120 / 157
第5章 百合はまだ世界を知らない
#33 杏里と第2の猟奇殺人事件⑤
しおりを挟む
質素な住居だった。
2LDKの狭い空間は、ひしめく鑑識や刑事たちで文字通り立錐の余地もないほどだ。
現場はリビングを右手に折れたところにある部屋らしく、その入り口付近に何人もの刑事が固まって、中をのぞきこんでいた。
「相変わらず、おせーな」
屈強な男たちの間から顔を出したのは、マスクで鼻から下を覆った韮崎である。
「そんなとこにぼけっと突っ立ってないで、早く入れ」
その声に、刑事のひとりが振り向いて、杏里を認めるなり、かすかに表情を動かした。
岡部の言うように、ある意味杏里は有名人なのかもしれない。
その若い刑事は口元をほころばせ、身体をずらすと、どうぞ、とでも言うように杏里のために隙間をつくってくれた。
軽く会釈して、その隙間が埋まらないうちにと部屋の中にすべりこむ。
きちんと整理整頓された子ども部屋である。
被害者は読書家だったらしく、壁際に積まれたカラーボックスに文庫本がぎっしり詰まっている。
壁には最近大ヒットしたアニメのポスター。
勉強机はきれいに整理され、教科書や参考書の類がブックスタンドできちんと並べられている。
机の上にはもうひとつ棚があり、そこにクマのぬいぐるみとアニメキャラの精巧なフィギュアがひとつずつ。
宮原愛花は几帳面で少し内気な少女だったのではないか。
ぐるっと部屋を見渡して、杏里はそんな感想を抱いた。
たぶん、学校の成績はそこそこよかったのに違いない。
奥の壁際にベッドがあり、その周囲をブルーの防護服を着た男たちが取り囲んでいる。
ひとりだけ頭にビニール製の帽子をかぶったハーフコート姿の小男が混じっていて、それが韮崎だった。
杏里はスーツのポケットから同様のキャップを取り出すと、頭にかぶり、髪の毛を中に押し込んだ。
不機嫌そうな表情の上司に軽くうなずいてみせ、その隣に割り込んだ。
濃厚な血の臭気が鼻孔を突く。
無理もなかった。
ベッドの上は、シーツも掛け布団も真っ赤に染まっていた。
布団は半ばはがれ落ち、大量の血を吸って濡れ光るシーツの真ん中に、壊れた人形のようなものが寝かされている。
パジャマ姿の小柄な少女だった。
おかっぱ頭の下の顔は、目を思い切り見開き、ガラス玉のような眼球で天井をじっと見上げている。
口は悲鳴の形に開いたままで、その奥に固まったピンク色の舌が見えていた。
血の出所は、腹部だった。
ボタンが取れ、パジャマは前が開いている。
その間からのぞくのは、思わず目を背けたくなるほど残酷な傷口だ。
ある程度予想していたとはいえ、その死体を現実に目の当たりにすると、胸を搾られるような衝撃が杏里を襲った。
「ひどい…」
マスクの陰で、杏里は無意識のうちにそうつぶやいていた。
2LDKの狭い空間は、ひしめく鑑識や刑事たちで文字通り立錐の余地もないほどだ。
現場はリビングを右手に折れたところにある部屋らしく、その入り口付近に何人もの刑事が固まって、中をのぞきこんでいた。
「相変わらず、おせーな」
屈強な男たちの間から顔を出したのは、マスクで鼻から下を覆った韮崎である。
「そんなとこにぼけっと突っ立ってないで、早く入れ」
その声に、刑事のひとりが振り向いて、杏里を認めるなり、かすかに表情を動かした。
岡部の言うように、ある意味杏里は有名人なのかもしれない。
その若い刑事は口元をほころばせ、身体をずらすと、どうぞ、とでも言うように杏里のために隙間をつくってくれた。
軽く会釈して、その隙間が埋まらないうちにと部屋の中にすべりこむ。
きちんと整理整頓された子ども部屋である。
被害者は読書家だったらしく、壁際に積まれたカラーボックスに文庫本がぎっしり詰まっている。
壁には最近大ヒットしたアニメのポスター。
勉強机はきれいに整理され、教科書や参考書の類がブックスタンドできちんと並べられている。
机の上にはもうひとつ棚があり、そこにクマのぬいぐるみとアニメキャラの精巧なフィギュアがひとつずつ。
宮原愛花は几帳面で少し内気な少女だったのではないか。
ぐるっと部屋を見渡して、杏里はそんな感想を抱いた。
たぶん、学校の成績はそこそこよかったのに違いない。
奥の壁際にベッドがあり、その周囲をブルーの防護服を着た男たちが取り囲んでいる。
ひとりだけ頭にビニール製の帽子をかぶったハーフコート姿の小男が混じっていて、それが韮崎だった。
杏里はスーツのポケットから同様のキャップを取り出すと、頭にかぶり、髪の毛を中に押し込んだ。
不機嫌そうな表情の上司に軽くうなずいてみせ、その隣に割り込んだ。
濃厚な血の臭気が鼻孔を突く。
無理もなかった。
ベッドの上は、シーツも掛け布団も真っ赤に染まっていた。
布団は半ばはがれ落ち、大量の血を吸って濡れ光るシーツの真ん中に、壊れた人形のようなものが寝かされている。
パジャマ姿の小柄な少女だった。
おかっぱ頭の下の顔は、目を思い切り見開き、ガラス玉のような眼球で天井をじっと見上げている。
口は悲鳴の形に開いたままで、その奥に固まったピンク色の舌が見えていた。
血の出所は、腹部だった。
ボタンが取れ、パジャマは前が開いている。
その間からのぞくのは、思わず目を背けたくなるほど残酷な傷口だ。
ある程度予想していたとはいえ、その死体を現実に目の当たりにすると、胸を搾られるような衝撃が杏里を襲った。
「ひどい…」
マスクの陰で、杏里は無意識のうちにそうつぶやいていた。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
無能な陰陽師
もちっぱち
ホラー
警視庁の詛呪対策本部に所属する無能な陰陽師と呼ばれる土御門迅はある仕事を任せられていた。
スマホ名前登録『鬼』の上司とともに
次々と起こる事件を解決していく物語
※とてもグロテスク表現入れております
お食事中や苦手な方はご遠慮ください
こちらの作品は、
実在する名前と人物とは
一切関係ありません
すべてフィクションとなっております。
※R指定※
表紙イラスト:名無死 様
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる