サイコパスハンター零

戸影絵麻

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第6章 となりはだあれ?

#15 魔獣狩り③

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 自分には、死体や血に耐性がある。

 杏里はずっとそう思い込んでいた。

 これまでさまざまな死体を見てきたが、現場で卒倒したこともないし、高山のように吐いたこともないからだ。

「鈍感力だね」

 そんな杏里にいつか高山は言ったものである。

「杏里ちゃんは、鈍感力が高いんだよ」

 が、さすがの杏里も、今回だけは別だった。

 ホームに止まった地下鉄の車両。

 開きっ放しのドアの向こうは、血の海だった。

 しかも、そこここに放置されているのは、死体ですらない。

 ボロボロに引き裂かれた服や下着が、血だまりの中に浮かんでいる。

 そしてその周辺に、異様なものがいくつも転がっている。

 あの白くて丸いものは、頭蓋骨だろうか…。

 とすると…櫛の歯でできた籠みたいなあれは、おそらく胸骨…。

 その間に、千切れた腸らしきものが巨大なミミズのようにSの字を描いている。

 これは屠場だ。

 ハンカチで口と鼻を押さえ、懸命に吐き気と戦いながら、杏里は思った。

 まるで解体した家畜の残骸を、床にぶちまけたみたい…。

「な…何ですか、これ?」

 忙しく立ち働く鑑識課員に混じってその惨状を眺めながら、くぐもった声で杏里は傍らの韮崎にたずねた。

「俺が知るかよ」

 韮崎がうなるように言った。

「ったくもう、こっちが訊きたいぐらいだ」

 さしもの韮崎も、顔から血の気がすっかり引いてしまっている。

「被害者は、あの席に座っていたようです」

 鑑識課員のひとりが、対面の優先席のシートを指さした。

 なるほど、3人掛けの座席の向かって右側、地下鉄の連結部に近いあたりが血糊で真っ赤に染まっている。

「優先席か…。じゃあ、被害者は老人というわけだな」

「服装から見て、間違いありません。杖も落ちてましたから。三上刑事が、只今、身元を確認中です」

 三上さん、もう来てたんだ。

 杏里はちょっとうれしくなった。

 仕事のできる三上がもう動いているなら、話は早い。

 それにしても、ひどすぎる。

 吐き気を上回る怒りがこみ上げてきた。

 優先席を必要とするご老人に、こんなむごいことをするなんて…。

「ここまで死体が欠損していては、死因とか、わかんないでしょうね」

 そうつぶやいた時だった。

「死因も何も、食われたに決まってる」

 背後から声がした。

 零だ。

 零が、いつのまにやら後ろに立っているのだ。

「ああ、おまえさんか」

 その声に、韮崎が振り向いた。

 大して驚いている様子はない。

「黒野零とか言ったよな。なあ、教えてくれよ。妖怪じみたおまえさんなら、何かわかるんじゃないか? この街で、いったい何が起こってるんだ?」

 零が無言でコートを脱いだ。
 
 その下は、赤地に木の葉の模様をちりばめた、ド派手な着物姿である。

 丈の短いその着物の裾からは、すらりとした長い脚が突き出ている。

「どいて」

 杏里に脱いだコートをあずけると、零が韮崎を押しのけた。

「ちょっと中を調べてみたいから」
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