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第5章 百合はまだ世界を知らない
#39 対決⑤
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団地の駐車場の来客スペースに車を止めた。
市営あけぼの荘は、典型的なマンモス団地である。
が、夜空をさえぎるその建物群を見上げた杏里は、思わず息を呑んだ。
建物を埋め尽くす窓という窓。
その半分ほどにしか、明かりがともっていないのである。
朝方来た時には、わからなかった。
それが夜になってはっきりしたというわけだ。
「まるでゴーストタウンだな」
同じ思いを抱いたらしく、陰気な声で零がつぶやいた。
「被害者の家族も、おそらく教団の信者に違いない。失礼を承知で言わせてもらえば、この団地に住むレベルの経済状態じゃ、心臓移植の費用なんて出せないだろう。特別の計らいでもない限りはな」
それは今朝、杏里も思ったことである。
「つまり、陣内摩耶は、無償で手術を請け負ったってこと?」
少女の部屋に、あの奇妙な十字架はあったのだろうか。
あまりに悲惨な現場のありさまにショックを受けて、そのあたりの細かいことまで覚えていない。
後でもう一度、よく調べてみなければ…。
「ああ。信者の中から、目的に合った被験者を見つけたってわけだ」
「目的って?」
「もうすぐわかる」
着物の裾を翻し、零は棟と棟の間を縫うようにして進んでいく。
やがて目の前が開け、団地の真ん中の公園に出た。
ジャングルジムや滑り台が、薄暗い街灯の光に照らし出されて、もの寂しげにうずくまっている。
公園の周囲は広葉樹の林になっていて、まばらな木々の間に古ぼけたベンチが置かれているのが見えた。
「匂うな」
薄闇の中で、零が大きく鼻で息を吸った。
「いるとしたら、あのへんか」
林に向けて歩き出した時である。
だしぬけに葉擦れの音が響き、下草の間から人影が立ち上がった。
晩春の暖かい夜だというのに、頭にすっぽりと黒いフードをかぶっている。
身体は同じく黒のコートで隠されていて、男か女かもわからない。
あの人だ。
本能的に、杏里は悟った。
倉田静香が殺された夜、やはり近くの公園で見かけた怪しい人影。
あそこにいるのは、あれと同一人物に違いない。
「ついてるな。まさにドンピシャのタイミングだ」
零が不敵に笑った。
その声に、人影が振り向いた。
うすうすそんな予感がしていたのかもしれない。
フードの下の顔を目の当たりにしても、杏里はさして驚かなかった。
「摩耶さん…」
「来ないで」
押し殺した声で、摩耶が言った。
闇の底で、血走った目が不気味に光っている。
「私たちのことは、放っておいて」
私たち…?
どういうことだろう?
杏里は首をかしげた。
ここには、摩耶ひとりしかいないのに。
「まだ見つからないのか?」
摩耶は手に例の籐製のバスケットを提げている。
それを見て、零がたずねた。
「あれが見つからないんで、ずっとそこに隠れて待ってたってわけか」
「あれって、何? 何のこと言ってるの?」
零の言うことは、いつになく意味不明である。
じれったくなって訊いた時だった。
ザザッ。
木の葉のこすれる音がして、何かが頭上から降ってきた。
「杏里、さがれ!」
零が叫び、杏里をかばうように、両手を広げて仁王立ちになった。
その漆黒の着物の表面で、変化がおき始めている。
着物にちりばめられた木の葉の文様。
それが一斉にまぶたを開き、無数の眼に変わったのだ。
「動くな」
落ちてきた”それ”に駆け寄ろうとする摩耶を、零が叱った。
「そいつはもう、あんたが思ってるようなものじゃない。あきらめるんだ」
市営あけぼの荘は、典型的なマンモス団地である。
が、夜空をさえぎるその建物群を見上げた杏里は、思わず息を呑んだ。
建物を埋め尽くす窓という窓。
その半分ほどにしか、明かりがともっていないのである。
朝方来た時には、わからなかった。
それが夜になってはっきりしたというわけだ。
「まるでゴーストタウンだな」
同じ思いを抱いたらしく、陰気な声で零がつぶやいた。
「被害者の家族も、おそらく教団の信者に違いない。失礼を承知で言わせてもらえば、この団地に住むレベルの経済状態じゃ、心臓移植の費用なんて出せないだろう。特別の計らいでもない限りはな」
それは今朝、杏里も思ったことである。
「つまり、陣内摩耶は、無償で手術を請け負ったってこと?」
少女の部屋に、あの奇妙な十字架はあったのだろうか。
あまりに悲惨な現場のありさまにショックを受けて、そのあたりの細かいことまで覚えていない。
後でもう一度、よく調べてみなければ…。
「ああ。信者の中から、目的に合った被験者を見つけたってわけだ」
「目的って?」
「もうすぐわかる」
着物の裾を翻し、零は棟と棟の間を縫うようにして進んでいく。
やがて目の前が開け、団地の真ん中の公園に出た。
ジャングルジムや滑り台が、薄暗い街灯の光に照らし出されて、もの寂しげにうずくまっている。
公園の周囲は広葉樹の林になっていて、まばらな木々の間に古ぼけたベンチが置かれているのが見えた。
「匂うな」
薄闇の中で、零が大きく鼻で息を吸った。
「いるとしたら、あのへんか」
林に向けて歩き出した時である。
だしぬけに葉擦れの音が響き、下草の間から人影が立ち上がった。
晩春の暖かい夜だというのに、頭にすっぽりと黒いフードをかぶっている。
身体は同じく黒のコートで隠されていて、男か女かもわからない。
あの人だ。
本能的に、杏里は悟った。
倉田静香が殺された夜、やはり近くの公園で見かけた怪しい人影。
あそこにいるのは、あれと同一人物に違いない。
「ついてるな。まさにドンピシャのタイミングだ」
零が不敵に笑った。
その声に、人影が振り向いた。
うすうすそんな予感がしていたのかもしれない。
フードの下の顔を目の当たりにしても、杏里はさして驚かなかった。
「摩耶さん…」
「来ないで」
押し殺した声で、摩耶が言った。
闇の底で、血走った目が不気味に光っている。
「私たちのことは、放っておいて」
私たち…?
どういうことだろう?
杏里は首をかしげた。
ここには、摩耶ひとりしかいないのに。
「まだ見つからないのか?」
摩耶は手に例の籐製のバスケットを提げている。
それを見て、零がたずねた。
「あれが見つからないんで、ずっとそこに隠れて待ってたってわけか」
「あれって、何? 何のこと言ってるの?」
零の言うことは、いつになく意味不明である。
じれったくなって訊いた時だった。
ザザッ。
木の葉のこすれる音がして、何かが頭上から降ってきた。
「杏里、さがれ!」
零が叫び、杏里をかばうように、両手を広げて仁王立ちになった。
その漆黒の着物の表面で、変化がおき始めている。
着物にちりばめられた木の葉の文様。
それが一斉にまぶたを開き、無数の眼に変わったのだ。
「動くな」
落ちてきた”それ”に駆け寄ろうとする摩耶を、零が叱った。
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