絶対絶命女子!

戸影絵麻

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#12

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 由羅は怖いもの知らずだ。
 遠慮というものを知らないし、無鉄砲のかたまりみたいな性格だ。
 おそらく小梅街道のトンネルに連れて行っても、出てきた幽霊に平気で声をかけることくらい、やりかねない。
 だから、この時もそうだった。
 相手が何者か確かめることもせず、いきなり脅しにかかった。
「おい、おっさん、何してんだよ! 今すぐやめねえと、ぶっ飛ばす!」
 グルルル。
 ”おっさん”は、口の周りに肉片をこびりつかせて、ただ唸るばかりである。
 この時にはすでに、私には本能的にわかっていたように思う。
 この人、おかしい。
 病気とか、そういうレベルのおかしさじゃない。
 なんていうか、その…存在自体が、危ないのだ。
「由羅、やめようよ。警察、呼ぼう…」
 そう、由羅の肩に手を伸ばしかけた時である。
 ガルルルルッ!
 獣のようにうなって、男が由羅につかみかかった。
 食事を中断されたのが、よほど腹に据えかねたらしい。
「てめえ、ヤル気か?」
 腰を落とし、テイクバックする由羅。
 すっと右腕が伸び、華麗なストレートを繰り出した。
 ずぼっ。
 命中した。
 でも、男は倒れない。
 素人の私から見ても、相当強烈なパンチだったと思ったのに、顔色ひとつ変えていない。
 まるで、そう。
 痛みなど、感じないかのように。
「なにい?」
 まなじりを吊り上げ、由羅が奥の通路に躍り出た。
 スペースの空いたところで、本格的にやり合うつもりなのだ。
 素早い動きで、キックを放った。
 右左と連続して男の腰を蹴りつける。
 が、相変わらず男は倒れない。
 両手を突き出し、よろよろと由羅のほうへと向かっていく。
「な、なんだこいつ?」
 さすがの由羅も、焦り始めたようだ。
「身体がぐにょぐにょで、パンチもキックも効かねーぞ?」
 その通りだった。
 由羅に蹴りつけられた男の腹は、服が破れ、血まみれの地肌がのぞいている。
 そこから、まるで腐った肉のような悪臭が立ちのぼる。
 由羅がジャブを連打した。
 血や肉片をまき散らしながら、男が由羅にのしかかっていく。
「わ」
 果物コーナーに足をとられ、後ろ向きに由羅が転倒した。
「く、来るな!」
 桃といわず、夏ミカンといわず、商品を手あたり次第にぶつけ出す。
「ゆ。ゆら!」
 ええい。
 こうなったら、仕方ない。
 私はゴルフクラブをふり上げた。
 こんなもので人を殴るのは、生まれて初めての経験である。
 頭頂の禿げた男の頭にそれを振り下ろそうとした時だった。
 あぐあ。
 ふいに男が硬直した。
 ぐふう。
 いきなり、狂ったように両手で顔をかきむしり始めた。
 次に、よろめきながら、角度を変えた。
 そのまま由羅には見向きもせず、自動ドアめがけてよろよろ歩いていく。
 そして左右に体を振りながら、ずんずん外へ出て行ってしまった。
「なんだあ? あれ?」
 その後ろ姿を見送っていた由羅が、唖然とした表情で、つぶやいた。
「たぶん」
 言うなら今だ。
 思い切って、私は胸の中にわだかまっていたその言葉を、吐き出した。
「たぶん、今の、ゾンビだと思う」




 
 
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