サイコパスハンター零

戸影絵麻

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第6章 となりはだあれ?

#11 都市伝説⑩

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 授業後、早瀬大翔が出てくるのを待って、杏里と野崎は尾上悠馬の住居に向かった。

 尾上悠馬の家は、今にも崩れてきそうなモルタル造りの安アパートだった。

 アパートは学校の近くの池に面していて、湖面に向かって斜めにかしいで建っていた。

「ここの105号室」

 早瀬大翔の後ろについて、狭い通路を歩いていく。

 杏里の後ろには、やる気なさそうな野崎刑事が続いている。

 通路には古びた3輪車やら植木鉢やら洗濯機やらがごたごたと並んでいて、まっすぐ歩くのはほぼ不可能だ。

 『尾上』というボール紙の表札を確認して、インターホンを鳴らす。

 反応なし。

 仕方なく、もう一度鳴らした後、

「警察の者です」

 そう声をかけてみた。

 『警察』のひと言は、効果覿面だった。

 すぐにすりガラスの窓に黒い影が動き、がちゃりと鍵のはずれる音がした。

「あんだよ」

 縁がささくれだった木製のドアの隙間から、肉まんじゅうのように丸い顔がのぞいた。

 トウモロコシのひげのような、黄色いぼさぼさ頭。

 ムームーみたいな服で樽のような身体を包んだ中年女である。

「尾上悠馬君のお母さまですね。私、照和署の笹原といいます」

 警察手帳を見せながら、杏里は相手の目を覗き込んだ。

「だから、警察がうちに何の用だって聞いてんだよ」

 不機嫌そうな口調で女が言う。

 反抗的な態度の割に不安そうに眼が泳いでいるのは、何か後ろ暗いところがあるからだろうか。

「悠馬君のことで、ちょっとお聞きしたいことがありまして」

 辛抱強く、杏里は言った。

「悠馬? 悠馬なら事故死なんだろ? こっちには、今頃話すことなんてないんだよ」

 女の眼がじろりと早瀬を見た。

 余計なことを、といわんばかりの憎々しげな視線である。

 ひゃあっと小さな悲鳴を上げ、身を縮こまらせて、少年が杏里の背中に隠れるのがわかった。

「ええ、記録ではそうなってるんですけど…ひょっとして、悠馬君の事件が、最近起きた別の事件の解決の鍵になるかも知れないんです」

「悠馬のことなんて、なんにも知らないよ。あんな親不孝なバカ息子、知ったこっちゃないってんだ」

「あの、よろしければ、悠馬君のお部屋だけでも見せていただけませんか? ちょっと調べたいことがありまして」

「捜査令状はあるのかい?」

 女の眼が意地悪く光った。

「テレビの刑事もので勉強したよ。捜査令状がなきゃ、あんたたち、他人の家に入れないんだろ?」

「いい加減にしろ、このくそばばあ」

 野崎が背後でつぶやくのを耳にして、杏里はわざと声を大きくした。

「で、では、悠馬君のお部屋に、パソコンとかありませんか? あったらそれだけでも、見せていただけませんでしょうか?」

「パソコン? あいつにゃ、スマホ買ってやったんだよ? 高校生なんて、それで充分だろ」

 だめか。

 杏里は唇を噛んだ。

 悠馬がパソコンを所持していれば、スマホの画像データをそちらに保存しているかもしれないと思ったのだ。

「アルバムはどうです? ほら、写真を貼るアルバムですけど?」

「そんなもんなかったと思うよ。スマホあれば、アルバムなんていらないだろ。今はなんでもデジタルの時代なんだから」

 馬鹿にしたように、女が鼻を鳴らした。

 杏里は言葉に詰まった。

 確かにその通りだ。

 紙ベースのアルバムなんて、おそらく今の高校生は小中学校の卒業アルバムくらいしか持っていないに違いない。


 取りつく島もなかった。

 杏里は退散することにした。

 駅まで送るついでに、早瀬大翔に訊いてみた。

「あなた、尾上君から写真買ってたんでしょ? だったら最後の問題の写真、持ってるんじゃないの?」

「持ってねーって」

 迷惑そうにかぶりを振る少年。

「どうだって見せてもらっただけでよ、商談まとまる前に、あいつ、死んじまったんだから」

「手掛かりなしか」

 少年が足早に改札口に消えると、杏里はため息をついた。

「次はいよいよ桜蘭女子に潜入捜査ですかね」

 コインパークに向かいながら、うきうきした口調で野崎が言う。

「正直、工業高校はアレでしたけど、女子高となれば、俺、がんばっちゃいますよ!」

「生徒全員のスカートめくって、三日月形のあざ、探して歩くつもり? そんなことしたら、野崎君、あなた、刑事即刻クビで、明日かられっきとした性犯罪者だよ」

「い、いやだなあ、杏里先輩、何もそこまで言わなくても…」

 痛い所を突かれ、頭をかく野崎。

 仕方ない。

 覆面パトカーの助手席に乗り込みながら、杏里は思った。

 きょうは家に帰って、零に相談してみよう。

 こういうオカルトチックな事件の場合、彼女なら、何か知ってるかもしれないし…。


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