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第9部 ヒバナ、アンブロークンボディ!

#10 月読

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 ツクヨミには、一度だけ会ったことがある。
 貢にとってはひどく苦い思い出になったあの日。
 世界が丸山によってリセットされる直前のことである。
 とほうもない邪神を伴って、彼は貢たちの前に姿を現したのだった。
 もしあのとき、丸山が"観測者"今岡の精神を正気に戻すことに失敗していたら・・・。
 それを思うと、ぞっとする。
 地球はおそらくあの邪神、八岐大蛇に破壊し尽くされていたことだろう。
「これ、わたしたちが見てること、知ってるみたい」
 画面に視線を固定したまま、ヒバナがいった。
「だな。こいつ、明らかにカメラ目線で写ってやがる」
「消えてなかったんだ」
「まあ、ツクヨミというからには、元々八百万の神のひとりだからね。玉子やミミが健在なら、こいつにも生き延びる資格はあったってことさ」
 玉子とは、ヒバナのチームの一員、小学生の大和田玉子のことである。
 外見とは裏腹に、その正体は『海幸彦山幸彦』の神話に登場する豊玉姫の転生後の姿なのだ。
 ミミは同じくチームの"ヒーラー"八代ひずみの守護獣で、こちらもわが国最古の神、蛭子の化身だった。
「ツクヨミが生きてるとすると・・・」
 ヒバナの表情が翳る。
「オロチか」
  貢はいった。
 ヒバナの心配は痛いほどわかる。
 貢が見たあの邪神は、背の高さが300mはありそうだった。
 ゴジラの3倍だ。
 いくらヒバナたちが超人でも、あれに勝てるとはとても思えない。
「ただ、あれがリセット後も残っているかどうかは、今のところわからないな。いや、むしろ。ツクヨミが青沼酒造に姿を現したってことは、ひょっとして・・・」
 ある可能性に思い至って、貢はいった。
「ひょっとして?」
 ヒバナが見つめてくる。
 真剣な顔つきのヒバナは、思わずキスしたくなるほど可愛い。
「オロチが存在しないか、あるいは存在しても、すぐに稼動できない状況にあるんじゃないかな」
「どうしてそんなことがわかるんです?」
「ツクヨミが、鬼の腕を取り返そうとしてるんだとしたら・・・。その理由は何だと思う?」
「うーん」
 ヒバナは完全に向かい側の席に座り込んでいる。
「鬼の本体がどこかにあって、それに腕をくっつけるため、とか?」
 頬杖をついたままの姿勢で、いった。
「ご名答」
 貢はうなずいた。
「オロチの代わりになる武器として、酒呑童子か茨木童子を前線に投入するつもりなんじゃないか。と、そう俺は読んだのだが」
「そういえば、いつかひずみちゃんがいってました」
 ヒバナがつぶやくようにいう。
「ひずみちゃんとミミはね、一度ツクヨミに拉致されたことがあるんだけど、そのとき連れて行かれたツクヨミの世界では、たくさんの鬼たちが氷の壁の中に閉じ込められてたって」
「天照大神の呪いか」
 貢はあのときの最後のやりとりを思い出していた。
 ツクヨミは、緋美子を天照大神の化身と思い込んでいるようだった。
 だが、肝心の緋美子のほうにはその記憶がないらしく、全く話がかみ合っていなかったのだ。
 そしてもうひとつ。
 あのときわかったのは、ツクヨミが実は"少年"ですらない、という事実だった。
 両性具有、だったのである。
「こうなると、少しでも早く青沼家に行かないとな」
 貢はいった。
「君の仕事の都合もある。今度いつ休みが取れるんだい?」
「さっきクマちゃんに頼んで、明日とあさって、連休にしてもらいましたよ。その分、来週はお休み、なくなっちゃうけど」
 少し悲しそうに、ヒバナが笑う。
「すまない。恩に着るよ。今度何か、おいしいものおごるから」
「土日だから、たまちゃんも呼ぶ?」
「いや。とりあえず下調べということで、2人で行こう。向こうも、あまり大人数で押しかけられちゃ、迷惑だろう」
 それに、と貢は思う。
 せっかくヒバナや美月とハーレム状態のところに、玉子はいただけない。
 あれは、いざ魔物と戦う段になったら呼べばいいのだ。
 玉子はあくまで実戦向きの最終兵器であって、少なくとも観賞用ではない。
「ツクヨミなんか」
 窓枠のところに、インテリアのひとつとして、ガラスの器に盛ったりんごが飾ってある。
 そのりんごを、ひょいとヒバナが手に取った。
 ガラスの器をテーブルに置く。
 その上に小ぶりのりんごを持った右手をかざすと、
「こうしてやる」
 そう、気合をこめてつぶやいた。
 次の瞬間、貢はあまりのことに、あんぐりと口を開けた。
 メリメリと音を立てて、ヒバナがりんごを握りつぶしたのである。


 
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