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第6章 となりはだあれ?
#9 都市伝説⑧
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「ほんとに刑事さん?」
少年がまた訊いた。
目はさっきから杏里の胸元に釘付けになったままである。
「手帳、見せたでしょ」
杏里は咳払いひとつして、スーツの上着で胸を隠した。
まったく、男子高校生って生き物は…。
少年の視線が胸から今度はスカートから出た太腿に移動するのを見て、杏里は心の中でため息をついた。
早瀬大翔は、見るからに軽薄そうな少年だった。
髪の毛が逆立ち、耳にはピアスの穴が開いている。
だらしなく前ボタンをはずしたカッターシャツの間から、鎖骨の浮き出た痩せた胸の一部がのぞいている。
「エロイなあ、あんた、エロ過ぎるって。刑事さんが犯罪誘発してどうすんの?」
鼻の頭にしわを寄せ、へらっと笑った。
「生意気言ってんじゃないわよ。それより、質問に答えなさい。あなたと尾上君は、幼馴染なんだってね」
険のある口調で釘を刺すと、ようやく早瀬はしゃべり始めた。
「まあ、そりゃ、小学校からずっと一緒だったけど、親友ってわけじゃないぜ。だって、あいつ、すげえ変態だったしさあ」
「彼が盗撮を始めたのは、いつからなの?」
「中3になって、親にスマホ買ってもらってからじゃね? だいたい、あいつんとこ、母子家庭で生活保護受けてんのに、スマホだなんてぜいたくなんだよ。なんでも、母ちゃんが競馬で当てたからって」
「競馬?」
「ああ。あいつの母ちゃん、すっげえデブでさ、働かないでパチンコや競馬ばっかやってて」
よくある話だった。
交番勤務時代に、杏里はそんな家庭の子供たちが引き起こすトラブルに、いくつかかかわったことがある。
「でも、あなたも彼からその写真、買ってたんでしょ?」
杏里の指摘に少年の眼が泳いだ。
図星だったらしい。
「ち、ちげーよ」
ごまかすつもりらしいが、そうはいかない。
「だったらそのスマホ、見せてみなさいよ」
杏里が尻ポケットの携帯に手を伸ばすと、
「や、やめろよ。この変態女」
大翔がいやそうに顔をしかめ、その手を払いのけて腰をずらした。
ふたりが座っているのは、校庭の隅のベンチである。
木陰の向こうからは、グラウンドを走る運動部の生徒たちの掛け声が聞こえてくる。
「ほら、しっぽを出した。警察に見せたくないものがいっぱい入ってる証拠でしょ」
「だから、ちげーって。そんなんじゃねーよ」
大翔は首の付け根まで赤くなっている。
「まあ、いいわ。じゃ、ひとつだけ教えて。失踪する直前の尾上君、なにか変わったところはなかった? 一緒のグループだったなら、友だちとして、なにか気づいたことがあるんじゃない?」
「変わったところっていうか…」
話題がそれて、少年は明らかにほっとしたようだった。
その安堵感からか、その後のセリフはスムーズだった。
「あの2.3日前にさ、地下鉄の中で、噛み子を見たって言ってた。俺、そんなの迷信だろ?って言ったんだけど、あいつ、ガチでびくっててさ、呪われたらどうしようって」
「噛み子?」
まただ。
あの女子高生たちが話していた、都市伝説。
「どこで見たの? やっぱり、東山線?」
「たぶん。あいつ、バカだからさあ、間違って噛み子のパンツ、写しちまったんだってよ。それで呪われるだのなんだのって、やっぱ、あったまおかしいんじゃねーの?って俺、思ったのを覚えてる」
「噛み子の、パンツ…?」
杏里はあっけにとられ、早瀬大翔のそばかすだらけの顔を見た。
妖怪の下着を盗撮して、呪われる?
