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第5章 百合はまだ世界を知らない
#43 結末③
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「は! 有り得んだろう!」
韮崎が怒ったように吐き捨てた。
「死にかけた親父から心臓を取り出して、復活させるために信者に移植した。そしたら心臓が暴走して、患者の内臓を喰いつくして逃げ出した。そいつをなんとか回収して、別の信者に移植したら、また同じことが起こった、だって? あのな、笹原、俺の頭ががいくら柔軟で、いくら心が広くても、そんな説明、信じられると思うか?」
1時間後。
取調室のマジックミラーのこちら側。
尋問の様子をうかがうための小部屋の中である。
杏里の通報で駆けつけた韮崎たちに連行された陣内摩耶は、今、マジックミラーの向こうで、山田巡査長の取り調べを受けている。
沈黙を貫き通す摩耶に代わって杏里が説明したところ、韮崎がいつものように怒り出したというわけだ。
「しかしですね。科捜研が回収したあの心臓らしき生き物には、ちゃんと目も口も歯もありましたからね。杏里ちゃんの言ってることは、あながち間違いではないと思いますよ」
こんな時、必ず杏里をフォローしてくれるのが、三上刑事だ。
杏里が感謝のまなざしを送ると、三上は茶目っ気たっぷりにウィンクを返してきた。
「信じないなら信じないでいい。でも、おっさんもそろそろ認識を改めないと、この先、刑事としてやっていけないぞ。こんな事件、これから増える一方だから」
部屋の片隅。
そこだけ闇の濃いところから発言したのは、零だった。
「し、素人が、よけいな口を挟むんじゃない」
色をなした韮崎に、やんわりと杏里は釘を刺した。
「あれ? 素人は私たちのほうじゃありませんでしたっけ? ニラさんも言ってたじゃないですか? これは零にふさわしい事件だ。だから零を呼べって」
報告書をなんとか書き上げて署を出る頃には、満月が西の空に沈みかけていた。
零を助手席に乗せて、パトカーにぶつけないよう、そろそろと愛車を出す。
「問題は、あれが外道じゃなかったってことだね」
行きとは打って変わって、幹線道路は静かだった。
すれ違う車も、追い越していく車もない。
「ああ。むしろ、気になるのは、栗栖重人を殺したのが、外道じゃないかってこと」
零は、行儀も何もあったものではなく、短い着物から伸びた長い足を、無造作にダッシュボードの上に投げ出している。
そうなのだ。
杏里は無言でうなずいた。
摩耶の告白を簡単にまとめると、こんなふうになる。
今から1年半ほど前のこと。
講演旅行に出かけていた重人が、帰ってくるなり、発病した。
全身が石化していく奇病だったという。
どこで、何のはずみでそうなったのかは、重人自身にも、心当たりがないらしかった。
意識を失う寸前、重人は摩耶に頼んだらしい。
心臓を取り出し、男でも女でもいい、誰かに移植してくれと。
そうすれば、もう一度、肉体を取り戻せるからと。
摩耶は言う通りにした。
教団を、当時お抱えの税理士だった夫の秀英に任せ、自分は移植医に専念することにしたのだ。
そのために個人病院を建て、父の心臓に適合する患者が現れるのを待った。
そして見つけたのが、第一の犠牲者、倉田静香だったというわけである。
摩耶があの晩、静香の家の近くに赴いたのは、手術の際、心臓の様子に不安を抱いたからだという。
人体から切り離しても生きている、不死身に近い生命力。
ただ、時間が経つうちに、心臓に変化が起こり始めた。
まるで独立した一個の生物のように、目や口ができ始めたのだ…。
「栗栖重人を石化した者が、どこかにいる。そいつは、この世界をイデアの力で変えられることを好まなかった。なぜなら、そいつも、この世界を構成している”絶対悪”の一部だったから」
「イデアの力…。よくわかんないな。そんなもの、ほんとにあるのかな」
杏里は思い出す。
あの時、すべてを語り終えた摩耶に向かって、最後に零が告げたのだ。
「聖処女ソフィアの生まれ変わりは、あんたの父さんじゃない。それは、ここにいる」
あれは、いったい、どういう意味だったのだろう?
