サイコパスハンター零

第6章 となりはだあれ？

#26 魔獣狩り⑭

　亜魅のスカートの中に、下着はなかった。

　ただ、無限の闇だけが、広がっていた。

　そして、その闇の底から、急速に何かが浮上してくるのが見えた。

　”口”だった。

　乱喰い歯に縁取られた、巨大な口である。

　その口に頭から呑み込まれそうになった瞬間、

「杏里、こっちだ！」

　意外なほど近くで、零の声がした。

　スカートの中の闇から視線を逸らすと、エスカレーターと並行した階段を、零が駆け上がってくるのが見えた。

　伸ばされた手を、つかんだ。

　すごい力で引っ張られ、杏里はエスカレーターの手すりを乗り越え、階段の途中に落ちた。

　スカートがめくれ上がり、純白のパンティが丸見えになった。

　が、そんなことにかまっている場合ではなかった。

　上体を起こし、振り返る。

　真下から風を喰らったかのように、亜魅のスカートが翻る。

　そしてその下から、黒い靄のような塊が出現した。

　靄の中にはあの”口”だけがあり、カチカチと噛み合わせの悪い歯を鳴らしている。

「そいつは、コントンだ」

　低い声で零が言う。

「よくやった、杏里。後は下がってろ」

　エスカレーターは高校生たちで埋まっている。

　異変に気づいた子どもたちが、一斉に悲鳴を上げ始めた。

「零！　なんとかして！」

　杏里の叫びと同時に、零が動いた。

　トレンチコートを脱ぎ捨てると、その下から浴衣に似た真っ赤な戦闘服が現れた。

　零が翼のように、浴衣の袂を広げて立った。

　浴衣の表面の木の葉模様がふいにぞろりと蠢き、一斉に”眼”を開く。

　百目の眼力に捕らえられ、巨大な口が凍りつく。

「行け。モウ！」

　零の鋭い声とともに、その着物の胸元から何か黒いものが飛び出した。

　元は”トウテツ”なる名前の中国の妖怪だという。

　零のペット、モウである。

　モウの実体も靄みたいなものだ。

　その靄が螺旋を描いて伸び、”口”の中に吸い込まれていった。

　とたんに”口”が震え出し、爆発するように周囲の靄ごと弾け飛んだ。

「おまえ」

　亜魅の整った美少女顔が溶けていく。

　コーヒーに垂らしたフレッシュが渦巻くように、目鼻口が溶けて崩れていくのだ。

「やはり、人間ではなかったか」

　その言葉が終わるか終わらぬかのうちだった。

　零の両腕が眼にもとまらぬ速さで交差し、古代の武器、苦無が放たれた。

　4本の苦無を顔面に受け、元は亜魅だった異形の者がゆっくりとくずおれていく。

「どうなったの？」

　しどけなく膝を崩して座り込んだ杏里は、ただ茫然と零を見上げた。

「終わった」

　その零のひと言と同時に、着物を埋め尽くした目玉たちがまぶたを閉じ、また元の木の葉模様に戻っていった。