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第6章 となりはだあれ?
#8 都市伝説⑦
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その工業高校は、問題の星が丘駅から1区先にある、東山動物園の近くに位置していた。
「尾上悠馬、15歳。星が丘工業高校1年3組、出席番号5番、か」
ツタの絡まる校舎を見上げ、杏里はつぶやいた。
高校1年にして盗撮魔。
いったいどんな子供だったのだろう。
ただ、ちらっと思うのは、そもそもスマホなんてものが普及しなかったら、盗撮魔などという犯罪者はこうまで増えなかったのではないか、ということだ。
文明の利器といえば聞こえはいいが、スマホは明らかに人間を劣化させている。
歳柄にもなく、最近杏里は痛切にそう思う。
男子校と聞いてすっかりヤル気をなくした野崎を従え、職員室に行く。
工業高校というイメージとは裏腹に、廊下には塵ひとつ落ちていない清潔さだった。
校舎内も驚くほど静かで、遠くから合唱の声が聞こえてくるのも、一般の高校と変わらない。
ただ違いがあるとすれば、その声が男子だけのものであることぐらいだろう。
先に一本電話を入れておいたので、職員室に顔を出すと、すぐに応接室に通された。
グラスに入った麦茶を運んできた事務員の女性と入れ違いに、校長と若い男性教師が入ってきた。
ふたりとも、杏里を見て驚いたように目を丸くする。
白いブラウスを押上げるGカップの巨乳に、明らかに度肝を抜かれてしまったらしい。
「あ、私、校長の鎌田と申します。いやあ、しかし、まさか、警察の方が、あなたのようなべっぴんさんとは…」
禿頭をハンカチで撫でまわしながら、好色そうな目を細めて校長が言った。
べっぴんさんと言いながら、胸しか見てないのはどういうこと?
そう突っ込んでやりたかったが、野崎の手前もあり、杏里はぐっとこらえることにした。
こちらは?
というように若い教師にに目をやると、
「あ、こっちは尾上悠馬の担任だった石川先生。1年3組の担任で、担当教科は数学です」
本人より先に、校長が口を挟んできた。
「ど、どうも」
石川は、杏里から目を逸らして、軽く会釈しただけである。
なによこいつ? 童貞の2次元オタク?
生身の女とはまともに会話もできないってわけ?
その態度に、少なからずむっとする杏里。
「お忙しいなか、申し訳ありません。それにしても暑いですね。ここまで暑いと、初夏というよりもう夏みたい」
脱いだスーツの上着を野崎に持たせ、石川のほうに向かってブラウスの胸をことさら張ってみせると、杏里は会釈を返した。
応接室の窓から差し込む陽射しは、まだ5月だというのに、かなり強い。
さすがにきょうはあちこち歩き回ったので、すっかり喉が渇いてしまっていた。
野崎の分まで麦茶を飲み干すと、校長のひと声で、すぐに事務員がお代わりを持ってきてくれた。
「それで、尾上悠馬について、何かおたずねになりたいことがおありだとか…。正直言って、うちとあの子とは、もう何の関係もないといえば、ないんですがね」
校長のその言葉に、杏里はメモ帳からきっと顔を上げた。
さっき、石川を紹介する時も、「尾上悠馬の担任だった」と校長は過去形を使った。
これはいったい、どういうことなのだろう?