そんなの、ブラックジョークとしかいいようがない。
「あ、そうだ」
ふと思いついて、上着のポケットから、千種署から借りてきた尾上悠馬のスマホを取り出した。
「これ、尾上君のスマホなんだけど、ちょっと見てくれない? その写真、この中のどれなのか、教えてほしいのよ」
少年がまた訊いた。
目はさっきから杏里の胸元に釘付けになったままである。
「手帳、見せたでしょ」
杏里は咳払いひとつして、スーツの上着で胸を隠した。
まったく、男子高校生って生き物は…。
少年の視線が胸から今度はスカートから出た太腿に移動するのを見て、杏里は心の中でため息をついた。
早瀬大翔は、見るからに軽薄そうな少年だった。
髪の毛が逆立ち、耳にはピアスの穴が開いている。
だらしなく前ボタンをはずしたカッターシャツの間から、鎖骨の浮き出た痩せた胸の一部がのぞいている。
「エロイなあ、あんた、エロ過ぎるって。刑事さんが犯罪誘発してどうすんの?」
鼻の頭にしわを寄せ、へらっと笑った。
「生意気言ってんじゃないわよ。それより、質問に答えなさい。あなたと尾上君は、幼馴染なんだってね」
険のある口調で釘を刺すと、ようやく早瀬はしゃべり始めた。
「まあ、そりゃ、小学校からずっと一緒だったけど、親友ってわけじゃないぜ。だって、あいつ、すげえ変態だったしさあ」
「彼が盗撮を始めたのは、いつからなの?」
「中3になって、親にスマホ買ってもらってからじゃね? だいたい、あいつんとこ、母子家庭で生活保護受けてんのに、スマホだなんてぜいたくなんだよ。なんでも、母ちゃんが競馬で当てたからって」
「競馬?」
「ああ。あいつの母ちゃん、すっげえデブでさ、働かないでパチンコや競馬ばっかやってて」
よくある話だった。
交番勤務時代に、杏里はそんな家庭の子供たちが引き起こすトラブルに、いくつかかかわったことがある。
「でも、あなたも彼からその写真、買ってたんでしょ?」
杏里の指摘に少年の眼が泳いだ。
図星だったらしい。
「ち、ちげーよ」
ごまかすつもりらしいが、そうはいかない。
「だったらそのスマホ、見せてみなさいよ」
杏里が尻ポケットの携帯に手を伸ばすと、
「や、やめろよ。この変態女」
大翔がいやそうに顔をしかめ、その手を払いのけて腰をずらした。
ふたりが座っているのは、校庭の隅のベンチである。
木陰の向こうからは、グラウンドを走る運動部の生徒たちの掛け声が聞こえてくる。
「ほら、しっぽを出した。警察に見せたくないものがいっぱい入ってる証拠でしょ」
「だから、ちげーって。そんなんじゃねーよ」
大翔は首の付け根まで赤くなっている。
「まあ、いいわ。じゃ、ひとつだけ教えて。失踪する直前の尾上君、なにか変わったところはなかった? 一緒のグループだったなら、友だちとして、なにか気づいたことがあるんじゃない?」
「変わったところっていうか…」
話題がそれて、少年は明らかにほっとしたようだった。
その安堵感からか、その後のセリフはスムーズだった。
「あの2.3日前にさ、地下鉄の中で、噛み子を見たって言ってた。俺、そんなの迷信だろ?って言ったんだけど、あいつ、ガチでびくっててさ、呪われたらどうしようって」
「噛み子?」
まただ。
あの女子高生たちが話していた、都市伝説。
「どこで見たの? やっぱり、東山線?」
「たぶん。あいつ、バカだからさあ、間違って噛み子のパンツ、写しちまったんだってよ。それで呪われるだのなんだのって、やっぱ、あったまおかしいんじゃねーの?って俺、思ったのを覚えてる」
「噛み子の、パンツ…?」
杏里はあっけにとられ、早瀬大翔のそばかすだらけの顔を見た。
妖怪の下着を盗撮して、呪われる?
そんなの、ブラックジョークとしかいいようがない。
「あ、そうだ」
ふと思いついて、上着のポケットから、千種署から借りてきた尾上悠馬のスマホを取り出した。
「これ、尾上君のスマホなんだけど、ちょっと見てくれない? その写真、この中のどれなのか、教えてほしいのよ」
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