13 / 32
#12
しおりを挟む
由羅は怖いもの知らずだ。
遠慮というものを知らないし、無鉄砲のかたまりみたいな性格だ。
おそらく小梅街道のトンネルに連れて行っても、出てきた幽霊に平気で声をかけることくらい、やりかねない。
だから、この時もそうだった。
相手が何者か確かめることもせず、いきなり脅しにかかった。
「おい、おっさん、何してんだよ! 今すぐやめねえと、ぶっ飛ばす!」
グルルル。
”おっさん”は、口の周りに肉片をこびりつかせて、ただ唸るばかりである。
この時にはすでに、私には本能的にわかっていたように思う。
この人、おかしい。
病気とか、そういうレベルのおかしさじゃない。
なんていうか、その…存在自体が、危ないのだ。
「由羅、やめようよ。警察、呼ぼう…」
そう、由羅の肩に手を伸ばしかけた時である。
ガルルルルッ!
獣のようにうなって、男が由羅につかみかかった。
食事を中断されたのが、よほど腹に据えかねたらしい。
「てめえ、ヤル気か?」
腰を落とし、テイクバックする由羅。
すっと右腕が伸び、華麗なストレートを繰り出した。
ずぼっ。
命中した。
でも、男は倒れない。
素人の私から見ても、相当強烈なパンチだったと思ったのに、顔色ひとつ変えていない。
まるで、そう。
痛みなど、感じないかのように。
「なにい?」
まなじりを吊り上げ、由羅が奥の通路に躍り出た。
スペースの空いたところで、本格的にやり合うつもりなのだ。
素早い動きで、キックを放った。
右左と連続して男の腰を蹴りつける。
が、相変わらず男は倒れない。
両手を突き出し、よろよろと由羅のほうへと向かっていく。
「な、なんだこいつ?」
さすがの由羅も、焦り始めたようだ。
「身体がぐにょぐにょで、パンチもキックも効かねーぞ?」
その通りだった。
由羅に蹴りつけられた男の腹は、服が破れ、血まみれの地肌がのぞいている。
そこから、まるで腐った肉のような悪臭が立ちのぼる。
由羅がジャブを連打した。
血や肉片をまき散らしながら、男が由羅にのしかかっていく。
「わ」
果物コーナーに足をとられ、後ろ向きに由羅が転倒した。
「く、来るな!」
桃といわず、夏ミカンといわず、商品を手あたり次第にぶつけ出す。
「ゆ。ゆら!」
ええい。
こうなったら、仕方ない。
私はゴルフクラブをふり上げた。
こんなもので人を殴るのは、生まれて初めての経験である。
頭頂の禿げた男の頭にそれを振り下ろそうとした時だった。
あぐあ。
ふいに男が硬直した。
ぐふう。
いきなり、狂ったように両手で顔をかきむしり始めた。
次に、よろめきながら、角度を変えた。
そのまま由羅には見向きもせず、自動ドアめがけてよろよろ歩いていく。
そして左右に体を振りながら、ずんずん外へ出て行ってしまった。
「なんだあ? あれ?」
その後ろ姿を見送っていた由羅が、唖然とした表情で、つぶやいた。
「たぶん」
言うなら今だ。
思い切って、私は胸の中にわだかまっていたその言葉を、吐き出した。
「たぶん、今の、ゾンビだと思う」
遠慮というものを知らないし、無鉄砲のかたまりみたいな性格だ。
おそらく小梅街道のトンネルに連れて行っても、出てきた幽霊に平気で声をかけることくらい、やりかねない。
だから、この時もそうだった。
相手が何者か確かめることもせず、いきなり脅しにかかった。
「おい、おっさん、何してんだよ! 今すぐやめねえと、ぶっ飛ばす!」
グルルル。
”おっさん”は、口の周りに肉片をこびりつかせて、ただ唸るばかりである。
この時にはすでに、私には本能的にわかっていたように思う。
この人、おかしい。
病気とか、そういうレベルのおかしさじゃない。
なんていうか、その…存在自体が、危ないのだ。
「由羅、やめようよ。警察、呼ぼう…」
そう、由羅の肩に手を伸ばしかけた時である。
ガルルルルッ!
