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第9部 ヒバナ、アンブロークンボディ!

#11 鬼界

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「君たちに元の力を取り戻してもらうには」
 ナミとナギを等分に見つめて、ツクヨミがいった。
「実際に僕の世界を見てもらうしかないね」
「あなたの世界?」
 ナミが繭を吊り上げる。
「そう、かつて"根の片津国"と呼ばれた鬼の世界。もっとも、今はまだ姉さんのおかげでとんでもないことになっているけど」
「姉さん?」
「君のよく知っている娘さ。ヒバナの仲間で、これがまた手ごわくてね」
 ツクヨミが苦笑した。
「とにかく、一度外に出よう。"扉"を設置するには、ここはちょっと目立ちすぎる」
 制服のまま、家から出た。
 ツクヨミは裏手の丘を上がっていく。
 町並みを見おろす平坦な場所に出ると、地面に妙なものが張りついているのが見えてきた。
 翼長3mはある、巨大なイトマキエイである。
 茶色の表皮に、灰色のまだらの模様が散っている。
「盤古、頼む」
 ツクヨミが声をかけると、それは垂直にふわりと浮かび上がった。
 翼のようなひれを波打たせ、空中に静止している。
 やがて、エイの内部が発光し始めた。
 外側の輪郭だけ残して、体が消えていく。
 向こう側に、景色が見えてきた。
 枯れ草に覆われた、だだっ広い草原だ。
「行こう」
 ツクヨミがいい、先に立ってその空間に開いた"穴"に入っていく。
 ナギが続いた。
 仕方なく、ナミも後を追う。
 なんということもなかった。
 敷居を跨ぎ越すように、あっけなく向こう側に出た。
 風が冷たい。
 空気が冷え冷えとしているのがわかった。
「あそこだ」
 ツクヨミが前方を指差した。
 草原を囲む外輪山の麓に、洞窟が口を開いている。
 青白い光が、そこから漏れていた。
「かなり寒いから、そのつもりで」
 草原を渡り、洞窟の入口にたどり着いた。
 なるほど、冷蔵庫の製氷室の扉を開けたときのような冷気が、中から漂ってくる。
「うわ」
 ツクヨミに続いて中に入っていったナギが叫んだ。
「これはすごい」
 一歩遅れて足を踏み入れたナミも、茫然と立ち竦んだ。
 中は思ったよりずっと広かった。
 洞窟というより、立派な鍾乳洞である。
 驚いたのは、周囲の壁が凍った波でできていることだった。
 サーフィンでいうビッグウェーブに似た逆巻く波がそのまま凍りついて、ずっと奥まで、果てしなく続いている。
「スーパーブルーだ」
 ナギがうれしそうにいった。
「確かアイスランドにもこんな景色の鍾乳洞があったよね」
 ナギはテレビの紀行番組が大好きなのだ。
「よく見て」
 足早に歩きながらツクヨミがいう。
 氷の中におびただしい数の何かが閉じ込められていた。
「鬼・・・」
 ナミはうめいた。
 津波の形をしたよじれた氷の壁の中に、無数の鬼たちが封印されているのだった。
 こめかみから生えた2本の角、耳まで裂けた口。
 断じて人間ではありえない。
「これが姉さんの呪いだ。世界のリセットで解けるかと期待したんだけど、さすがに強固でね」
「ここは、ずっとこんな感じなの?」
 ナミが訊いた。
 とてつもなく寒かった。
 両腕で体を抱いてもガタガタと震えが来るほどだった。
「そうさ。端から端まで凍りついている」
 ツクヨミが無表情に答えた。
 氷の通廊が突然下降し、広々と開けた場所に出た。
 ナミとナギは同時に息を呑んだ。
 広大な氷原が見渡す限り広がっている。
 まるでシベリアの大地をそのまま持ってきて、この異空間に広げたような感じだった。
 ただ、ここには風も吹雪もなかった。
 物音ひとつしない。
 まるで時間が止まっているかのようだ。
「来い、盤古」
 ツクヨミが宙に向かって呼びかけた。
 さっきのイトマキエイに似た生き物が。眼の前に実体化する。
「相当距離があるんでね。盤古に運んでもらおう」
 イトマキエイは先ほどより更に大きくなっている。
 人が乗れるように、背中が窪んでいた。
「こんな氷の世界に何か意味があるの?」
 寒さに耐えかねて、ナミは苛々とたずねた。
「もう、2度と元には戻せないの?」
 ツクヨミがナミを振り返った。
 赤い目が細く、鋭くなっている。
「それなんだけど」
 赤い舌で、白い唇をひと舐めして、いった。
「姉さんを、殺そうと思う。呪いを解くには、それしかなさそうだから」

 
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