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第9部 ヒバナ、アンブロークンボディ!
#45 窮地
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「ったく、やってられねえな」
三本めの煙草に火をつけ、貢はぼやいた。
深夜レストランの、窓際の席である。
店の中は、長距離トラックやタクシーの運転手で、けっこうにぎわっている。
俺の人生って、いったい何なんだろう。
今更ながらに、思う。
ヒバナや緋美子という超魅力的な女子たちと知り合うことができ、念願の超常現象にも何度も遭遇した。
なのに、このザマなのだ。
ひとり、カヤの外なのである。
こんなことなら、お通夜を連れてくればよかった、と後悔した。
多少幽霊じみていても、ああ見えて、一応女は女である。
あまりしゃべらないが、多少のひまつぶしにはなる。
それに、と思った。
あのとき、
俺がナミの操るにわかゾンビたちに襲われ、バラバラにされかかったとき。
あいつは本気で・・。
そう、本気で泣き叫んでくれたのだ。
その声を聞きつけて緋美子が現れ、俺は命拾いした。
そうか。
貢は感慨深げに顎をなで、ふうっと煙を吐いた。
あいつ、俺にほれていたのか。
ひとり、納得する。
神様、ひょっとしてこれは。
目を閉じた。
お通夜の、線の細い、今にも泣き出しそうな顔が、まぶたの裏にぼんやり浮かんできた。
高望みはやめて、あのくらいで手を打てと、そういうことですか?
貢はうなずいた。
ならば、男なるもの、試さねばなるまい。
スマホを取り出し、お通夜にLINEを入れようとしたときだった。
だしぬけに、窓の外が光った。
闇が消し飛び、突如として辺りが真昼のように明るくなったのだ。
びっくりして顔を上げた貢は、
「わ」
と声を上げた。
太い光の柱が、天と地をつなぎとめている。
首塚のある方角だった。
ドドドーン。
地面が揺れた。
テーブルの上のコーヒーカップが、カタカタ鳴り出した。
店中の客という客が、何事かと中腰になる。
「あ、アレは・・・」
見覚えがあった。
疾走するお化け少年事件。
あのとき、玉子が使った魔法。
あれがちょうど、あんなふうだった。
「ってことは、始まったのか?」
貢は立ち上がった。
緋美子に「待ってろ」といわれたことも、お通夜をデートに誘おうとしていたことも、すっかり忘れてしまっていた。
「ねえちゃん、釣りはいらないぜ」
レジに500円玉を叩きつけるように置き、疾風のごとく外に飛び出した。
ハルマゲドンだ。
光と闇の戦いの前哨戦が、今始まったのに違いない。
これを見なくて、超常現象研究会の部長代理なんて、務まるかよ。
そんな勢いだった。
アルトを路肩に停め、路地に飛び込む。
焦げ臭い臭いが鼻をついた。
街灯の明かりのなか、路地の奥から煙が上がっている。
駆けつけて、次の瞬間、立ち竦んだ。
目の前に、だれか倒れている。
緋美子だった、
白いコスチュームが真っ黒に焦げている。
特に、背中の辺りがひどい。
体の大きさは元に戻っているが、背中には焦げて縮んだ翼が残ったままだった。
「ごめんよう、ひみねえ」
意外なほど近くで、子どもの泣き声がした。
見ると、草むらの中に玉子が座り込んでいた。
「急に何かが頭に入ってきて、それで、狙いが狂っちまったんだよう」
「お、おまえ」
貢はえりくびをつかんで玉子を引きずり出した。
さっきの特大の雷は、緋美子を直撃したものだったのだ。
直感的に、そう悟った。
「わざとじゃないよう」
貢につるし上げられても、玉子はまったく抵抗しなかった。
本物の子どものように、ただただ泣きじゃくっている。
貢はそんな玉子をじっと見つめた。
嘘をついている感じではなかった。
「とにかく」
貢は玉子を解放すると、うつぶせになったままぴくりとも動かない緋美子に近寄った。
「急いでひずみんちに連れて行こう。まだ、なんとかなるはずだ」
鼻に手を当て、かすかに息があるのを確かめると、いった。
緋美子を抱え上げる。
重い。
ヒバナほどはないが、外見からは想像もできないほどの重さである。
何度も変身を繰り返しているうちに、ヒバナのように神獣の細胞が融合しかけているのかもしれなかった。
「玉子、車のドアを開けて、中で待ってろ」
命令した。
パタパタと玉子が駆けていく。
ずるずると緋美子をひきずっていき、やっとの思いで後部座席に乗せた。
「ひみねえ、助かるよな?」
泣きじゃくりながら玉子が訊いてきた。
「あたりまえだろ?」
ドアをしめ、エンジンをかける。
こんなにボロだが、ほんとに役に立つ車だ、と思う。
これがなかったら、おそらく緋美子の命はない。
「泣いてないで、後ろで緋美子の様子を見てろ。ほら、ここにスポーツドリンクがあるから、気がついたら飲ませてやれ」
貢は車を国道に乗り入れながら、後部座席の玉子のほうに、ペットボトルを差し出した。
「あたいのこと、怒ってるか?」
「怒ってなんか、いないよ」
めいっぱい、アクセルを踏みこんだ。
行け! 轟天号!
