夜通しアンアン

戸影絵麻

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第6章 アンアン魔界行

#27 アンアン、百鬼夜行⑱

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 槍と見えたのは、巨大な植木バサミだった。
 取っ手の長い、全長1メートルはありそうな、ぶっそう極まりない代物である。
 そして、そのハサミを肩に担いでいるのは、すらりとした体躯の、長髪のイケメンだ。
 黒のライダースーツに身を包み、三角の襟をかっこよく立てている。
 が、唯一その顔面偏差値を下げているのは、カノジョ同様、耳まで裂けた口だった。
 つまりこいつの正体は、羅刹♂というわけだ。
 先にシャフトから外に出て、門の鉄扉を内側からぶち壊し、街中で狼藉を働いていた張本人。
 それがこのハサミ男なのだろう。
「いいか? 戦いの時にはな、情けは禁物なんだよ」
 不機嫌そうな口調で、青年が言った。
「よくテレビドラマなんかであるだろう? 敵に囲まれながらも、主人公とヒロインが見つめ合って乳繰り合うってシーンがよ。周囲の敵は、ふたりの愛の告白が終わるまで大人しく見てるだけってあれだよ。ああいうのが、俺は大っ嫌いなんだ」
 よほど気が短いらしく、そう吐き捨てるような口調でつけ加えると、男がハサミを振りかざした。
「だからよ。敵にダメージを与えたら、すかさずこうするのさ!」
 アンアンは、身体をくの字に折って腹を押さえている。
 そこに、凶悪な刃を開いたハサミが襲いかかった。
 警告するひまもなかった。
「あっ!」
 と叫んだ時には、真っ赤な血が噴水のように噴き上がり、胴体を離れたアンアンの首が宙を舞っていた。
 どさり。
 丸太のように、倒れ伏すアンアンの身体。
「う、うそだろ…?」
 一ノ瀬がうめいた。
「ま、マジ…?」
 尻もちをついた姿勢で、夜叉の両手剣に押さえ込まれている阿修羅が、茫然とつぶやいた。
「ざっとこんなもんだ。これがガチの戦い方ってもんさ。王女だか何だか知らねえが、ざまあみろってんだ」
 羅刹♂が、得意げにそう言い放った時である。
 怒りが沸点に達し、僕の頭の中で久々にあのスイッチがONになった。
 地域限定版・ご先祖伝来のあの試供品的タイムリープ機能である。
 高速で現実が巻き戻っていく。
 アンアンの首がどこからか飛んできて、立ち上がった胴体に元通り、はまった。
 疵口に血しぶきが吸い込まれ、肌が元の輝きを取り戻すと、どんどん男のハサミが後退していった。
 そしてすべてが5秒前で止まった時、脱兎のごとく僕は飛び出していた。
「アンアン! 危ない! 伏せろ!」
 体当たりするように、その豊満ボディを押し倒そうとした時、
 ふと、首筋に冷たいものが当たった。
 続いて、信じられないほどの激痛。
「元気!」
 振り向いたアンアンが、悲鳴を上げた。
「ぎゃあっ!」
 つられるように、僕も絶叫した。
 次に目を開けた時、僕の視界に飛び込んできたのは、はるか下方で揺れる首のない僕自身の胴体だった。


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