夜通しアンアン

戸影絵麻

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第6章 アンアン魔界行

#87 アンアンとアンダーバベルの恐怖①

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 モンスターたちとの4連戦で、さすがに疲れが出たのだろう。
 いつのまにか、僕は眠ってしまっていたようだ。
 何か、夢を見たような気がした。
 浴衣姿のアンアンと夏祭りに行く、そんな平和な夢だ。
 細部までは覚えていないけど、ふたりして綿あめを食べ、その甘ったるい唇でキスを…。
 というところで、目が覚めた。
 ごおおん。
 轟天号の床が激しく振動したのである。
「な、なんだ?」
「どうしたんです?」
 僕の両隣で、一ノ瀬と玉が同時に目覚め、異口同音に疑問を口にした。
「あちゃー!」
 操縦席で頭を掻いているのは、阿修羅である。
「もう、ついたのか? ここが地獄界ってわけなのか?」
 スクリーンに広がる風景に目を凝らし、そんな阿修羅にアンアンが訊く。
「あ、それがその」
 てへへと笑って、ペロっと舌を出す阿修羅。
「この船、ガス欠みたい」
「えー? 出発前に計器の点検してたじゃないですかあ?」
 玉が叫んだ。
「だからさ、ガソリンの残量まで見なかったのよ。ただそれだけ」
「ただそれだけって、ふつうそこを一番に見るものじゃないですかあ。もー、阿修羅様ッたら、信じられない!」
 下僕の癖に、玉はご主人様の失態に容赦がない。
「玉ったら、細かいこと言わないの! ちょっと散歩がてら、燃料の調達に行けばいいだけのことじゃない」
 反抗的な態度の玉に、阿修羅もだんだん不機嫌になってくる。
「それで、ここはどこなんだ?」
 僕は急いでふたりの間に割って入った。
 仲間割れなどしている場合ではない。
 それだけは確かなのだ。
「ひょっとして…アンダーバベルか?」
 外の風景を眺めながら、ぽつりとアンアンがつぶやいた。
「久々に来たな。相変わらず、陰気な街並みだ」
「アンダーバベル?」
 僕はアンアンの後ろから身を乗り出した。
 180度展望スクリーンから見えるのは、灰色の空の下に広がる石造りの町の風景である。
 アンダーバベルといえば、確か魔界の最下層のはず。
 なのに目の前の光景は、まるで18、19世紀のヨーロッパの街並みにそっくりだ。
「まあね、あのダゴンの故郷だからね」
 阿修羅が意味深な表情でうなずいた。
 ダゴンといえば、あの流水プールで戦った巨大半魚人だ。
 水族館の生物を体内に取り入れて武器にする、やっかいなやつだった。
「古き神々か…。面倒なことになりそうだ。正直、ここにだけは来たくなかったな」
「ごめーん、アンアン。できるだけ早く燃料見つけてずらかるよ」
 阿修羅がアンアンを拝むようなしぐさをした。
「なんかふつーの町っぽいから、ガソリンスタンドぐらいあるんじゃね? なんなら俺、ひとっ走り行って、買ってこようか?」
 すっかりヒーロー気取りの一ノ瀬が、自信満々といった感じで胸を張る。
「やめとけ、蚊トンボ」
 そんな一ノ瀬を、アンアンがひとにらみで黙らせた。
「いいか? ここは魔界の中で最も厄介な、古き神々に支配された世界だ。ガソリンスタンドなんてあるわけないし、住民どもはみんなやつらの信者ばかりだ。死にたくなければここにいろ」
 古き神々?
 なんのことだろう?
 どこかで聞いたことがあるような…。
 そういえばここ、ダゴンの故郷だとか言ってたっけ…。
 え。
 まさか。
 僕はある可能性に思い至り、背筋を悪寒が走るのを覚えた。
 中学生の時に読んだ、創元推理文庫のシリーズを思い出したのだ。


 
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