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#4 敬一郎
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それからのことはあまりよく覚えていない。
気がつくと、僕は濡れ縁に腰をかけていて、ぼんやり庭を見ていた。
ちょうど、裏木戸が開いて、中肉中背の男が入ってくるところだった。
作業服を着て、首に手ぬぐいをかけている。
「サトルじゃないか。帰ってたのか」
僕に目を止めて、兄さんが言った。
「う、うん…連絡してなかったっけ?」
夢から覚めた心地で、あわてて僕は言った。
「三日ほど前に、見晴にLINEで伝えといたんだけど」
「見晴はダメだ」
敬一郎兄さんの眉間にしわが寄った。
「ずっと反抗期で、俺の手には負えないよ」
「ごめん、直接兄さんに伝えるべきだった」
それ以上見晴のほうに矛先が向かないよう、僕は素直に頭を下げた。
「まあいい。とにかく中へ入れ。そろそろ夕食の時間だろう。どうせあり合わせしかないだろうが」
もうそんな時間なのか。
僕は空を見上げた。
なるほど、遠くに見える低い山の稜線が、オレンジ色に輝いている。
でも、空はまだ明るい。
秋分の日前だから、充分に日が長いのだ。
だが、宵が迫っていることは、空を舞う鴉の様子でわかった。
ねぐらへ帰ろうと、おびただしい数の黒いシルエットが西の空を埋め尽くしているのだ。
兄さんに続いて台所とひとつになった居間に入る。
「ったく、どいつもこいつも」
電気も点いていない部屋を見渡し、吐き捨てるように兄さんがつぶやいた。
「いったい、誰が食わせてやってると思ってるんだ。弟が帰ってきたってのに、食事の準備もできないのか」
今度の怒りの矛先は、見晴ではなく、明らかに義姉さんに向けられているようだった。
それにしても棘のある言い方だ。
ふと思った。
兄さんって、こんなひどい言い方をする人間だっただろうか。
僕がここに居た頃は、義姉さんには、あんなにやさしかったのに…。
「いいよ。俺、あんまり腹減ってないから。なんなら、外で何か食べてくる」
愛想笑いを浮かべて、僕は言った。
ここは田舎だが、少し足を伸ばせばファミレスの一軒や二軒はないこともない。
見晴を誘うというのもいいだろう。
「そうか、悪いな」
兄さんは、じっと奥のほうをにらんでいる。
義姉さんの居る新居の方角を、険しい眼で睨みつけている。
そのまなざしに僕はぞっとなった。
兄さんの横顔を塗りつぶしているのは、滴るような憎しみだったのだ。
気がつくと、僕は濡れ縁に腰をかけていて、ぼんやり庭を見ていた。
ちょうど、裏木戸が開いて、中肉中背の男が入ってくるところだった。
作業服を着て、首に手ぬぐいをかけている。
「サトルじゃないか。帰ってたのか」
僕に目を止めて、兄さんが言った。
「う、うん…連絡してなかったっけ?」
夢から覚めた心地で、あわてて僕は言った。
「三日ほど前に、見晴にLINEで伝えといたんだけど」
「見晴はダメだ」
敬一郎兄さんの眉間にしわが寄った。
「ずっと反抗期で、俺の手には負えないよ」
「ごめん、直接兄さんに伝えるべきだった」
それ以上見晴のほうに矛先が向かないよう、僕は素直に頭を下げた。
「まあいい。とにかく中へ入れ。そろそろ夕食の時間だろう。どうせあり合わせしかないだろうが」
もうそんな時間なのか。
僕は空を見上げた。
なるほど、遠くに見える低い山の稜線が、オレンジ色に輝いている。
でも、空はまだ明るい。
秋分の日前だから、充分に日が長いのだ。
だが、宵が迫っていることは、空を舞う鴉の様子でわかった。
ねぐらへ帰ろうと、おびただしい数の黒いシルエットが西の空を埋め尽くしているのだ。
兄さんに続いて台所とひとつになった居間に入る。
「ったく、どいつもこいつも」
電気も点いていない部屋を見渡し、吐き捨てるように兄さんがつぶやいた。
「いったい、誰が食わせてやってると思ってるんだ。弟が帰ってきたってのに、食事の準備もできないのか」
今度の怒りの矛先は、見晴ではなく、明らかに義姉さんに向けられているようだった。
それにしても棘のある言い方だ。
ふと思った。
兄さんって、こんなひどい言い方をする人間だっただろうか。
僕がここに居た頃は、義姉さんには、あんなにやさしかったのに…。
「いいよ。俺、あんまり腹減ってないから。なんなら、外で何か食べてくる」
愛想笑いを浮かべて、僕は言った。
ここは田舎だが、少し足を伸ばせばファミレスの一軒や二軒はないこともない。
見晴を誘うというのもいいだろう。
「そうか、悪いな」
兄さんは、じっと奥のほうをにらんでいる。
義姉さんの居る新居の方角を、険しい眼で睨みつけている。
そのまなざしに僕はぞっとなった。
兄さんの横顔を塗りつぶしているのは、滴るような憎しみだったのだ。
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