「尾上は、退学してるんですよ」
杏里の不審げな表情に気づいたのか、先回りして、校長が言った。
「あの失踪事件の2日ほど後のことです。突然、尾上の母親から電話がかかってきまして。学校にも迷惑かけたから、すぐにでも退学したいって」
「退学?」
杏里は眉をひそめた。
だから学校も、警察に失踪届を出さなかったというわけか。
「尾上は見つかったんですか? あれからもぅ、1か月以上経ちますが」
それまで黙っていた石川が、相変わらず杏里から顔を背けたまま、ふいに口を開いた。
「まだなんです。なのに、家族からは失踪届も出ていません。実はこの近くである事件が起こりまして、それに関連して、尾上悠馬君の一件が浮かんできまして…。それで、きょうは無理を承知でお伺いした次第なんですが」
「といいましても、私自身、あの子がどんな生徒だったのか、とんと記憶になくて…・石川君はどうだね? 担任の眼から見た、尾上悠馬の印象は?」
「学校では、地味で大人しい生徒でした。成績も運動も、中の下、といったところでしょうか。ただ、ひとつ、困った趣味があったようで…」
たどたどしく、石川が答えた。
歯切れの悪い口調である。
「盗撮ですね」
杏里はずばりと指摘した。
「登下校の地下鉄の中や校内で、女性の下着写真を撮りまくっていた」
校長が、息を呑むのが分かった。
「ご存知でしたか」
がっくりとうなだれて、つぶやいた。
石川が初めて杏里の顔を見た。
が、まるで自分が盗撮魔であるかのように、すぐにさっと目を伏せてしまう。
「僕自身が、確認したわけじゃ、ありません。あくまで噂を耳にした程度なのですが…。ただ、生徒たちの間では、彼のコレクションはかなり評判になっていたようです」
「学校に迷惑を云々という母親の言葉は、そのことについてだったのではないか…。後で石川先生の話を聞いて、私たちは勝手にそう判断したのですがね」
確かにそうだ。
失踪事件で”迷惑をかけた”というのは、退学の理由として今ひとつぴんとこない。
母親は事件を機に、息子の盗撮が明るみに出ると判断したのだろうか。
「尾上悠馬と仲の良かった生徒はいませんか? できれば、少し話を聞きたいんですけど」
「早瀬かな。同じクラスの、早瀬大翔。大翔と書いて、ハルトと読みます」
杏里が身を乗り出すと、うなだれたまま、石川が答えた。
「くれぐれも、穏便に願いますね。個人情報とかプライバシーとか、最近の兄は目茶目茶うるさいですから。それから、尾上の盗撮の件は、くれぐれも他言無用ということで」
汗のにじんだ禿頭を撫でまわしながら、校長が釘を刺してきた。
「大丈夫です」
杏里はにいっと笑った。
「私、間違っても、刑事に見えませんから」
「尾上悠馬、15歳。星が丘工業高校1年3組、出席番号5番、か」
ツタの絡まる校舎を見上げ、杏里はつぶやいた。
高校1年にして盗撮魔。
いったいどんな子供だったのだろう。
ただ、ちらっと思うのは、そもそもスマホなんてものが普及しなかったら、盗撮魔などという犯罪者はこうまで増えなかったのではないか、ということだ。
文明の利器といえば聞こえはいいが、スマホは明らかに人間を劣化させている。
歳柄にもなく、最近杏里は痛切にそう思う。
男子校と聞いてすっかりヤル気をなくした野崎を従え、職員室に行く。
工業高校というイメージとは裏腹に、廊下には塵ひとつ落ちていない清潔さだった。
校舎内も驚くほど静かで、遠くから合唱の声が聞こえてくるのも、一般の高校と変わらない。
ただ違いがあるとすれば、その声が男子だけのものであることぐらいだろう。
先に一本電話を入れておいたので、職員室に顔を出すと、すぐに応接室に通された。
グラスに入った麦茶を運んできた事務員の女性と入れ違いに、校長と若い男性教師が入ってきた。
ふたりとも、杏里を見て驚いたように目を丸くする。
白いブラウスを押上げるGカップの巨乳に、明らかに度肝を抜かれてしまったらしい。
「あ、私、校長の鎌田と申します。いやあ、しかし、まさか、警察の方が、あなたのようなべっぴんさんとは…」
禿頭をハンカチで撫でまわしながら、好色そうな目を細めて校長が言った。
べっぴんさんと言いながら、胸しか見てないのはどういうこと?
そう突っ込んでやりたかったが、野崎の手前もあり、杏里はぐっとこらえることにした。
こちらは?
