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第10部 ヒバナ、アブノーマルヘブン!

#59 クトゥルー復活

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 霧の晴れ間から姿を現したのは、不気味な”島”だった。
 先の尖った塔がでたらめな角度で突き出したそのフォルムは、一見、巨大なウニに似ていた。
 湾の中央に浮かんだ、大きめの島ほどもあるウニである。
 魚眼レンズを通して見たガウディの建築物。
 そんな印象だった。
 幾何学的にありえない角度で、石の塔やら螺旋階段やらが複雑に絡まりあっているのだ。
 -攻撃、開始!
 お通夜の思念が轟いた。
 竜が火を噴いた。
「スパーク!」
 玉子が叫んだ。
 頭上の分厚い雲塊から、稲妻が走った。
「プラズマボール!」
 ヒバナが両手を突き出した。
 特大の火球が、竜のブレスを追ってルルイエめがけて飛んでいく。
 風切り音とともに、緋美子が炎の矢を放つ。
 "島"の中央で、ブレスが炸裂した。
 塔が吹き飛んだ。
 そこに玉子の落雷と、ヒバナのプラズマ火球が落ちる。
 緋美子の矢が呻りを上げて炸裂した。
 ルルイエの石の地表が炎を吹き上げてめくれ上がる。
 瓦礫が飛び散り、もうもうと煙が上がった。
 -気をつけて!
 お通夜が叫んだ。
 -出てきます!
 砂塵が収まると、大きく開いた穴の底に、なにやらぬらぬら光る黒いものの一部が見えた。
 動いている。
 ずるっと、吸盤だらけの太く長い触手が地表に現れた。
 それが、2本、3本と増えていく。
 -あれが、クトゥルーです。攻撃します。
 お通夜がいい終わらぬうちに、再び竜がブレスを吐いた。
 緋美子が第二の矢を放った。
 玉子は二度目の詠唱に入っている、
 ヒバナは腕を大きく振り下ろすと、プラズマボールを連射した。
 小さめの火球を3連打する。
 ぬめる邪神の表皮で、爆発が起きた。
 おおおおおおおおおおおんんんんん!
 大気を震わせ、苦悶の呻きが湾内に轟き渡る。
「うわ」
 ヒバナは思わず両手で耳を塞いだ。
 頭の中に何かが入り込もうとするかのような、激しい頭痛に襲われたのだ。
 クトゥルーが、瓦礫の山から這い出ようとしていた。
 人間の大脳にそっくりな、しわだらけの丸い頭部。
 その頂点に、大きな目玉が開いていた。
 蛸のような触手がざわざわと這い出てくる。
 背中には蝙蝠の翼。
 ありとあらゆる醜いものをつぎはぎしたかのような、無茶苦茶な姿をしている。
 あおおおおおおおおん!
 邪神が吠え、触手がのたうった。
 緋美子の放った第二の朱雀の矢が、目玉に突き立ったのだった。
 ヒバナの頭から頭痛が消えた。
「今度は俺の番だな」
 竜の背中から声がした。
 明日香が立ち上がっている。
 盾を構えると、頭から飛び下りた。
「あ、ブッチャー!」
 驚いて、ヒバナは後を追った。
 翼をすぼめ、ひと筋の矢と化して明日香を追いかける。
 空中で体勢を立て直すと、伸びてきた触手めがけて、明日香が盾をぶん投げた。
 ブーメランの要領で、玄武の盾が次から次へと触手を切断していく。
 紫色の臭い液体が、しぶきをあげて盛大に飛び散った。
 うううううううううううん!
 クトゥルーが身を震わせた。
 膨らんでいく。
 どんどん膨張する。
 その背中に、明日香が着地した。
 と、ほとんど同時に、クトゥルーの表皮の一部が盛り上がり、人の形を取った。
 死天王のひとり、シンだった。
「ブッチャーさんだったな。俺が相手だ」
 いって、ニタリと笑った、
 変身が始まった。
 例の怪物の姿に変わっていく。
 隊長3メートルの巨大な両生類。
 黄色い肌に黒い斑点をちりばめた、メキシコサラマンダーだ。
 ただし、頭部はふたつある。
 ヒバナと玉子が以前戦ったときと同じ姿だった。
「かわいそうに。取り込まれたか」
 明日香がいった。
「かわいそう?」
 シンが吹き出した。
「何をいってる? 同情してもらうには及ばんよ。むしろ、全能の神と一体化できて、最高な気分さ」
「麗奈とナミはどうしたの?」
 空中から、ヒバナは叫んだ。
「麗奈なら、この身体のどこかに融合してるだろうよ。もっとも、土台が大きすぎて、なかなか会えないんだけどな。ナミは、行方不明だ。ひょっとしたら、邪神の機嫌を損ねて食われたのかもしれん」
 ナミが食われる?
 いえ、あの子はそんなヤワな存在ではない。
 ヒバナは否定した。
 ナミのことだ。
 邪神の目を逃れて、また何か企んでいるに違いない。
「さあ、こっちも本気を出すか」
 シンがいった。
 よく見ると、下半身はクトゥルーの体に溶けるように結合している。
 シンも麗奈も、この邪神の肉体の一部になっているということか。
「気をつけて!」
 頭上から、緋美子の声がした。
 ヒバナと同じく、明日香の身を案じて降りてきたのだろう。
 その声に反応して、明日香が盾を構えた。
 その瞬間だった。
 シンの足元が裂け、中から何かが飛び出してきた。
 それが巨大な鉤爪だとわかったときには、すでに遅かった。
 明日香の胴を、鉤爪が掴んだ。
「うぐ」
 明日香がのけぞり、血反吐を吐く。
「ブッチャー!」
 ヒバナは絶叫した。
 裂け目から、シュルシュルと音を立てて、おびただしい触手の群れが襲いかかってきた。
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