夜通しアンアン

戸影絵麻

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第6章 アンアン魔界行

#55 風雲、阿修羅城⑦

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 城の裏に回ると、水を張った幅2メートルほどのお堀の向こうに、木戸が現れた。
 そこだけ石垣が途切れていて、黒い木製の扉がはめこまれているのだ。
「開けてくる」
 阿修羅がミニスカートを翼のようにはためかせ、惜しげもなく太腿を晒して堀を飛び越えた。
「だけど、阿修羅城って、こんなに黒かったかな」
 アンアンが首をひねりながら、玉に話しかけいる。
「さあ。玉は人間界でつくられましたから、このお城を見るのは初めてなんです」
 丸眼鏡の奥で、玉がつぶらな目をぱちぱちさせた。
「何か気になることでもあるのか?」
 訊いた時、バタンという音がして、お堀に橋がかかった。
「OK。そこ渡ってきて。みんなが渡り終わったら、ばれないようにすぐ上げるから」
 阿修羅の声。
 見ると、木戸も開いている。
 アンアン、僕、玉、一ノ瀬の順に、一列に並んで木の橋を渡った。
 石垣に開いた通用口を入ると、ひんやりとした空気が僕らを包み込んだ。
 そこは薄暗い廊下だった。
 左右に続く廊下はよく磨き込まれ、柱はいかにも年季が入っているという感じである。
 壁に沿っていくつも部屋があるようだ。
 雨戸のような分厚い木の扉がいくつも並んでいるところから、それとわかった。
「なんか、気味わりーな」
 一ノ瀬のつぶやきをかき消すように、背後で木戸のしまる音がした。
「あれ? 蘭ちゃんは?」
 一ノ瀬の声に振り向くと、なるほど、阿修羅の姿がない。
「まだ外にいるのか? 何か面倒でも起こったのかな」
 アンアンが一ノ瀬を押しのけ、木戸に手をかけた。
「おかしいな。開かないぞ」
 何度かガタガタやってみて、いぶかしげにそう言った。
 アンアンの力で開かないなんて、どういうことだろう?
「変ですねえ。おトイレかもしれませんから、もう少しここで待ちますかあ?」
 持ち前ののんびりした口調で、玉が言う。
「トイレなんて、どこにもなかったぞ」
 玉とは正反対に、アンアンの口調には焦りがにじんでいる。
 と、その時だった。
「ん? 何か匂わないか?」
 鼻をくんくんさせて、緊張をはらんだ声で、ふいに一ノ瀬が言った。
 いつもまっさに鼻血を出すだけあって、鼻の機能は犬並みに優れているらしい。
「ほんとですねえぉ。なんだか、ガス漏れの匂いに似てますねえ。あー、そう言ってるうちに、玉、急に眠くなってきちゃいましたよ」
 パタン。
 背中の楽器ケースに押しつぶされるような恰好で、電池の切れた人形よろしく、玉がいきなり床に倒れ伏す。
「おいおい、催眠ガスでアンドロイドが寝るなよな」
 一ノ瀬がその肩に手をかけたかと思うと、くずれるように楽器ケースの上に折り重なった。
「催眠ガス? おまえ、何言ってるんだ?」
 そう口にしたとたん、僕の頭の中にも泥のような眠気が襲ってきた。
「おい、元気、蚊トンボ、玉、みんないったいどうしたっていうんだよ?」
 ああ、なんていい気持ちなんだ。
 アンアンの声が、どんどん遠くなっていく…。


 


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