というように若い教師にに目をやると、
「あ、こっちは尾上悠馬の担任だった石川先生。1年3組の担任で、担当教科は数学です」
本人より先に、校長が口を挟んできた。
「ど、どうも」
石川は、杏里から目を逸らして、軽く会釈しただけである。
なによこいつ? 童貞の2次元オタク?
生身の女とはまともに会話もできないってわけ?
その態度に、少なからずむっとする杏里。
「お忙しいなか、申し訳ありません。それにしても暑いですね。ここまで暑いと、初夏というよりもう夏みたい」
脱いだスーツの上着を野崎に持たせ、石川のほうに向かってブラウスの胸をことさら張ってみせると、杏里は会釈を返した。
応接室の窓から差し込む陽射しは、まだ5月だというのに、かなり強い。
さすがにきょうはあちこち歩き回ったので、すっかり喉が渇いてしまっていた。
野崎の分まで麦茶を飲み干すと、校長のひと声で、すぐに事務員がお代わりを持ってきてくれた。
「それで、尾上悠馬について、何かおたずねになりたいことがおありだとか…。正直言って、うちとあの子とは、もう何の関係もないといえば、ないんですがね」
校長のその言葉に、杏里はメモ帳からきっと顔を上げた。
さっき、石川を紹介する時も、「尾上悠馬の担任だった」と校長は過去形を使った。
これはいったい、どういうことなのだろう?
「尾上は、退学してるんですよ」
杏里の不審げな表情に気づいたのか、先回りして、校長が言った。
「あの失踪事件の2日ほど後のことです。突然、尾上の母親から電話がかかってきまして。学校にも迷惑かけたから、すぐにでも退学したいって」
「退学?」
杏里は眉をひそめた。
だから学校も、警察に失踪届を出さなかったというわけか。
「尾上は見つかったんですか? あれからもぅ、1か月以上経ちますが」
それまで黙っていた石川が、相変わらず杏里から顔を背けたまま、ふいに口を開いた。
「まだなんです。なのに、家族からは失踪届も出ていません。実はこの近くである事件が起こりまして、それに関連して、尾上悠馬君の一件が浮かんできまして…。それで、きょうは無理を承知でお伺いした次第なんですが」
「といいましても、私自身、あの子がどんな生徒だったのか、とんと記憶になくて…・石川君はどうだね? 担任の眼から見た、尾上悠馬の印象は?」
「学校では、地味で大人しい生徒でした。成績も運動も、中の下、といったところでしょうか。ただ、ひとつ、困った趣味があったようで…」
たどたどしく、石川が答えた。
歯切れの悪い口調である。
「盗撮ですね」
杏里はずばりと指摘した。
「登下校の地下鉄の中や校内で、女性の下着写真を撮りまくっていた」
校長が、息を呑むのが分かった。
「ご存知でしたか」
がっくりとうなだれて、つぶやいた。
石川が初めて杏里の顔を見た。
が、まるで自分が盗撮魔であるかのように、すぐにさっと目を伏せてしまう。
「僕自身が、確認したわけじゃ、ありません。あくまで噂を耳にした程度なのですが…。ただ、生徒たちの間では、彼のコレクションはかなり評判になっていたようです」
「学校に迷惑を云々という母親の言葉は、そのことについてだったのではないか…。後で石川先生の話を聞いて、私たちは勝手にそう判断したのですがね」
確かにそうだ。
失踪事件で”迷惑をかけた”というのは、退学の理由として今ひとつぴんとこない。
母親は事件を機に、息子の盗撮が明るみに出ると判断したのだろうか。
「尾上悠馬と仲の良かった生徒はいませんか? できれば、少し話を聞きたいんですけど」
「早瀬かな。同じクラスの、早瀬大翔。大翔と書いて、ハルトと読みます」
杏里が身を乗り出すと、うなだれたまま、石川が答えた。
「くれぐれも、穏便に願いますね。個人情報とかプライバシーとか、最近の兄は目茶目茶うるさいですから。それから、尾上の盗撮の件は、くれぐれも他言無用ということで」
汗のにじんだ禿頭を撫でまわしながら、校長が釘を刺してきた。
「大丈夫です」
杏里はにいっと笑った。
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