絶対絶命女子!

戸影絵麻

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#24

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 ダムは青い空を映して、鏡のように静まり返っていた。
 ダム設備に付随した無料駐車場で車を降りると、私たちは外壁に沿って少し上流まで歩いた。
「泳ぎたいね」
 水面を見下ろし、額の汗をぬぐいながら、うっとりした口調で翔ちゃんが言った。
「こんな時でなかったら、水着持ってくるんだけど」
 なんて言ってるってことは、生理はもう終わっているということか。
「私は水泳は嫌いです。人間が泳ぐだなんて、必要性を感じません」
 宇宙人みたいな恰好の流伽が、顔に装着したゴーグルを水面に向けてつぶやいた。
「必要性もなにも、単におまえ、カナヅチなだけなんだろ」
 由羅の毒舌に、その頬がぴくぴくと引きつった。
「こっちだ」
 虎一郎氏の指示で、縦一列になって山道を入って行く。
 森の中は、なんだか甘くていい匂いに満ちていた。
 果実の木が近くにあるのに違いない。
 しゃわしゃわと耳を聾せんばかりにクマゼミが鳴きわめくなか、しばらく無言で進んでいくと、やがて開けた場所に出た。
 黄色の立入禁止テープに囲まれた、殺風景な一画である。
 山のふもとに平地が広がっていて、急ごしらえのバラックの建物がいくつか建っている。
 簡易トイレが外にある、よく見かける建築現場の光景だ。
 ただ、普通じゃないのは、その中に白と黒に塗り分けられた大型のワゴン車が何台も止まっていることだった。
「SAT だね」
 声をひそめて、翔ちゃんがささやく。
「あの人たち、まだいるんだよ」
「だから近づけないって言っただろう」
 虎一郎氏は言うけれど、その割に建物や警察車両周辺に、人の気配はない。
 平地は森を切り開いた跡らしく、あちこちに切り株が残っていた。
 正面の山肌も赤土がむき出しで、いかにも自然破壊の真っ最中といった感じである。
「遺跡って、あれか」
 由羅が指さしたのは、丸裸の山肌の下部のあたりだった。
 なるほど、大きな岩の屋根みたいなものが、山肌から突き出し、影をつくっている。
 その脇に放置されたパワーシャベルが、作業中断の状況を物語っているようだ。
「誰もいないもん。行こう行こう」
 翔ちゃんが言って、先頭に立って歩き出す。
 流伽がスマホを片手に、バシバシ写真を撮っている。
「なんか拍子抜けだな」
 翔ちゃんに続いて立入禁止テープをまたぎ越え、由羅がぼやく。
「遺跡の中には入るな。近くで見るだけだぞ」
 平地を横切り始めた私たちに、後ろから虎一郎氏が声をかけてきた。
「ほんと、奈良の石舞台そっくりだね」
 巨大な一枚岩の前に立つと、翔ちゃんが言った。
「元は土で覆われてたんだろうけど、土台の岩がむき出しになってる」
「古墳って、昔の人のお墓なんだろ? ゾンビより幽霊が出たりして」
「だよねえ。出るとしたら、やっぱ、”噛み子”かなあ」
 天草君は、まだあの都市伝説にこだわっているようだ。 
「中はかなり深いね。この奥が第1の玄室で、更にその下にも部屋があるってこと?」
 近くにやってきた虎一郎氏に向かって、翔ちゃんがたずねた。
「ああ、その通りだ。ふたつ玄室がある古墳自体、きわめて珍しいんだが」
「だから、違うんですよ」
 断言するように、流伽が遮った。
「これは、古墳ではなく、寄生生物を隔離するための、一種の保護装置だったんです。その証拠に、周りに結界の跡が見えますから」
 流伽が眺めているのは、平地を取り囲む切り株の列だった。
「きっと工事で結界が破られて、それで災いが復活したのだと思います」


 
 
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