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#18
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見えたのは、”目”である。
私たちの進行方向ちょい右にひと際大きな洞窟があるんだけど、その暗い闇の中でいくつもの目が光っている。
そして、グルルルルという、どこかで聞いたあの唸り声。
「ゾンビ犬ね」
そっと息を吐き出すように、翔ちゃんが言った。
「それも1匹じゃない。かなりの数が、あの穴の中に隠れてる」
「引き返したほうが無難じゃない? 噛まれたりしたら大変だよ」
翔ちゃんの夏服の袖を引き、私は声をひそめてささやいた。
いつかグラウンドに現れたあの気味の悪い犬が、何頭もいるだなんて、想像するだけでもぞっとする。
「そうだね。こちら側から遺跡に近づくのは無理そうだね。ちょっと大回りだけど、日を改めて里山の反対側から行ってみよう」
「反対側って、川の上流からってことかよ。確かダムのあるへんだろ?」
「そうそう。ダムの近くにも、山に入れる登山道があったはず」
「私としては、この新兵器を試してみたい気もしますが、まあ、安全第一も悪くないですね」
満場一致で撤退することになり、元来た道を戻り始めた時である。
「げ。マジかよ」
さっきまではしんがりを歩いていて、今度は先頭になった由羅が、突然立ち止まってひとりごちた。
「うちら、もしかしてさ、取り囲まれてるんじゃね? その、ゾンビ犬ってやつに」
「ちょ、ちょっと、脅かさないでよ!」
由羅にぶつかって止まった私は、おそるおそる周囲を見回した。
う。
ほんとだ。
葦の群生の間を、何かが近づいてくる音がする。
葉むらの間からのぞく血走った眼や、尖った鼻づらは、明らかに野犬のそれである。
「気をつけて。背中を向けちゃダメ」
私と由羅を押しのけて前に立ったのは、翔ちゃんである。
何のつもりか、金属バットのグリップを両手で握り、垂直に立てて構えている。
ザザッと葦原が鳴った。
黒いものが、弾丸のように飛び出してきた。
翔ちゃんのバットが一閃したのは、それとほとんど同時だった。
ぐわしゃ。
気味の悪い音とともに、何かがポーンと跳ね上がり、生い茂る葦の中に落ちて行った。
水音が響き渡り、犬の唸り声が一瞬止まる。
「ナイスバッティング!」
翔ちゃんに向かって、由羅が親指を立ててみせた。
「今のうちに退散しましょ」
翔ちゃんが、右手でバットをぶんと振って、血の汚れを払い落とす。
ダダダダダ。
スタッカートのような銃声が聞こえてきたのは、その時だった。
「何あれ? 警察?」
音のほうに首を伸ばした由羅が言った。
例の、ゾンビ犬のひそんでいる洞窟の方角である。
「ただの警官隊ではありませんね。あれはSATです。このあたりだと、愛知県警から派遣されてきたものかと」
流伽の言う通りだった。
いつのまにか十数名の警官たちが、洞窟を遠巻きにしてマシンガンのようなものを抱えている。
誰もが分厚い防弾チョッキとヘルメットに身を固め、その背中には『愛知県警』と『SAT』の文字。
「SATって?」
「テロや立てこもり対策の特殊部隊ですね。でも、どうしてたかが害獣駆除にSAT が?」
流伽のつぶやきに、深刻そうに眉根を寄せて、翔ちゃんが答えた。
「ひょっとして、政府は気づいてるんじゃないかしら? 何か、常識はずれの事態が起こりつつあるってことに」
私たちの進行方向ちょい右にひと際大きな洞窟があるんだけど、その暗い闇の中でいくつもの目が光っている。
そして、グルルルルという、どこかで聞いたあの唸り声。
「ゾンビ犬ね」
そっと息を吐き出すように、翔ちゃんが言った。
「それも1匹じゃない。かなりの数が、あの穴の中に隠れてる」
「引き返したほうが無難じゃない? 噛まれたりしたら大変だよ」
翔ちゃんの夏服の袖を引き、私は声をひそめてささやいた。
いつかグラウンドに現れたあの気味の悪い犬が、何頭もいるだなんて、想像するだけでもぞっとする。
「そうだね。こちら側から遺跡に近づくのは無理そうだね。ちょっと大回りだけど、日を改めて里山の反対側から行ってみよう」
「反対側って、川の上流からってことかよ。確かダムのあるへんだろ?」
「そうそう。ダムの近くにも、山に入れる登山道があったはず」
「私としては、この新兵器を試してみたい気もしますが、まあ、安全第一も悪くないですね」
満場一致で撤退することになり、元来た道を戻り始めた時である。
「げ。マジかよ」
さっきまではしんがりを歩いていて、今度は先頭になった由羅が、突然立ち止まってひとりごちた。
「うちら、もしかしてさ、取り囲まれてるんじゃね? その、ゾンビ犬ってやつに」
「ちょ、ちょっと、脅かさないでよ!」
由羅にぶつかって止まった私は、おそるおそる周囲を見回した。
う。
ほんとだ。
葦の群生の間を、何かが近づいてくる音がする。
葉むらの間からのぞく血走った眼や、尖った鼻づらは、明らかに野犬のそれである。
「気をつけて。背中を向けちゃダメ」
私と由羅を押しのけて前に立ったのは、翔ちゃんである。
何のつもりか、金属バットのグリップを両手で握り、垂直に立てて構えている。
ザザッと葦原が鳴った。
黒いものが、弾丸のように飛び出してきた。
翔ちゃんのバットが一閃したのは、それとほとんど同時だった。
ぐわしゃ。
気味の悪い音とともに、何かがポーンと跳ね上がり、生い茂る葦の中に落ちて行った。
水音が響き渡り、犬の唸り声が一瞬止まる。
「ナイスバッティング!」
翔ちゃんに向かって、由羅が親指を立ててみせた。
「今のうちに退散しましょ」
翔ちゃんが、右手でバットをぶんと振って、血の汚れを払い落とす。
ダダダダダ。
スタッカートのような銃声が聞こえてきたのは、その時だった。
「何あれ? 警察?」
音のほうに首を伸ばした由羅が言った。
例の、ゾンビ犬のひそんでいる洞窟の方角である。
「ただの警官隊ではありませんね。あれはSATです。このあたりだと、愛知県警から派遣されてきたものかと」
流伽の言う通りだった。
いつのまにか十数名の警官たちが、洞窟を遠巻きにしてマシンガンのようなものを抱えている。
誰もが分厚い防弾チョッキとヘルメットに身を固め、その背中には『愛知県警』と『SAT』の文字。
「SATって?」
「テロや立てこもり対策の特殊部隊ですね。でも、どうしてたかが害獣駆除にSAT が?」
流伽のつぶやきに、深刻そうに眉根を寄せて、翔ちゃんが答えた。
「ひょっとして、政府は気づいてるんじゃないかしら? 何か、常識はずれの事態が起こりつつあるってことに」
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