韮崎が怒ったように吐き捨てた。
「死にかけた親父から心臓を取り出して、復活させるために信者に移植した。そしたら心臓が暴走して、患者の内臓を喰いつくして逃げ出した。そいつをなんとか回収して、別の信者に移植したら、また同じことが起こった、だって? あのな、笹原、俺の頭ががいくら柔軟で、いくら心が広くても、そんな説明、信じられると思うか?」
1時間後。
取調室のマジックミラーのこちら側。
尋問の様子をうかがうための小部屋の中である。
杏里の通報で駆けつけた韮崎たちに連行された陣内摩耶は、今、マジックミラーの向こうで、山田巡査長の取り調べを受けている。
沈黙を貫き通す摩耶に代わって杏里が説明したところ、韮崎がいつものように怒り出したというわけだ。
「しかしですね。科捜研が回収したあの心臓らしき生き物には、ちゃんと目も口も歯もありましたからね。杏里ちゃんの言ってることは、あながち間違いではないと思いますよ」
こんな時、必ず杏里をフォローしてくれるのが、三上刑事だ。
杏里が感謝のまなざしを送ると、三上は茶目っ気たっぷりにウィンクを返してきた。
「信じないなら信じないでいい。でも、おっさんもそろそろ認識を改めないと、この先、刑事としてやっていけないぞ。こんな事件、これから増える一方だから」
部屋の片隅。
そこだけ闇の濃いところから発言したのは、零だった。
「し、素人が、よけいな口を挟むんじゃない」
色をなした韮崎に、やんわりと杏里は釘を刺した。
「あれ? 素人は私たちのほうじゃありませんでしたっけ? ニラさんも言ってたじゃないですか? これは零にふさわしい事件だ。だから零を呼べって」
報告書をなんとか書き上げて署を出る頃には、満月が西の空に沈みかけていた。
零を助手席に乗せて、パトカーにぶつけないよう、そろそろと愛車を出す。
「問題は、あれが外道じゃなかったってことだね」
行きとは打って変わって、幹線道路は静かだった。
すれ違う車も、追い越していく車もない。
「ああ。むしろ、気になるのは、栗栖重人を殺したのが、外道じゃないかってこと」
零は、行儀も何もあったものではなく、短い着物から伸びた長い足を、無造作にダッシュボードの上に投げ出している。
そうなのだ。
杏里は無言でうなずいた。
摩耶の告白を簡単にまとめると、こんなふうになる。
今から1年半ほど前のこと。
講演旅行に出かけていた重人が、帰ってくるなり、発病した。
全身が石化していく奇病だったという。
どこで、何のはずみでそうなったのかは、重人自身にも、心当たりがないらしかった。
意識を失う寸前、重人は摩耶に頼んだらしい。
心臓を取り出し、男でも女でもいい、誰かに移植してくれと。
そうすれば、もう一度、肉体を取り戻せるからと。
摩耶は言う通りにした。
教団を、当時お抱えの税理士だった夫の秀英に任せ、自分は移植医に専念することにしたのだ。
そのために個人病院を建て、父の心臓に適合する患者が現れるのを待った。
そして見つけたのが、第一の犠牲者、倉田静香だったというわけである。
摩耶があの晩、静香の家の近くに赴いたのは、手術の際、心臓の様子に不安を抱いたからだという。
人体から切り離しても生きている、不死身に近い生命力。
ただ、時間が経つうちに、心臓に変化が起こり始めた。
まるで独立した一個の生物のように、目や口ができ始めたのだ…。
「栗栖重人を石化した者が、どこかにいる。そいつは、この世界をイデアの力で変えられることを好まなかった。なぜなら、そいつも、この世界を構成している”絶対悪”の一部だったから」
「イデアの力…。よくわかんないな。そんなもの、ほんとにあるのかな」
杏里は思い出す。
あの時、すべてを語り終えた摩耶に向かって、最後に零が告げたのだ。
「聖処女ソフィアの生まれ変わりは、あんたの父さんじゃない。それは、ここにいる」
あれは、いったい、どういう意味だったのだろう?
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