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#29
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もうもうと上がる黒煙。
その隙間から赤い炎の舌が閃く。
降り注ぐ火の粉をかぶって、何体かのゾンビが燃え出していた。
私は翔ちゃんに手を引かれるまま、ゾンビたちの間をすり抜けて駆けた。
前を誰かが走っている。
後ろからも足音が追いかけてくる。
うわあっ,ゾンビだったらどうしよう!
生まれて初めてというくらい、一生懸命に駆けた。
胸がバクバク鳴って、今にも口から心臓が飛び出しそう。
煙を吸い込んで、喉が痛い。
せき込むと、足がもつれた。
ああ、もうだめ。
走れない!
翔ちゃんともつれ合うようにして地面に倒れ込むと、そこはもう森の中だった。
「ここまでくれば、大丈夫」
すぐそばに立っていた人影が言った。
顔を上げると、流伽だった。
この子、文化部のくせに、涼しい顔してるのはなぜだろう?
「どうしてそんなことが言えるんだ?」
かみついたのは、由羅である。
由羅は私たちより先に森に到着していたらしく、もう息を切らしてはいない。
「これが生えてるからだよ」
ひょいと木と木の間に手を伸ばした流伽が、丸い木の実をもぎとった。
「桃?」
横座りに足を投げ出したまま、きょとんとした表情で、翔ちゃんが言った。
「そう、桃だよ。この森には、何本か桃の木が生えてるの」
なるほど。
私は納得した。
行きにここを通った時、甘い匂いがしたのはそのせいか。
でも、なんで桃とゾンビが関係あるんだろう?
「イザナギ、イザナミの神話を知ってるだろう」
ガサガサっと葉擦れの音がして、そこに虎一郎氏と天草君が現れた。
「天孫降臨、ですか?」
短パンについた土や枯葉を手で払いのけながら、翔ちゃんが立ち上がった。
「その後のエピソードだ。国生みの後、さまざまな神々を産んだイザナミは、火の神を産んだ時のやけどが元で命を落とし、黄泉の国へとこもってしまう。未練を断ち切れずに黄泉の国まで会いに行ったイザナギは、そこで醜い姿になった妻を見て驚愕する。そして生ける屍と化したイザナミから逃げる途中で、魔除けに投げたのが、黄泉平坂の入口に立っていた桃の木の実だったのさ」
「桃は中国なんかでは、神聖な食べ物とされているしね」
虎一郎氏の解説を、流伽がフォローした。
「そんな、迷信だろ? 本物のゾンビに効くはずないじゃんか」
「そうかな」
疑い深そうな由羅を遮って、横から私は口を挟んだ。
「それって、案外、当たってるかも。ほら、うちのコンビニにゾンビが来た時のこと、思い出してよ。襲われた由羅がゾンビに手あたり次第ぶつけたのって、果物じゃなかった? 季節がら、あのなかに桃があってもおかしくないもん」
もしそうだとすれば、桃には実際にゾンビ除けの力があるに違いない。
それが神秘的なものなのか、あるいは化学的なものなのか、そこまでは私にはわからないけれど。
「とにかく、翔ちゃんと絵麻ちゃんのおかげで助かったっす。俺、もう、死ぬかと思ったっすよ」
天草君は、神話伝説にはあまり興味がないらしい。
たぶん、古事記も日本書紀も知らないのだろう。
「ようやく来たか」
風に乗って聞こえてきたパトカーのサイレンに耳をそば立て、虎一郎氏がつぶやいた。
「問題はこれからだな。どうやって、事の次第を警察の上層部に信じさせるかだ」
「証拠品は、いっぱいあるから、きっと大丈夫ですよ」
手に持った桃を一口かじって、流伽が言った。
その隙間から赤い炎の舌が閃く。
降り注ぐ火の粉をかぶって、何体かのゾンビが燃え出していた。
私は翔ちゃんに手を引かれるまま、ゾンビたちの間をすり抜けて駆けた。
前を誰かが走っている。
後ろからも足音が追いかけてくる。
うわあっ,ゾンビだったらどうしよう!
生まれて初めてというくらい、一生懸命に駆けた。
胸がバクバク鳴って、今にも口から心臓が飛び出しそう。
煙を吸い込んで、喉が痛い。
せき込むと、足がもつれた。
ああ、もうだめ。
走れない!
翔ちゃんともつれ合うようにして地面に倒れ込むと、そこはもう森の中だった。
「ここまでくれば、大丈夫」
すぐそばに立っていた人影が言った。
顔を上げると、流伽だった。
この子、文化部のくせに、涼しい顔してるのはなぜだろう?
「どうしてそんなことが言えるんだ?」
かみついたのは、由羅である。
由羅は私たちより先に森に到着していたらしく、もう息を切らしてはいない。
「これが生えてるからだよ」
ひょいと木と木の間に手を伸ばした流伽が、丸い木の実をもぎとった。
「桃?」
横座りに足を投げ出したまま、きょとんとした表情で、翔ちゃんが言った。
「そう、桃だよ。この森には、何本か桃の木が生えてるの」
なるほど。
私は納得した。
行きにここを通った時、甘い匂いがしたのはそのせいか。
でも、なんで桃とゾンビが関係あるんだろう?
「イザナギ、イザナミの神話を知ってるだろう」
ガサガサっと葉擦れの音がして、そこに虎一郎氏と天草君が現れた。
「天孫降臨、ですか?」
短パンについた土や枯葉を手で払いのけながら、翔ちゃんが立ち上がった。
「その後のエピソードだ。国生みの後、さまざまな神々を産んだイザナミは、火の神を産んだ時のやけどが元で命を落とし、黄泉の国へとこもってしまう。未練を断ち切れずに黄泉の国まで会いに行ったイザナギは、そこで醜い姿になった妻を見て驚愕する。そして生ける屍と化したイザナミから逃げる途中で、魔除けに投げたのが、黄泉平坂の入口に立っていた桃の木の実だったのさ」
「桃は中国なんかでは、神聖な食べ物とされているしね」
虎一郎氏の解説を、流伽がフォローした。
「そんな、迷信だろ? 本物のゾンビに効くはずないじゃんか」
「そうかな」
疑い深そうな由羅を遮って、横から私は口を挟んだ。
「それって、案外、当たってるかも。ほら、うちのコンビニにゾンビが来た時のこと、思い出してよ。襲われた由羅がゾンビに手あたり次第ぶつけたのって、果物じゃなかった? 季節がら、あのなかに桃があってもおかしくないもん」
もしそうだとすれば、桃には実際にゾンビ除けの力があるに違いない。
それが神秘的なものなのか、あるいは化学的なものなのか、そこまでは私にはわからないけれど。
「とにかく、翔ちゃんと絵麻ちゃんのおかげで助かったっす。俺、もう、死ぬかと思ったっすよ」
天草君は、神話伝説にはあまり興味がないらしい。
たぶん、古事記も日本書紀も知らないのだろう。
「ようやく来たか」
風に乗って聞こえてきたパトカーのサイレンに耳をそば立て、虎一郎氏がつぶやいた。
「問題はこれからだな。どうやって、事の次第を警察の上層部に信じさせるかだ」
「証拠品は、いっぱいあるから、きっと大丈夫ですよ」
手に持った桃を一口かじって、流伽が言った。
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