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「いてててて」
腰をさすりさすり、つぶれた果物の残骸の上から、ごそごそと由羅が起き上がった。
「なんだよ? そのゾンビってのは?」
頬にもタンクトップにも、果汁やら血やらがこびりついている。
「だって、由羅だって見たでしょ? あんなの絶対人間じゃないよ!」
「んー、言われてみれば確かに、あいつの身体、半分以上、腐ってた」
汚れた手を鼻先に持っていき、
「う、くせえ」
と顔をしかめる。
「おい、なんだ、今の音は?」
そこに、2階から父が下りてきた。
いつのまにか帰ってきて、裏の階段から直接2階に上がっていたのだろう。
身長が私と変わらない父は、つるりと禿げたヤカン頭の小男で、おなかだけがぷっくり出ている。
「うは、どうしたってんだ? なんてザマだよ。おい、由羅、またおまえか」
「違うって」
由羅が口を尖らせた。
「変な野郎が暴れたんだよ。身体中腐った、ゾンビみたいな変質者がよ! うちはそいつを追い出してやったんだぜ! むしろ褒めてもらいたいくらいだ」
「ゾンビみたいな変質者? またわけのわかんねえこといいやがって! んなの、いるわけねーだろ?」
「それが、居たのよ」
私は自動ドアへと続く血の跡を指さした。
「由羅は正しい。信じてあげて」
「ほれ見ろ」
由羅が勝ち誇ったみたいに胸を張る。
と、母の声がした。
「それは大変だったわね。ふたりとも、大丈夫だった?」
「あ。おばさん」
由羅が照れたように頭を掻く。
うちの母は、娘の私が言うのもなんだが、スタイルがよく、美人の部類に入る。
いわゆる美魔女のひとりである。
だから父とはまったく釣り合わない。
前に”蚤の夫婦”と形容したのは、そういうわけだ。
「やだ、あなた、全身べちょべちょじゃない! 由羅ちゃん、お風呂に入ってく? その間に、警察呼ばなきゃね。ほんと、物騒な世の中になったものだわ。こんな田舎にまで、変質者が出るようになるなんて」
「変質者というより、ゾンビなんだけどね」
そう訂正したけど、母は聞いていない。
スマホを取り出すと、早くも110番し始める始末である。
でもって、10分後に自転車でやってきたのは、交番の駐在さんだった。
おまわりさんとか警察官というより、うちみたいな田舎では、やっぱりこの呼び方がしっくりくる。
「いやあ、派手にやられましたなあ」
警帽を取ると、首に巻いた手拭いでごま塩頭を拭いながら、初老の駐在さんが言った。
「まだそこらにいるかもしれないぞ。おっさん、追っかけろよ」
シャワーを浴びて出てきた由羅が、挑発するように言う。
「いやあ、きょうはもう夜も遅いからねえ。明日ゆっくり調べるよ」
駐在さん、あんまりヤル気、ないらしい。
私と由羅から調書だけ取ると、自転車にまたがって、鼻歌を歌いながら帰っていった。
「きょうはもう店じまいね。わたしが車で由羅ちゃん送ってくから、あなた、お店、片づけといて」
母が言い、私と由羅はワゴン車の後部座席に乗った。
「やれやれ」
母の命令は絶対だから、しぶしぶ掃除を始める父。
でも、と思う。
結局のところ、大人って、日常生活ってやつにに追われて、危機管理能力が麻痺してるんじゃないだろうか。
昼間見たあの犬。
今思うと、あれもゾンビ犬だった。
そして今度は人間のゾンビ。
死んだおばあちゃんが、よく言ってたっけ。
ゴキブリを1匹見かけたら、その陰に100匹いると思えって。
もし、ゾンビもそうだとしたら…?
