サイコパスハンター零

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
126 / 157
第5章 百合はまだ世界を知らない

#39 対決⑤

しおりを挟む
 団地の駐車場の来客スペースに車を止めた。
 市営あけぼの荘は、典型的なマンモス団地である。
 が、夜空をさえぎるその建物群を見上げた杏里は、思わず息を呑んだ。
 建物を埋め尽くす窓という窓。
 その半分ほどにしか、明かりがともっていないのである。
 朝方来た時には、わからなかった。
 それが夜になってはっきりしたというわけだ。
「まるでゴーストタウンだな」
 同じ思いを抱いたらしく、陰気な声で零がつぶやいた。
「被害者の家族も、おそらく教団の信者に違いない。失礼を承知で言わせてもらえば、この団地に住むレベルの経済状態じゃ、心臓移植の費用なんて出せないだろう。特別の計らいでもない限りはな」
 それは今朝、杏里も思ったことである。
「つまり、陣内摩耶は、無償で手術を請け負ったってこと?」
 少女の部屋に、あの奇妙な十字架はあったのだろうか。
 あまりに悲惨な現場のありさまにショックを受けて、そのあたりの細かいことまで覚えていない。
 後でもう一度、よく調べてみなければ…。
「ああ。信者の中から、目的に合った被験者を見つけたってわけだ」
「目的って?」
「もうすぐわかる」
 着物の裾を翻し、零は棟と棟の間を縫うようにして進んでいく。
 やがて目の前が開け、団地の真ん中の公園に出た。
 ジャングルジムや滑り台が、薄暗い街灯の光に照らし出されて、もの寂しげにうずくまっている。
 公園の周囲は広葉樹の林になっていて、まばらな木々の間に古ぼけたベンチが置かれているのが見えた。
「匂うな」
 薄闇の中で、零が大きく鼻で息を吸った。
「いるとしたら、あのへんか」
 林に向けて歩き出した時である。
 だしぬけに葉擦れの音が響き、下草の間から人影が立ち上がった。
 晩春の暖かい夜だというのに、頭にすっぽりと黒いフードをかぶっている。
 身体は同じく黒のコートで隠されていて、男か女かもわからない。
 あの人だ。
 本能的に、杏里は悟った。
 倉田静香が殺された夜、やはり近くの公園で見かけた怪しい人影。
 あそこにいるのは、あれと同一人物に違いない。
「ついてるな。まさにドンピシャのタイミングだ」
 零が不敵に笑った。
 その声に、人影が振り向いた。
 うすうすそんな予感がしていたのかもしれない。
 フードの下の顔を目の当たりにしても、杏里はさして驚かなかった。
「摩耶さん…」
「来ないで」
 押し殺した声で、摩耶が言った。
 闇の底で、血走った目が不気味に光っている。
「私たちのことは、放っておいて」
 私たち…?
 どういうことだろう?
 杏里は首をかしげた。
 ここには、摩耶ひとりしかいないのに。
「まだ見つからないのか?」
 摩耶は手に例の籐製のバスケットを提げている。
 それを見て、零がたずねた。
「あれが見つからないんで、ずっとそこに隠れて待ってたってわけか」
「あれって、何? 何のこと言ってるの?」
 零の言うことは、いつになく意味不明である。
 じれったくなって訊いた時だった。
 ザザッ。
 木の葉のこすれる音がして、何かが頭上から降ってきた。
「杏里、さがれ!」
 零が叫び、杏里をかばうように、両手を広げて仁王立ちになった。
 その漆黒の着物の表面で、変化がおき始めている。
 着物にちりばめられた木の葉の文様。
 それが一斉にまぶたを開き、無数の眼に変わったのだ。
「動くな」
 落ちてきた”それ”に駆け寄ろうとする摩耶を、零が叱った。
「そいつはもう、あんたが思ってるようなものじゃない。あきらめるんだ」
  

 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

無能な陰陽師

もちっぱち
ホラー
警視庁の詛呪対策本部に所属する無能な陰陽師と呼ばれる土御門迅はある仕事を任せられていた。 スマホ名前登録『鬼』の上司とともに 次々と起こる事件を解決していく物語 ※とてもグロテスク表現入れております お食事中や苦手な方はご遠慮ください こちらの作品は、 実在する名前と人物とは 一切関係ありません すべてフィクションとなっております。 ※R指定※ 表紙イラスト:名無死 様

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

処理中です...