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第6章 アンアン魔界行
#13 アンアン、百鬼夜行④
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一ノ瀬に美徳というものがあるとしたら、それはその類まれな鈍さだろう、と僕は思う。
アンアンから事の一部始終を聞かされると、このバッタ顔の友人は、ただひと言、
「へーえ、そんなことがあったのか」
と、フライドポテトをかじりながらそうつぶやいただけだったのだ。
「蚊トンボ、おまえ、怖くないのか? 行き先は魔界だぞ?」
アンアンが脅しても、
「いいよ、どこでも。どうせ俺、暇なんだし」
とのたまう始末。
挙句の果てには、
「で、どうやっていくんだい? その魔界って? あ、あれかな。ネット小説によくある、トラックにはねられて転生するってやつ」
などと積極的に質問までし始めたから恐れ入る。
これも、持つべきものは友、の部類に入るのだろうか。
「そういう手もあるが、それだと一度煉獄に行って、煉獄の女神に野暮用を言いつけられたりと色々面倒くさい。ここはダイレクトに行こうと思う」
ということで、僕ら4人の魔界行きは決定事項となってしまった。
そうして2時間後、僕らはうちの庭で、冷蔵庫を前にして立っていた。
装備と言えば、全員、着替えと洗面用具を入れたリュックひとつ。
目の前の冷蔵庫は、買ったばかりの新品だ。
前のをアンアンが阿蘇山に捨ててしまった時に新調した、業務用の大型冷蔵庫である。
「来た時と同じように、ここに入口をつくる」
冷蔵庫のドアを全開にして、アンアンが言った。
「ビギナーがふたりもいるから、座標は”始まりの草原”がいいんじゃない?」
ロリポップキャンディを舐めながら、阿修羅が横から意味不明のアドバイス。
「そうだな。あそこなら、すぐ近くに村もあるし、村に行けば宿もギルドもある」
うなずくアンアン。
「おお、なんか俺、わくわくしてきた。宿だのギルドだのって、まるでMMOじゃね?」
一ノ瀬が歓声を上げた。
「まあな。そう勘違いしたにわか冒険者がよく来るところだよ」
「チートスキルでハーレムってか? うひゃあ、たまんないねえ」
どうもこいつ、事態がよく呑み込めていないらしい。
だいたい、アンアンと阿修羅の正体も知らないくせに、よくほいほいとついてくる気になったものだ。
わが友ながら、心底おめでたいやつと言うほかない。
「よし、じゃ、行くぞ。みんな、下がるんだ」
アンアンが、右腕をぐっと後ろに引き絞る。
そして、叫んだ。
「くらえ! ディメンション・クラッシュ!」
次の瞬間、炎を噴き上げた超高速の鉄拳が、轟音とともに冷蔵庫の中の空間に突き刺さった。
「開いた」
一歩下がって、アンアンが言う。
風が吹いてきた。
夏草の香りのする、乾いた心地よい風である。
おそるおそる覗くと、冷蔵庫の中にぽっかりと丸い穴が開き、その向こうに青々とした草原が見えていた。
「成功だね」
阿修羅が言い、ためらうことなく、穴をまたぎ越えていく。
「あ、待ってよ。蘭ちゃーん!」
怖いもの知らずの一ノ瀬が、いそいそとその後に続いた。
「最後にドアを閉めておいてくれ」
そう言い置いて、アンアンも行ってしまった。
「お、置いてくなよ」
仕方なく言われた通りに内側から冷蔵庫のドアを閉め、穴に体をつっこんだ。
跳び下りた先は、見渡す限りの大草原。
空は青く澄み渡り、遠くに低い山並みが連綿と続いている。
「ここが魔界? 天国の間違いじゃね?」
嬉々とした声で、一ノ瀬が言った。
まったくもって、僕も同感だった。
あちこちで、羊や牛が草を食んでいる。
時々ジャンプする白いのは、ウサギだろう。
ゲームに例えれば、まさにレベル1の経験値稼ぎにぴったりの、初心者向けフィールドそのものだ。
「さあ、それはどうかな」
