サイコパスハンター零

戸影絵麻

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第5章 百合はまだ世界を知らない

#33 杏里と第2の猟奇殺人事件⑤

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 質素な住居だった。
 2LDKの狭い空間は、ひしめく鑑識や刑事たちで文字通り立錐の余地もないほどだ。
 現場はリビングを右手に折れたところにある部屋らしく、その入り口付近に何人もの刑事が固まって、中をのぞきこんでいた。
「相変わらず、おせーな」
 屈強な男たちの間から顔を出したのは、マスクで鼻から下を覆った韮崎である。
「そんなとこにぼけっと突っ立ってないで、早く入れ」
 その声に、刑事のひとりが振り向いて、杏里を認めるなり、かすかに表情を動かした。
 岡部の言うように、ある意味杏里は有名人なのかもしれない。
 その若い刑事は口元をほころばせ、身体をずらすと、どうぞ、とでも言うように杏里のために隙間をつくってくれた。
 軽く会釈して、その隙間が埋まらないうちにと部屋の中にすべりこむ。
 きちんと整理整頓された子ども部屋である。
 被害者は読書家だったらしく、壁際に積まれたカラーボックスに文庫本がぎっしり詰まっている。
 壁には最近大ヒットしたアニメのポスター。
 勉強机はきれいに整理され、教科書や参考書の類がブックスタンドできちんと並べられている。
 机の上にはもうひとつ棚があり、そこにクマのぬいぐるみとアニメキャラの精巧なフィギュアがひとつずつ。
 宮原愛花は几帳面で少し内気な少女だったのではないか。
 ぐるっと部屋を見渡して、杏里はそんな感想を抱いた。
 たぶん、学校の成績はそこそこよかったのに違いない。
 奥の壁際にベッドがあり、その周囲をブルーの防護服を着た男たちが取り囲んでいる。
 ひとりだけ頭にビニール製の帽子をかぶったハーフコート姿の小男が混じっていて、それが韮崎だった。
 杏里はスーツのポケットから同様のキャップを取り出すと、頭にかぶり、髪の毛を中に押し込んだ。
 不機嫌そうな表情の上司に軽くうなずいてみせ、その隣に割り込んだ。
 濃厚な血の臭気が鼻孔を突く。
 無理もなかった。
 ベッドの上は、シーツも掛け布団も真っ赤に染まっていた。
 布団は半ばはがれ落ち、大量の血を吸って濡れ光るシーツの真ん中に、壊れた人形のようなものが寝かされている。
 パジャマ姿の小柄な少女だった。
 おかっぱ頭の下の顔は、目を思い切り見開き、ガラス玉のような眼球で天井をじっと見上げている。
 口は悲鳴の形に開いたままで、その奥に固まったピンク色の舌が見えていた。
 血の出所は、腹部だった。
 ボタンが取れ、パジャマは前が開いている。
 その間からのぞくのは、思わず目を背けたくなるほど残酷な傷口だ。
 ある程度予想していたとはいえ、その死体を現実に目の当たりにすると、胸を搾られるような衝撃が杏里を襲った。
「ひどい…」
 マスクの陰で、杏里は無意識のうちにそうつぶやいていた。
 
 
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