? じゃ、俺もそろそろ上がっちゃおっかな」
調子づく野崎に、監督役の山田が雷を落とした。
「馬鹿もん。研修生に有給なんてないんだよ。おまえのは単なるさぼりだ。その分給料減るからな」
初夏の空の下を、杏里はバス停に向かって歩く。
もうすぐゴールデン・ウィークだ。
今年は10連休らしいけど、もちろん、刑事にはまるで関係がない。
でも、少しぐらい、休みが取れるかも。
そしたら、零と夜を徹してドライブというのも、いいかもしれない。
その零は、きのうの戦闘の疲れで、死んだように眠ったままだ。
月齢が低い時期に、明るいうちから戦ったせいで、かなり消耗してしまったらしい。
コントンに呑み込まれたモウも、結局は帰ってこなかった。
それも零の精神に、ダメージを与える要因のひとつになっているのだろう。
帰ったら、血をあげなきゃ。
私のこの、人魚姫の血を。
そうしてその後、元気になった零とベッドで…。
ふいに閃く官能的なイメージに乳首が硬くなり、杏里は思わずあっと叫んで手のひらで胸を押さえたのだった。
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度々失礼します。コメントに返信していただいてありがとうございます!申し訳ありませんが、まだ続きが読めてません。ごめんなさい(笑)
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コメント、ありがとうございます。
そうですね。おっしゃるとおりだと思います。
ルビに関しましては、時間のある時は、なるべく振るように心がけたいと思います。
これからも、よろしくおねがいします。
こんにちは。作者様の作品を初めて読ませていただきました。まだ一話の#1までしか読ませていただいていないのですが、コメントさせていただきます。
内容はとても面白いと思います。主人公杏里ちゃんの性質も頭に残りやすいですし、話もとんとん進んでいくので、読みやすいです。
でも、ちょっと気になったところもあります。文章が、どうして一文で改行されているのか分かりません。読者としては、まとまってくれていた方が読みやすいです(深い意味があるなら、申し訳ありません)。読みづらい漢字がありました。人名と読めないかもしれない漢字にはふりがなを振った方がいいと思います(読者増えるかもしれませんよ笑)。
内容がとてもいいのに、もったいない!今後のご活躍をお祈りしております。
コメント、ありがとうございます。
うーん、この文体は、クセみたいなものでして、一つの文を書く時、今使っているPCの枠からはみ出ない長さを基本にしているため、会話以外はたいていそこで切ってしまいます。あと、フリガナについては、このサイトの機能が面倒なのでスルーしているという、ただそれだけのことでして…。
ご意見、参考にさせていただきたいと思います。
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またしてもお誉めのコメントをいただき、まことにありがとうございます。
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