夜通しアンアン

戸影絵麻

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第4章 海底原人

#6 アンアンとメガネっ娘

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 突然のキスに、エロチックな水着。
 甘酸っぱいような尻がむずかゆくなるような、そんな悶々とした3日間が過ぎ、やがてツアー当日がやってきた。
 僕の家から名古屋港水族館に行くには、バスで岐阜駅まで出て、名古屋駅まで快速電車で20分。
 そこから地下鉄に乗り換えて、港まで約30分。
 都合1時間半ほどで、僕とアンアンは名古屋港水族館に到着した。
 時刻は午前9時55分。
 約束の時間ぴったりである。
 パンケーキを重ねたような水族館の建物が正面に見え、右手にドーム型の真新しい施設があった。
 小学校の社会見学で一度来た時には、確か引退した南極観測船が浮かんでいた入江である。
 そこに新しい大型プールができたというわけらしい。
 広い階段を上がって受付に近づくと、すでに一ノ瀬と阿修羅が来ていて、めいめい別々の柱にもたれてソフトクリームを舐めていた。
 ふたりの距離は10メートル以上離れているから、仲よく待っていたというムードではなさそうだ。
 交渉がまとまった時、
「なあ元気、これってWデートってやつじゃね?」
 そう目を輝かせていた一ノ瀬だったが、阿修羅のほうはまったくその気がないらしい。
 一ノ瀬に背を向け、柱の陰で何やらスマホをいじっている。
 白いタンクトップにジーンズ地のショーパン姿のアンアンに対抗して、阿修羅は純白のミニワンピだ。
 肌が小麦色でスタイルがいいから、そんな阿修羅は、ナイスバディのアンアンに負けず劣らず、否が応でも人目を引く。
「たぶん、ダゴンだね」
 僕らと顔を合わせるなり、鼻の頭についたクリームを舌の先でぺろりと舐めて、阿修羅が言った。
「何か感じたか?」
「今のところ、何も」
「そうか。けど、ひとつだけ言っておく」
 阿修羅の顔の前で、人差し指を立てるアンアン。
「これはあたしのプライベートの問題だ。阿修羅、おまえは手を出すんじゃないぞ」
「言うと思った」
 面白そうに阿修羅が笑う。
「どうせ、私があんたに恩を売って、結婚に持ち込む気だとか思ってるんでしょ?」
「ああ。おまえの考えそうなことだからな」
 憮然として答えるアンアン。
「疑り深い子だね。でもさ、またこの前みたいなことになっても知らないよ? あんた、意外と抜けてるから」
「悪かったな」
「ま、そんなことだろうと思って、きょうはゲストを呼んどいたんだ」
「ゲスト?」
「おーい、玉、出ておいで」
 阿修羅が柱のほうに向かって手を上げた。
 その陰から現れたのは、眼鏡をかけた小柄な少女である。
 なぜかうちの高校の制服を着ていて、背中にでっかいギターケースみたいなものを背負っている。
「あれがゲストか」
 アンアンが首を傾げた。
「どっかで見た顔だな」
「どっかで見たも何も」
 アンアンがあきれたように言う。
「うちのクラスの玉井玉だよ」
「玉井玉? なんだ。その回文みたいな名前は」
 言われてみれば、そうだ。
 おそるおそるといった感じでこっちに近づいてくる恐ろしく地味な少女。
 名前は憶えていなかったけど、確かにこんな子、隣のクラスにいた気がする。
「玉はいつもボッチで、お弁当もトイレでひとり孤独に食べてるから、可哀相になってさ、ちょいと誘ってあげたんだよ」
 阿修羅が少女の肩に手をかけ、僕らの前に押し出して、言った。
「あ、あの…本当に、いいんですか? 私なんかがご一緒して」
 牛乳瓶の底、といった形容がぴったりの度の厚い丸眼鏡が、僕らを見上げた。
 玉はアンアンの肩ほどの背の高さで、手も足もひょろひょろだ。
 髪は三つ編み、顔は名前の通り丸くて、小さな鼻のあたりにそばかすが散っている。
「平気平気。このアンアンはね、見かけほどこわくないから」
 明るい声で阿修羅が笑う。
「と言っても、あんたも遊びで連れてきたんじゃないからね。自分の役割をちゃんと果たすこと」
「はい。わかってます」
 役割?
 阿修羅のやつ、いったい何のことを言ってるだろう?
 聞き返そうとした時、受付に並んでいる一ノ瀬の声が聞こえてきた。
「おーい、みんな、もうすぐ開場だぞ!」
 
 


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