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第5章 百合はまだ世界を知らない
#34 杏里と第2の猟奇殺人事件⑥
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静香の時同様、少女の裸の腹に、縦30センチ、横10センチほどの”穴”が開いている。
すでに血液が流れ出した後だからだろう。
顔を近づけると、傷口の内部が見えた。
ヤチカの言った通りだった。
肋骨と骨盤の一部、そして背骨。
見えるのはそれくらいだ。
あとは何もない。
腹腔の内側は、まるで内臓を取り去った後の家畜の枝肉のそれのようだ。
ーいい? 杏里ちゃん。聞いて驚かないでよ。死体は、内側から腹を喰い破られてるー
さっき聞いたばかりのヤチカの言葉が、耳によみがえる。
「ヤチカに会ったか?」
杏里の胸中を読んだかのように、韮崎が訊いた。
無言でうなずくと、
「ここからは見えないが、心臓も肺もない。静香の時と同じ、中は空っぽだ。しかし、だからと言って、ヤチカの見立てはいくらなんでもあれだろう。だいたい、そんなことがあり得るのか? 笹原、おまえ、どう思う?」
どう思うと言われても…。
杏里は韮崎の難しい顔から、もう一度少女の死体に視線を移した。
岡部の報告を、頭の中で反芻する。
愛花は生まれつき、心臓に欠陥を抱えていたそうだ。
その心臓を、1か月前に取り替えた。
手術は成功だったらしい。
副作用もなく、驚異的な回復を見せた愛花は、わずか3週間で退院。
10日間の自宅療養と経過観察を経て、明日から学校に行く予定だったのだという。
少女はさぞ、生きる希望に胸を弾ませていたことだろう。
それが一夜でこんな変わり果てた姿に…。
「ヤチカの推理が少しでもあたってるとなるとだ。これはもう、俺たちの手には負えないかもしれねえ」
隣室に下がると、マスク、手袋、キャップを順に取りながら、韮崎がつぶやいた。
「寄生生物…みたいなものでしょうか」
杏里は言った。
「アマゾン川だったか、ナイル川だったか忘れましたけど、外国には人間の体の中に侵入して臓器を食い荒らす魚がいるそうです。そんな生き物が、静香さんや愛花ちゃんの体内にいて、内側から内臓を食べてしまった。ヤチカさんは、きっとそう考えてるんだと思います」
「だろうな。しかし、ここは日本だ。南米でもアフリカでもない。そんな生き物がいるなんて話、聞いたことねえぞ」
リビングの椅子に座り込んだ韮崎の顔には、どことなく生気が感じられない。
これまで起こったいくつかの怪事件。
その顛末に思いを馳せて、早くも絶望しているのかもしれなかった。
「私もです」
杏里はうなずいた。
「でも、自然界に生息する、普通の生き物じゃないとしたら…」
「だから俺たちには手に負えないって言ってるんだよ」
韮崎の声に怒りが混じる。
そして、杏里を上目遣いに睨むと、吐き出すように言葉を継いだ。
「特別に俺が許す。すぐに家に帰って、あのオカルト姉ちゃんを呼んでこい」
すでに血液が流れ出した後だからだろう。
顔を近づけると、傷口の内部が見えた。
ヤチカの言った通りだった。
肋骨と骨盤の一部、そして背骨。
見えるのはそれくらいだ。
あとは何もない。
腹腔の内側は、まるで内臓を取り去った後の家畜の枝肉のそれのようだ。
ーいい? 杏里ちゃん。聞いて驚かないでよ。死体は、内側から腹を喰い破られてるー
さっき聞いたばかりのヤチカの言葉が、耳によみがえる。
「ヤチカに会ったか?」
杏里の胸中を読んだかのように、韮崎が訊いた。
無言でうなずくと、
「ここからは見えないが、心臓も肺もない。静香の時と同じ、中は空っぽだ。しかし、だからと言って、ヤチカの見立てはいくらなんでもあれだろう。だいたい、そんなことがあり得るのか? 笹原、おまえ、どう思う?」
どう思うと言われても…。
杏里は韮崎の難しい顔から、もう一度少女の死体に視線を移した。
岡部の報告を、頭の中で反芻する。
愛花は生まれつき、心臓に欠陥を抱えていたそうだ。
その心臓を、1か月前に取り替えた。
手術は成功だったらしい。
副作用もなく、驚異的な回復を見せた愛花は、わずか3週間で退院。
10日間の自宅療養と経過観察を経て、明日から学校に行く予定だったのだという。
少女はさぞ、生きる希望に胸を弾ませていたことだろう。
それが一夜でこんな変わり果てた姿に…。
「ヤチカの推理が少しでもあたってるとなるとだ。これはもう、俺たちの手には負えないかもしれねえ」
隣室に下がると、マスク、手袋、キャップを順に取りながら、韮崎がつぶやいた。
「寄生生物…みたいなものでしょうか」
杏里は言った。
「アマゾン川だったか、ナイル川だったか忘れましたけど、外国には人間の体の中に侵入して臓器を食い荒らす魚がいるそうです。そんな生き物が、静香さんや愛花ちゃんの体内にいて、内側から内臓を食べてしまった。ヤチカさんは、きっとそう考えてるんだと思います」
「だろうな。しかし、ここは日本だ。南米でもアフリカでもない。そんな生き物がいるなんて話、聞いたことねえぞ」
リビングの椅子に座り込んだ韮崎の顔には、どことなく生気が感じられない。
これまで起こったいくつかの怪事件。
その顛末に思いを馳せて、早くも絶望しているのかもしれなかった。
「私もです」
杏里はうなずいた。
「でも、自然界に生息する、普通の生き物じゃないとしたら…」
「だから俺たちには手に負えないって言ってるんだよ」
韮崎の声に怒りが混じる。
そして、杏里を上目遣いに睨むと、吐き出すように言葉を継いだ。
「特別に俺が許す。すぐに家に帰って、あのオカルト姉ちゃんを呼んでこい」
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