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第6章 となりはだあれ?
#5 都市伝説④
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現場は千種署と名東署の管轄の境目。
そう韮崎は言ったけど、厳密に言えば地下鉄『星が丘駅』は千種区に属している。
だから事件を扱ったのは千種署だろうと見当をつけ、杏里はまた東山線に乗り、数駅先の『覚王山』で降りた。
文教地区の千種区の中でも古い町並みが残るこの界隈は、日正寺という大きな寺院の門前町である。
今でも毎月20日には縁日が開かれる、外人観光客にも人気の隠れた観光スポットだ。
千種署はその門前町からは少し離れた、東西に伸びる幹線道路沿いに位置していた。
今朝の『地下鉄内猟奇殺人事件』のせいで、署内は刑事たちでごった返しており、彼らの眼に留まらぬよう、杏里は顔を隠して少年課の窓口のガラス窓をそっと叩いた。
応対してくれたのは、恰幅のいい中年のおばさん警官である。
てんてこまいの他の部署に比べると少年課は比較的ひまなのか、杏里の警察手帳を一瞥するなり、すぐに中に通してくれた。
「あれが事件っていえるのかねえ」
用件を切り出すと、弓月カンナと名乗ったおばさん警官は、開口一番、そう言った。
「確かに、先月の半ば、そんな通報がありましたよ。星が丘駅の上りエスカレーターで、高校生がひとり消えたって。でも、通報者がいかにも頭の悪そうな男子高校生のグループだったし、駆けつけたのはいいけれど、ほんのちょっぴり血痕が残ってるだけで、ほかに何もなかったしね。その後どこからも失踪届も出ないから、どうせいたずらだろうってことになって」
では、何の捜査もしていないということなのだろうか。
春先でその頃はこの部署も忙しかったのかもしれないけど、それにしてもいい加減だ、と杏里は思った。
「しかし、血痕はあったんですよね?」
念のために訊いてみる。
が、カンナはぶすっとした顔でこうぼやいただけだった。
「男の子同士、喧嘩して誰か鼻血でも出したんじゃないかって思うよ。あいつらって、ほんと、馬鹿だから」
バカは余分だろうと思うが、今そのことで、この偏見の塊のような中年女性を責めても仕方がない。
「被害者の身元は? 通報者がいたということは、消えた生徒の名前も聞かれたんですよね?」
「まあね。えーっと、ちょっとまってね」
パソコンに向かい、面倒くさそうにキーボードを叩くカンナ。
「あった、これだ。私立星が丘工業高校1年、尾上悠馬、15歳。住所はわかんないね。周りに居た子供たちも知らないみたいだったから」
「それで、その後、その少年の家には連絡を?」
「ああ、一応電話は入れたと思うよ。でも、母子家庭かなんかでさ、確か誰もでなかったんじゃなかったっけ」
「それで、あとは、それっきり…?」
「だって家出人の捜索依頼もないし、学校側も何も言ってこないんだよ。あたしらが勝手に動けるわけないじゃない」
杏里に責められているとでも思ったのか、カンナはだんだんと不機嫌になってくる。
「失礼しました」
杏里は一応尾上悠馬の家の電話番号を聞き取り、メモすると、最後にひとつだけたずねることにした。
「あのう、失礼ついでにひとついいですか? 現場には被害者のものと思われるスマートフォンが落ちてたと聞いてるんですが、そのスマホは今どこに? もしよろしければ、少しの間だけ、貸していただきたいのですが…」
「ああ、あれね。たぶん、証拠品保管庫にまだ置いてあると思うよ。それにしてもあんたも暇だねえ。あんな大事件があったばかりだっていうのに、なんで今頃こんなデマを調べ直してるわけ?」
「もしかしたら、と思いまして」
言葉少なに、杏里は言った。
「今朝の事件に、その少年失踪事件が、なにか関係しているのではないかと」
そう韮崎は言ったけど、厳密に言えば地下鉄『星が丘駅』は千種区に属している。
だから事件を扱ったのは千種署だろうと見当をつけ、杏里はまた東山線に乗り、数駅先の『覚王山』で降りた。
文教地区の千種区の中でも古い町並みが残るこの界隈は、日正寺という大きな寺院の門前町である。
今でも毎月20日には縁日が開かれる、外人観光客にも人気の隠れた観光スポットだ。
千種署はその門前町からは少し離れた、東西に伸びる幹線道路沿いに位置していた。
今朝の『地下鉄内猟奇殺人事件』のせいで、署内は刑事たちでごった返しており、彼らの眼に留まらぬよう、杏里は顔を隠して少年課の窓口のガラス窓をそっと叩いた。
応対してくれたのは、恰幅のいい中年のおばさん警官である。
てんてこまいの他の部署に比べると少年課は比較的ひまなのか、杏里の警察手帳を一瞥するなり、すぐに中に通してくれた。
「あれが事件っていえるのかねえ」
用件を切り出すと、弓月カンナと名乗ったおばさん警官は、開口一番、そう言った。
「確かに、先月の半ば、そんな通報がありましたよ。星が丘駅の上りエスカレーターで、高校生がひとり消えたって。でも、通報者がいかにも頭の悪そうな男子高校生のグループだったし、駆けつけたのはいいけれど、ほんのちょっぴり血痕が残ってるだけで、ほかに何もなかったしね。その後どこからも失踪届も出ないから、どうせいたずらだろうってことになって」
では、何の捜査もしていないということなのだろうか。
春先でその頃はこの部署も忙しかったのかもしれないけど、それにしてもいい加減だ、と杏里は思った。
「しかし、血痕はあったんですよね?」
念のために訊いてみる。
が、カンナはぶすっとした顔でこうぼやいただけだった。
「男の子同士、喧嘩して誰か鼻血でも出したんじゃないかって思うよ。あいつらって、ほんと、馬鹿だから」
バカは余分だろうと思うが、今そのことで、この偏見の塊のような中年女性を責めても仕方がない。
「被害者の身元は? 通報者がいたということは、消えた生徒の名前も聞かれたんですよね?」
「まあね。えーっと、ちょっとまってね」
パソコンに向かい、面倒くさそうにキーボードを叩くカンナ。
「あった、これだ。私立星が丘工業高校1年、尾上悠馬、15歳。住所はわかんないね。周りに居た子供たちも知らないみたいだったから」
「それで、その後、その少年の家には連絡を?」
「ああ、一応電話は入れたと思うよ。でも、母子家庭かなんかでさ、確か誰もでなかったんじゃなかったっけ」
「それで、あとは、それっきり…?」
「だって家出人の捜索依頼もないし、学校側も何も言ってこないんだよ。あたしらが勝手に動けるわけないじゃない」
杏里に責められているとでも思ったのか、カンナはだんだんと不機嫌になってくる。
「失礼しました」
杏里は一応尾上悠馬の家の電話番号を聞き取り、メモすると、最後にひとつだけたずねることにした。
「あのう、失礼ついでにひとついいですか? 現場には被害者のものと思われるスマートフォンが落ちてたと聞いてるんですが、そのスマホは今どこに? もしよろしければ、少しの間だけ、貸していただきたいのですが…」
「ああ、あれね。たぶん、証拠品保管庫にまだ置いてあると思うよ。それにしてもあんたも暇だねえ。あんな大事件があったばかりだっていうのに、なんで今頃こんなデマを調べ直してるわけ?」
「もしかしたら、と思いまして」
言葉少なに、杏里は言った。
「今朝の事件に、その少年失踪事件が、なにか関係しているのではないかと」
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