獣のようにうなって、男が由羅につかみかかった。
食事を中断されたのが、よほど腹に据えかねたらしい。
「てめえ、ヤル気か?」
腰を落とし、テイクバックする由羅。
すっと右腕が伸び、華麗なストレートを繰り出した。
ずぼっ。
命中した。
でも、男は倒れない。
素人の私から見ても、相当強烈なパンチだったと思ったのに、顔色ひとつ変えていない。
まるで、そう。
痛みなど、感じないかのように。
「なにい?」
まなじりを吊り上げ、由羅が奥の通路に躍り出た。
スペースの空いたところで、本格的にやり合うつもりなのだ。
素早い動きで、キックを放った。
右左と連続して男の腰を蹴りつける。
が、相変わらず男は倒れない。
両手を突き出し、よろよろと由羅のほうへと向かっていく。
「な、なんだこいつ?」
さすがの由羅も、焦り始めたようだ。
「身体がぐにょぐにょで、パンチもキックも効かねーぞ?」
その通りだった。
由羅に蹴りつけられた男の腹は、服が破れ、血まみれの地肌がのぞいている。
そこから、まるで腐った肉のような悪臭が立ちのぼる。
由羅がジャブを連打した。
血や肉片をまき散らしながら、男が由羅にのしかかっていく。
「わ」
果物コーナーに足をとられ、後ろ向きに由羅が転倒した。
「く、来るな!」
桃といわず、夏ミカンといわず、商品を手あたり次第にぶつけ出す。
「ゆ。ゆら!」
ええい。
こうなったら、仕方ない。
私はゴルフクラブをふり上げた。
こんなもので人を殴るのは、生まれて初めての経験である。
頭頂の禿げた男の頭にそれを振り下ろそうとした時だった。
あぐあ。
ふいに男が硬直した。
ぐふう。
いきなり、狂ったように両手で顔をかきむしり始めた。
次に、よろめきながら、角度を変えた。
そのまま由羅には見向きもせず、自動ドアめがけてよろよろ歩いていく。
そして左右に体を振りながら、ずんずん外へ出て行ってしまった。
「なんだあ? あれ?」
その後ろ姿を見送っていた由羅が、唖然とした表情で、つぶやいた。
「たぶん」
言うなら今だ。
思い切って、私は胸の中にわだかまっていたその言葉を、吐き出した。
「たぶん、今の、ゾンビだと思う」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
Catastrophe
アタラクシア
ホラー
ある日世界は終わった――。
「俺が桃を助けるんだ。桃が幸せな世界を作るんだ。その世界にゾンビはいない。その世界には化け物はいない。――その世界にお前はいない」
アーチェリー部に所属しているただの高校生の「如月 楓夜」は自分の彼女である「蒼木 桃」を見つけるために終末世界を奔走する。
陸上自衛隊の父を持つ「山ノ井 花音」は
親友の「坂見 彩」と共に謎の少女を追って終末世界を探索する。
ミリタリーマニアの「三谷 直久」は同じくミリタリーマニアの「齋藤 和真」と共にバイオハザードが起こるのを近くで目の当たりにすることになる。
家族関係が上手くいっていない「浅井 理沙」は攫われた弟を助けるために終末世界を生き抜くことになる。
4つの物語がクロスオーバーする時、全ての真実は語られる――。
鹿翅島‐しかばねじま‐
寝る犬
ホラー
【アルファポリス第3回ホラー・ミステリー大賞奨励賞】
――金曜の朝、その島は日本ではなくなった。
いつもと変わらないはずの金曜日。
穏やかな夜明けを迎えたかに見えた彼らの街は、いたる所からあがる悲鳴に満たされた。
一瞬で、音も無く半径数キロメートルの小さな島『鹿翅島‐しかばねじま‐』へ広がった「何か」は、平和に暮らしていた街の人々を生ける屍に変えて行く。
隔離された環境で、あるものは戦い、あるものは逃げ惑う。
ゾンビアンソロジー。
※章ごとに独立した物語なので、どこからでも読めます。
※ホラーだけでなく、コメディやアクション、ヒューマンドラマなど様々なタイプの話が混在しています。
※各章の小見出しに、その章のタイプが表記されていますので、参考にしてください。
※由緒正しいジョージ・A・ロメロのゾンビです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
彷徨う屍
半道海豚
ホラー
春休みは、まもなく終わり。関東の桜は散ったが、東北はいまが盛り。気候変動の中で、いろいろな疫病が人々を苦しめている。それでも、日々の生活はいつもと同じだった。その瞬間までは。4人の高校生は旅先で、ゾンビと遭遇してしまう。周囲の人々が逃げ惑う。4人の高校生はホテルから逃げ出し、人気のない山中に向かうことにしたのだが……。
怪物どもが蠢く島
湖城マコト
ホラー
大学生の綿上黎一は謎の組織に拉致され、絶海の孤島でのデスゲームに参加させられる。
クリア条件は至ってシンプル。この島で二十四時間生き残ることのみ。しかしこの島には、組織が放った大量のゾンビが蠢いていた。
黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか?
次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる