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冥途からの使者①
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夜勤の看護師に引き継ぎを済ませると、乙都は私服に着替え、病院を出た。
颯太の世話を引き継いでくれるのは甲斐柚葉という背の高い看護師で、理事長の”緊急会見”の場にいなかったためか、研修生の乙都には極めて親切だった。
乙都が在籍する総合看護学校は病院の敷地内にあり、寮は更にその学校の敷地内に建っている。
寮の隣は広大な霊園で、多くの区画に仕切られたスペースに数えきれないほどの墓石が並んでいる。
乙都はノースリーブの黒いタンクトップに、カットの短いショートパンツといった涼しげなスタイルだ。
墓地の中に大きな池があるせいか、あたりの空気は湿気を帯び、夜だというのにかなり蒸し暑い。
この時間、当然のことながら、学校はもう開いていない。
だから、必然的に寮の敷地には、墓地側の入口から入ることになる。
寮といっても、古いアパートを改造したもので、大地震が来たら倒壊間違いないといった雰囲気の建物だ。
塀の外から3階建ての建物を見上げると、寮生たちは外に遊びにでも行っているのか、ほとんどの部屋の窓が昏いままである。
ペンキの剥げた鉄の階段を、足音を響かせて2階に上がる。
乙都の部屋は廊下の突き当り、201号室である。
その手前の202号室が蓮月の部屋だが、通路に面した台所の窓は真っ暗なままで、帰ってきている様子はない。
鍵を開ける前に、ふと思いついて、颯太にラインをしてみることにした。
ショートパンツのポケットからスマホを取り出し、画面を省エネモードから解放する。
いつもの手順でロックを解除した時だった。
液晶に浮かび上がった画像を見て、乙都は危くスマホを取り落としそうになった。
メイン画面の壁紙が変わっている。
いつも実家で飼っているトイプードルの写真を壁紙代わりに使っているのだが、今そこに映っているのは、赤い着物を着た市松人形だった。
市松人形は、芝居がかったポーズで右手を斜めに上げ、その方向へ躰を傾けている。
顏は横を向いているが、目だけはしっかり正面を睨みつけているようだ。
着物の色が違うが、間違いなく依子理事長だった。
乙都はあわててスマホの電源を落とし、バックの底に抛り込んだ。
バレたのだ。
颯太とラインでやりとりしようとしたことが。
逃げるべきだろうか。
ふとそんな考えが、脳裏をかすめた。
患者にセクハラを働いたという理由で、乙都は理事長の怒りを買っている。
向こうがどこまで本気なのかはわからないが、お仕置きとして明日は『鉄の処女』とやらにかけられてしまうらしい。
しかもここでまた失点を重ねてしまったのだ。
やはり颯太の病室には、理事次長直通の監視カメラが仕掛けられているのに違いない。
何もかも放り出して、実家に逃げ帰ることを想像した。
こんなわけのわからない状況の中で悩むより、そのほうが楽だということはわかっている。
蓮月を初めとする仲間たちや教官たちには悪いが、ここは看護師への道は断念して、故郷に戻り、別の道を探すのもいいかもしれない。
どんどん若返っていく颯太のことは気になるけれど、これ以上辛い目に遭うのは、耐えられない…。
そんなことを考えている時だった。
何気なく自室の窓に視線を投げた乙都は、そこで眉をひそめた。
部屋の中に、青白い光がともっている。
今朝部屋を出る時、電気系統はすべて消したはずだった。
それに、あんな色の光源、私の部屋にはない・・・。
なんだろう。
ドアノブにかけた手の内側が、冷たい汗でじっとりと濡れていた。
颯太の世話を引き継いでくれるのは甲斐柚葉という背の高い看護師で、理事長の”緊急会見”の場にいなかったためか、研修生の乙都には極めて親切だった。
乙都が在籍する総合看護学校は病院の敷地内にあり、寮は更にその学校の敷地内に建っている。
寮の隣は広大な霊園で、多くの区画に仕切られたスペースに数えきれないほどの墓石が並んでいる。
乙都はノースリーブの黒いタンクトップに、カットの短いショートパンツといった涼しげなスタイルだ。
墓地の中に大きな池があるせいか、あたりの空気は湿気を帯び、夜だというのにかなり蒸し暑い。
この時間、当然のことながら、学校はもう開いていない。
だから、必然的に寮の敷地には、墓地側の入口から入ることになる。
寮といっても、古いアパートを改造したもので、大地震が来たら倒壊間違いないといった雰囲気の建物だ。
塀の外から3階建ての建物を見上げると、寮生たちは外に遊びにでも行っているのか、ほとんどの部屋の窓が昏いままである。
ペンキの剥げた鉄の階段を、足音を響かせて2階に上がる。
乙都の部屋は廊下の突き当り、201号室である。
その手前の202号室が蓮月の部屋だが、通路に面した台所の窓は真っ暗なままで、帰ってきている様子はない。
鍵を開ける前に、ふと思いついて、颯太にラインをしてみることにした。
ショートパンツのポケットからスマホを取り出し、画面を省エネモードから解放する。
いつもの手順でロックを解除した時だった。
液晶に浮かび上がった画像を見て、乙都は危くスマホを取り落としそうになった。
メイン画面の壁紙が変わっている。
いつも実家で飼っているトイプードルの写真を壁紙代わりに使っているのだが、今そこに映っているのは、赤い着物を着た市松人形だった。
市松人形は、芝居がかったポーズで右手を斜めに上げ、その方向へ躰を傾けている。
顏は横を向いているが、目だけはしっかり正面を睨みつけているようだ。
着物の色が違うが、間違いなく依子理事長だった。
乙都はあわててスマホの電源を落とし、バックの底に抛り込んだ。
バレたのだ。
颯太とラインでやりとりしようとしたことが。
逃げるべきだろうか。
ふとそんな考えが、脳裏をかすめた。
患者にセクハラを働いたという理由で、乙都は理事長の怒りを買っている。
向こうがどこまで本気なのかはわからないが、お仕置きとして明日は『鉄の処女』とやらにかけられてしまうらしい。
しかもここでまた失点を重ねてしまったのだ。
やはり颯太の病室には、理事次長直通の監視カメラが仕掛けられているのに違いない。
何もかも放り出して、実家に逃げ帰ることを想像した。
こんなわけのわからない状況の中で悩むより、そのほうが楽だということはわかっている。
蓮月を初めとする仲間たちや教官たちには悪いが、ここは看護師への道は断念して、故郷に戻り、別の道を探すのもいいかもしれない。
どんどん若返っていく颯太のことは気になるけれど、これ以上辛い目に遭うのは、耐えられない…。
そんなことを考えている時だった。
何気なく自室の窓に視線を投げた乙都は、そこで眉をひそめた。
部屋の中に、青白い光がともっている。
今朝部屋を出る時、電気系統はすべて消したはずだった。
それに、あんな色の光源、私の部屋にはない・・・。
なんだろう。
ドアノブにかけた手の内側が、冷たい汗でじっとりと濡れていた。
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