「ヤバいよ、由羅」
居眠りし始めた由羅を揺り起こして、私はささやいた。
「すごく嫌な予感がする。明日翔ちゃんに相談しよう。あんたも来てよ。由羅も夏休みでどうせ暇なんでしょ?」
「余計なお世話だ」
寝ぼけまなこで由羅が言い返してきた。
「だいたい、翔ちゃんって、誰なんだよ?」
腰をさすりさすり、つぶれた果物の残骸の上から、ごそごそと由羅が起き上がった。
「なんだよ? そのゾンビってのは?」
頬にもタンクトップにも、果汁やら血やらがこびりついている。
「だって、由羅だって見たでしょ? あんなの絶対人間じゃないよ!」
「んー、言われてみれば確かに、あいつの身体、半分以上、腐ってた」
汚れた手を鼻先に持っていき、
「う、くせえ」
と顔をしかめる。
「おい、なんだ、今の音は?」
そこに、2階から父が下りてきた。
いつのまにか帰ってきて、裏の階段から直接2階に上がっていたのだろう。
身長が私と変わらない父は、つるりと禿げたヤカン頭の小男で、おなかだけがぷっくり出ている。
「うは、どうしたってんだ? なんてザマだよ。おい、由羅、またおまえか」
「違うって」
由羅が口を尖らせた。
「変な野郎が暴れたんだよ。身体中腐った、ゾンビみたいな変質者がよ! うちはそいつを追い出してやったんだぜ! むしろ褒めてもらいたいくらいだ」
「ゾンビみたいな変質者? またわけのわかんねえこといいやがって! んなの、いるわけねーだろ?」
「それが、居たのよ」
私は自動ドアへと続く血の跡を指さした。
「由羅は正しい。信じてあげて」
「ほれ見ろ」
由羅が勝ち誇ったみたいに胸を張る。
と、母の声がした。
「それは大変だったわね。ふたりとも、大丈夫だった?」
「あ。おばさん」
由羅が照れたように頭を掻く。
うちの母は、娘の私が言うのもなんだが、スタイルがよく、美人の部類に入る。
いわゆる美魔女のひとりである。
だから父とはまったく釣り合わない。
前に”蚤の夫婦”と形容したのは、そういうわけだ。
「やだ、あなた、全身べちょべちょじゃない! 由羅ちゃん、お風呂に入ってく? その間に、警察呼ばなきゃね。ほんと、物騒な世の中になったものだわ。こんな田舎にまで、変質者が出るようになるなんて」
「変質者というより、ゾンビなんだけどね」
そう訂正したけど、母は聞いていない。
スマホを取り出すと、早くも110番し始める始末である。
でもって、10分後に自転車でやってきたのは、交番の駐在さんだった。
おまわりさんとか警察官というより、うちみたいな田舎では、やっぱりこの呼び方がしっくりくる。
「いやあ、派手にやられましたなあ」
警帽を取ると、首に巻いた手拭いでごま塩頭を拭いながら、初老の駐在さんが言った。
「まだそこらにいるかもしれないぞ。おっさん、追っかけろよ」
シャワーを浴びて出てきた由羅が、挑発するように言う。
「いやあ、きょうはもう夜も遅いからねえ。明日ゆっくり調べるよ」
駐在さん、あんまりヤル気、ないらしい。
私と由羅から調書だけ取ると、自転車にまたがって、鼻歌を歌いながら帰っていった。
「きょうはもう店じまいね。わたしが車で由羅ちゃん送ってくから、あなた、お店、片づけといて」
母が言い、私と由羅はワゴン車の後部座席に乗った。
「やれやれ」
母の命令は絶対だから、しぶしぶ掃除を始める父。
でも、と思う。
結局のところ、大人って、日常生活ってやつにに追われて、危機管理能力が麻痺してるんじゃないだろうか。
昼間見たあの犬。
今思うと、あれもゾンビ犬だった。
そして今度は人間のゾンビ。
死んだおばあちゃんが、よく言ってたっけ。
ゴキブリを1匹見かけたら、その陰に100匹いると思えって。
もし、ゾンビもそうだとしたら…?
「ヤバいよ、由羅」
居眠りし始めた由羅を揺り起こして、私はささやいた。
「すごく嫌な予感がする。明日翔ちゃんに相談しよう。あんたも来てよ。由羅も夏休みでどうせ暇なんでしょ?」
「余計なお世話だ」
寝ぼけまなこで由羅が言い返してきた。
「だいたい、翔ちゃんって、誰なんだよ?」
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