クスクス笑って、阿修羅が言った。
「ここへ来た人間は、最初はみんなそう言うんだけどね。でも、生きて帰ったって話も聞かないんだな、これが」
アンアンから事の一部始終を聞かされると、このバッタ顔の友人は、ただひと言、
「へーえ、そんなことがあったのか」
と、フライドポテトをかじりながらそうつぶやいただけだったのだ。
「蚊トンボ、おまえ、怖くないのか? 行き先は魔界だぞ?」
アンアンが脅しても、
「いいよ、どこでも。どうせ俺、暇なんだし」
とのたまう始末。
挙句の果てには、
「で、どうやっていくんだい? その魔界って? あ、あれかな。ネット小説によくある、トラックにはねられて転生するってやつ」
などと積極的に質問までし始めたから恐れ入る。
これも、持つべきものは友、の部類に入るのだろうか。
「そういう手もあるが、それだと一度煉獄に行って、煉獄の女神に野暮用を言いつけられたりと色々面倒くさい。ここはダイレクトに行こうと思う」
ということで、僕ら4人の魔界行きは決定事項となってしまった。
そうして2時間後、僕らはうちの庭で、冷蔵庫を前にして立っていた。
装備と言えば、全員、着替えと洗面用具を入れたリュックひとつ。
目の前の冷蔵庫は、買ったばかりの新品だ。
前のをアンアンが阿蘇山に捨ててしまった時に新調した、業務用の大型冷蔵庫である。
「来た時と同じように、ここに入口をつくる」
冷蔵庫のドアを全開にして、アンアンが言った。
「ビギナーがふたりもいるから、座標は”始まりの草原”がいいんじゃない?」
ロリポップキャンディを舐めながら、阿修羅が横から意味不明のアドバイス。
「そうだな。あそこなら、すぐ近くに村もあるし、村に行けば宿もギルドもある」
うなずくアンアン。
「おお、なんか俺、わくわくしてきた。宿だのギルドだのって、まるでMMOじゃね?」
一ノ瀬が歓声を上げた。
「まあな。そう勘違いしたにわか冒険者がよく来るところだよ」
「チートスキルでハーレムってか? うひゃあ、たまんないねえ」
どうもこいつ、事態がよく呑み込めていないらしい。
だいたい、アンアンと阿修羅の正体も知らないくせに、よくほいほいとついてくる気になったものだ。
わが友ながら、心底おめでたいやつと言うほかない。
「よし、じゃ、行くぞ。みんな、下がるんだ」
アンアンが、右腕をぐっと後ろに引き絞る。
そして、叫んだ。
「くらえ! ディメンション・クラッシュ!」
次の瞬間、炎を噴き上げた超高速の鉄拳が、轟音とともに冷蔵庫の中の空間に突き刺さった。
「開いた」
一歩下がって、アンアンが言う。
風が吹いてきた。
夏草の香りのする、乾いた心地よい風である。
おそるおそる覗くと、冷蔵庫の中にぽっかりと丸い穴が開き、その向こうに青々とした草原が見えていた。
「成功だね」
阿修羅が言い、ためらうことなく、穴をまたぎ越えていく。
「あ、待ってよ。蘭ちゃーん!」
怖いもの知らずの一ノ瀬が、いそいそとその後に続いた。
「最後にドアを閉めておいてくれ」
そう言い置いて、アンアンも行ってしまった。
「お、置いてくなよ」
仕方なく言われた通りに内側から冷蔵庫のドアを閉め、穴に体をつっこんだ。
跳び下りた先は、見渡す限りの大草原。
空は青く澄み渡り、遠くに低い山並みが連綿と続いている。
「ここが魔界? 天国の間違いじゃね?」
嬉々とした声で、一ノ瀬が言った。
まったくもって、僕も同感だった。
あちこちで、羊や牛が草を食んでいる。
時々ジャンプする白いのは、ウサギだろう。
ゲームに例えれば、まさにレベル1の経験値稼ぎにぴったりの、初心者向けフィールドそのものだ。
「さあ、それはどうかな」
クスクス笑って、阿修羅が言った。
「ここへ来た人間は、最初はみんなそう言うんだけどね。でも、生きて帰ったって話も聞かないんだな、これが」
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