「ほんとうに、本当か?」
玉子らしくない、気弱な口調だった。
「どうせナミがいて、あの超能力に操られたんだろ? 実はな、俺もやられたばっかりなんだ」
貢はいった。
「あれには勝てないよ。玉子、おまえのせいじゃない」
「・・・ありがと」
玉子がつぶやくのが聞こえてきた。
貢は一瞬、我が耳を疑った。
この傲慢な”魔法少女”が礼をいうのを聞くのは、これが初めてだったのだ。
三本めの煙草に火をつけ、貢はぼやいた。
深夜レストランの、窓際の席である。
店の中は、長距離トラックやタクシーの運転手で、けっこうにぎわっている。
俺の人生って、いったい何なんだろう。
今更ながらに、思う。
ヒバナや緋美子という超魅力的な女子たちと知り合うことができ、念願の超常現象にも何度も遭遇した。
なのに、このザマなのだ。
ひとり、カヤの外なのである。
こんなことなら、お通夜を連れてくればよかった、と後悔した。
多少幽霊じみていても、ああ見えて、一応女は女である。
あまりしゃべらないが、多少のひまつぶしにはなる。
それに、と思った。
あのとき、
俺がナミの操るにわかゾンビたちに襲われ、バラバラにされかかったとき。
あいつは本気で・・。
そう、本気で泣き叫んでくれたのだ。
その声を聞きつけて緋美子が現れ、俺は命拾いした。
そうか。
貢は感慨深げに顎をなで、ふうっと煙を吐いた。
あいつ、俺にほれていたのか。
ひとり、納得する。
神様、ひょっとしてこれは。
目を閉じた。
お通夜の、線の細い、今にも泣き出しそうな顔が、まぶたの裏にぼんやり浮かんできた。
高望みはやめて、あのくらいで手を打てと、そういうことですか?
貢はうなずいた。
ならば、男なるもの、試さねばなるまい。
スマホを取り出し、お通夜にLINEを入れようとしたときだった。
だしぬけに、窓の外が光った。
闇が消し飛び、突如として辺りが真昼のように明るくなったのだ。
びっくりして顔を上げた貢は、
「わ」
と声を上げた。
太い光の柱が、天と地をつなぎとめている。
首塚のある方角だった。
ドドドーン。
地面が揺れた。
テーブルの上のコーヒーカップが、カタカタ鳴り出した。
店中の客という客が、何事かと中腰になる。
「あ、アレは・・・」
見覚えがあった。
疾走するお化け少年事件。
あのとき、玉子が使った魔法。
あれがちょうど、あんなふうだった。
「ってことは、始まったのか?」
貢は立ち上がった。
緋美子に「待ってろ」といわれたことも、お通夜をデートに誘おうとしていたことも、すっかり忘れてしまっていた。
「ねえちゃん、釣りはいらないぜ」
レジに500円玉を叩きつけるように置き、疾風のごとく外に飛び出した。
ハルマゲドンだ。
光と闇の戦いの前哨戦が、今始まったのに違いない。
これを見なくて、超常現象研究会の部長代理なんて、務まるかよ。
そんな勢いだった。
アルトを路肩に停め、路地に飛び込む。
焦げ臭い臭いが鼻をついた。
街灯の明かりのなか、路地の奥から煙が上がっている。
駆けつけて、次の瞬間、立ち竦んだ。
目の前に、だれか倒れている。
緋美子だった、
白いコスチュームが真っ黒に焦げている。
特に、背中の辺りがひどい。
体の大きさは元に戻っているが、背中には焦げて縮んだ翼が残ったままだった。
「ごめんよう、ひみねえ」
意外なほど近くで、子どもの泣き声がした。
見ると、草むらの中に玉子が座り込んでいた。
「急に何かが頭に入ってきて、それで、狙いが狂っちまったんだよう」
「お、おまえ」
貢はえりくびをつかんで玉子を引きずり出した。
さっきの特大の雷は、緋美子を直撃したものだったのだ。
直感的に、そう悟った。
「わざとじゃないよう」
貢につるし上げられても、玉子はまったく抵抗しなかった。
本物の子どものように、ただただ泣きじゃくっている。
貢はそんな玉子をじっと見つめた。
嘘をついている感じではなかった。
「とにかく」
貢は玉子を解放すると、うつぶせになったままぴくりとも動かない緋美子に近寄った。
「急いでひずみんちに連れて行こう。まだ、なんとかなるはずだ」
鼻に手を当て、かすかに息があるのを確かめると、いった。
緋美子を抱え上げる。
重い。
ヒバナほどはないが、外見からは想像もできないほどの重さである。
何度も変身を繰り返しているうちに、ヒバナのように神獣の細胞が融合しかけているのかもしれなかった。
「玉子、車のドアを開けて、中で待ってろ」
命令した。
パタパタと玉子が駆けていく。
ずるずると緋美子をひきずっていき、やっとの思いで後部座席に乗せた。
「ひみねえ、助かるよな?」
泣きじゃくりながら玉子が訊いてきた。
「あたりまえだろ?」
ドアをしめ、エンジンをかける。
こんなにボロだが、ほんとに役に立つ車だ、と思う。
これがなかったら、おそらく緋美子の命はない。
「泣いてないで、後ろで緋美子の様子を見てろ。ほら、ここにスポーツドリンクがあるから、気がついたら飲ませてやれ」
貢は車を国道に乗り入れながら、後部座席の玉子のほうに、ペットボトルを差し出した。
「あたいのこと、怒ってるか?」
「怒ってなんか、いないよ」
めいっぱい、アクセルを踏みこんだ。
行け! 轟天号!
「ほんとうに、本当か?」
玉子らしくない、気弱な口調だった。
「どうせナミがいて、あの超能力に操られたんだろ? 実はな、俺もやられたばっかりなんだ」
貢はいった。
「あれには勝てないよ。玉子、おまえのせいじゃない」
「・・・ありがと」
玉子がつぶやくのが聞こえてきた。
貢は一瞬、我が耳を疑った。
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