夜通しアンアン

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
131 / 249
第6章 アンアン魔界行

#34 アンアンのいない夜③

しおりを挟む
 12畳ほどもある部屋に通された僕らは、それぞれ居場所を決め、荷物をほどいた。
 窓に面した、すぐにベランダに出られる辺りに阿修羅と玉、違い棚の前が僕、押し入れの下段が一ノ瀬である。
 一ノ瀬が押し入れに封印されたのは、着替えを始めた阿修羅を見るなり、いつものように鼻血を出したからだ。
 まったく、これだけ学習しないやつも珍しい。
「さあ、お風呂に行きましょうか」
 タンクトップとショートパンツに着替えた阿修羅が、着替えとタオルを入れた袋を手に立ち上がった。
「いいですねえ。魔界まで来て草津の湯に入れるなんて、すっごく楽しみですう」
 後に続こうとする玉は、なぜかまだ背中に楽器ケースを背負っている。
「あ、俺も」
 鼻の穴にティッシュを詰め込んだ一ノ瀬が押し入れから這い出てきて、僕らはそろって大浴場に向かうことになった。
 表示に従って、階段を地下1階まで下りた時である。
「あ、お客様、まことに申し訳ございません」
 赤い着物にエプロンをした娘がやってきて、僕らの前でぴょこんと頭を下げた。
 けも耳に二股に分かれたしっぽを持つ、可愛らしい猫娘である。
 どうやらこの旅館の従業員のひとりらしい。
「ちょっと、今、大浴場が使用不能になってまして」
 済まなさそうな声で、もう一度深々と頭を下げた。
「おかみさんが、できればお夕食を先に召しあがってくださらないかと」
 なるほど、言われてみれば、廊下の奥のほうからなにやら騒がしい声が聞こえてくる。
「使用不能? 何かあったの?」
 ガングロギャル然とした阿修羅が、鋭い口調で問いかける。
 肩の露出した小麦色の肌に、水着の紐の跡がくっきりと白く浮き上がっていて、なんだか妙に悩ましい。
「ええ、ちょっと…」
 猫娘の返事は歯切れが悪い。
「でも、お夕食がお済の頃には、なんとかなると思いますので、今しばらくお待ちください」
「いいですよぉ、玉はおなかもぺこぺこですから」
 玉が嬉しそうに言い、僕らは1階に戻ることになった。
 食堂は、いくつかの和室をぶち抜いたような大広間で、その中央に和風の長テーブルが並び、周りに座布団が敷き詰められていた。
 だだっ広い広間にどうやら客は僕らだけのようで、閑散としていることおびただしい。
 料理を運んでいるのは、着物姿のキツネたちである。
 厨房をのぞくと、中で働いているのは後頭部にも口のあるふた口女たちだった。
 料理を器によそいながら、ときたま触手のような髪の毛で具材をつまみ、後ろの口に放り込んでいる。
 つまみ食い?
 いや。
 ひょっとしたら、味見のつもりなのかもしれなかった。
「魔界料理っていうからびくびくしてたけど、けっこうまともそうじゃん」
 テーブルに並んだ和食の数々を眺めて、感心したように一ノ瀬がつぶやいた。
「うちは、あくまでも純日本風を追求してますさかい。そこらの安宿とは格がちがいますのん」
 上品な身のこなしで僕らの前に座ったのは、あのろくろ首の女将さんである。
「ですよねえ。従業員さんも、みなさん、日本の妖怪っぽいですもんねえ」
 ちょこまか走り回るきつねの女中たちを目で追いながら、玉が言った。
「でも、それにしても、客がわたしたちだけってのは、どういうこと?」
 いぶかしげに眉をひそめて、阿修羅が訊いた。
 さきほどの風呂場の様子から何か察しているのか、いつになく口調が鋭い。
「そのとおりどす」
 はああ、と女将さんがため息をついた。
「今年に入ってから、とんと客足が途絶えてしもうて…。まあそれは、うちだけのことやないんですけどね」
「餓鬼のせいだね?」
 料理を口に運びながら、阿修羅が短く言う。
「このへんは夜ぶっそうだから、日帰り客はいるものの、宿泊客が激減してしまったと、そういうことでしょ?」
「はあ、それもありやす」
 女将さんが阿修羅の真剣なまなざしを、正面から受け止めた。
「でも、それだけやおへんのや」
「餓鬼のせいだけじゃないと?」
「はい。色々とありまして…」
「色々?」
 阿修羅がなおも食い下がろうとした時だった。
 突然、外の廊下のほうから悲鳴が上がった。
「女将さん! 大変です! 大浴場が、た、大変なことに!」
 





しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

「こんにちは」は夜だと思う

あっちゅまん
ホラー
主人公のレイは、突然の魔界の現出に巻き込まれ、様々な怪物たちと死闘を繰り広げることとなる。友人のフーリンと一緒にさまよう彼らの運命とは・・・!? 全世界に衝撃を与えたハロウィン・ナイトの惨劇『10・31事件』の全貌が明らかになる!!

処理中です...