サイコパスハンター零

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
124 / 157
第5章 百合はまだ世界を知らない

#37 対決⓷

しおりを挟む
「おっさんが色々言ってくるだろうが、携帯には出るな。すべて終わるまで放っておけ」
 杏里の愛車、ココアの助手席に滑り込むと、高く足を組んで零が言った。
「そんなこと言ったって…」
 裏の駐車場から表通りに車を回し、慎重に左右の安全を確認すると、杏里はアクセルを踏み込んだ。
 時刻は夜の7時すぎ。
 国道を突っ走ってくる対向車のライトがまぶしい。
「現場は団地なんだろう? そんなところにむさくるしい男たちがわんさと集まってきてみろ。警戒して犯人は出てこないに決まってる」
 車が揺れるたびに、零の浴衣型戦闘服の袂で金属音がする。
 苦無をそこに忍ばせているからだろう。
「じゃあ、零は、犯人が犯行現場に戻ってくると、そう思ってるわけ?」
「ああ。前の事件の時もそうだっただろ? だいたい、それを目撃したのは杏里じゃないか」
「え? 私が?」
 もしかして、と思う。
 零が言っているのは、あの公園の人影のことだろうか?
 子犬を入れる籐の箱みたいなものを抱えた、黒い影…。
「来るとしたら、今晩だ。間に合ってくれるといいが」
 零は腕組みして、半眼になった眼で対向車のヘッドライトの渦を見つめている。
「どうしてそんなことがわかるの?」
 若い女が運転している軽自動車をからかうのが面白いのか、大型車が次々にあおり運転をしかけてくる。
 こんな時でなければ、停車を命じて逮捕してやるんだけど。
 歯を食いしばって、後続車をやり過ごしながら、杏里はたずねた。
「回収する必要があるからさ」
 さも当然といった口調で、零が答える。
「あれは独力ではそう遠くへは行けまい。ならば保護する者がいるはずだ」
「あれって? やっぱり、犯人は外道?」
 人間社会に潜む、人にあらざる者たち。
 ここのところ、杏里の遭遇する事件は、外道の絡むものばかりだ。
「さあ、どうだかな」
 零はそれ以上答える気はないようだ。
「それより、さっきPCで調べてたあの男のことだけど」
 すぐに話題を変えてきた。
「里の書庫で古文書を漁ってたら、グノーシスとのつながりが見えてきた」
 零は杏里が倉田家から借りてきた智慧の蛇教団の本を読んでいる。
 グノーシス主義についても、話してあった。
「古文書? 重人のグノーシス思想は、大学を中退して、ヨーロッパを放浪した時に身につけたものでしょう?」
「いや、むしろ逆だと思う。重人の故郷、三重県のT郡は、江戸時代以降、『語り衆』と呼ばれる隠れキリシタンの潜伏地だったらしい。1637年の島原・天草一揆。その残党が長崎から三重まで落ちのびてきたというわけだ」
「隠れキリシタン? 語り衆?」
 きょうの零は、いつになく博学である。
 どちらかというと、身体能力で勝負といった感の強い零にしては、珍しいことだ。
「かたりしゅう、と聞いて、何か思い浮かばないか? 教団の本にも出ていたぞ」
「うーん、あんまりバカバカしいから、あの本、しっかり読んでないんだよね」
 それどころか、すでにタイトルすら忘れてしまっている。
「しょうがないな。それじゃ、刑事失格だろ」
「んもう、言わないでよ。こっちも色々忙しかったんだから! で、その語り衆がどうしたの?」
「中世南フランスを拠点としたキリスト教異端に、カタリ派というのがあったのさ。この世はサタンがつくったと信じる、グノーシスの流れを汲む一派だ。キリスト教伝来とともに、そうした異端も日本に渡ってきていた。その可能性は十分にある」
「つまり、語り衆とは、カタリ派のこと…?」
「そう。だから、重人は幼い頃からグノーシスの教えになじんでいた。ヨーロッパに行ったのは、そのルーツをたどるためだったんじゃないかな。向こうで出会ったのではなく、その教義についてより深く知るための渡航だったとすれば…」
「この世は、サタンによって、つくられた…」
 ぞっとしない教義である。
 だとすれば、外道たちは文字通りサタンの申し子ということになる。
 杏里は、ネットに出ていた来栖重人の肖像写真を脳裏に思い浮かべた。
 非暴力・非服従運動で有名な、インドの指導者ガンジーを連想させる、どこか悲しそうな顔をした、痩せさばらえた老人だった。
「そして、もうひとつ大きな謎がある」
 考え込んでいると、唐突に零が言った。
「T郡は人魚伝説の土地でもある。もし重人が、杏里、おまえのように、人魚の血を引く不死者だったのだとしたら、1年前になぜ死んだのかということだ。人魚の子孫は死にたくても死ねない。それは杏里、おまえが一番よく知っているはずだ。なのに死んだ。これはいったい、どういうことだ?」


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...