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第7部 ヒバナ、ハーレムクィーン!

#4 ふがいない俺は尻を見た

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 午前1時30分。
 月の明るい、よく晴れた晩である。
 大猫観音商店街のはずれでヒバナは待っていた。
 薄手のカーディガンを羽織っている。
 が、その下はきのうと同じデザインの服だった。
 これがこの少女のトレードマークなのか、
 背中の開いたノースリーブのセーラー服とマイクロショートパンツである。
 ただ今回は上下とも薄いブルーだ。
 真夜中の街路灯をバックに立つそのすらりとした姿は、振るいつきたくなるほど、かっこいい。
「夜のドライブっていいよね!」
 車に乗り込んでくるなり、そのヒバナがにっこり笑っていった。
 車内に、なんだかいい匂いが、ふんわりと広がった。
 俺は申し訳ない気分になった。
 なんせ、車がこのアルトである。
 本来はひとり乗りではないかと思われるくらい、車内が狭いのだ。
 ヒバナとお通夜が後部座席、先輩が助手席に乗った。
 俺としてはヒバナに助手席に乗ってほしかった。
 が、先輩の手前、さすがにそう口に出してはいえない。
「ヒバナさん、手、握ってていいですか」
 お通夜が甘えた声でいうのが聞こえた。
 ったく、ずうずうしいにもほどがある。
 俺は内心むっとした。
 こんなときオンナ同士は得だ。
 俺が同じ台詞を口にしたら間違いなくセクハラだろう。

 東名高速に乗り、豊川ICで降りて国道151号線を北へ20分。
 鳳来寺山といえば、徳川家康ゆかりの鳳来寺で有名な観光スポットである。
 ただし、間違っても真夜中に訪れるべき場所ではない。
 山頂への上り口以外、あたりはほとんど真っ暗なのだ。
 周りの田んぼから、蛙だか虫だかの声が地鳴りのように聞こえてきて、かなり不気味である。
 目的地は、山をぐるっと迂回した先にあった。
 目抜き通りをはさんで。左右に家々が立ち並ぶだけの小さな町だった。
 スティーブン・キングの小説の舞台にでもなりそうな、ひなびた雰囲気の集落だ。
 例の廃病院は、その通りの突き当たりを左に曲がったところに位置していた。
 町の規模に比べ、ずいぶん大きな建物である。
 小学校の運動場ほどもある敷地を、2階建ての3つ棟がコの字型に囲んでいる。
「元は陸軍の施設だったのかもしれないな」
 車の中から様子をうかがいながら、先輩がいった。
「陸軍中野学校の分校か何かで、生物兵器の研究をしてたとか」
「まあ、そんなところだ」
 ブロック塀に沿って車を停める。
「あー、いい空気!」
 ヒバナが大きく伸びをした。
「星がきれいだねー」
 キュンと引き締まったヒップが、一瞬で俺の目を虜にする。
 とうの昔に壊れてなくなったのか、敷地には、門扉がなかった。
「行くぞ」
 先に立って、白衣を風になびかせ、先輩が歩き始める。
 その後を手をつないだヒバナとお通夜。
 最後尾が、俺だ。
「糸魚川君でしたっけ」
 数歩歩いたところで、振り向いて、ヒバナがいった。
「なんでわたしのお尻にぴったりくっついてくるんですか? 車間距離、ゼロなんですけど」
「あ、いや、こ、これは失礼」
 あまりに的確な指摘に俺はうろたえた。
「つ、つい、出来心で。あ、それから、俺のことは、ミツグって呼んでくれませんか」 
「ミツグは、お尻フェチなんです。ヒバナさん、気をつけたほうがいいですよ」
 不意打ちのようにお通夜が突っ込みを入れてきて、更に俺をあわてさせた。
 さすが『家畜人ヤプー』の愛読者。
 こいつ、あなどれない。
「ば、馬鹿も休み休み言え。それよりお通夜、アレ、持ってきただろうな。もう準備をしておかないと」
 うなずくと、ヒバナの手を離し、お通夜が背中のリュックを下ろして中からB5版ほどのサイズのタブレット端末を取り出した。
 『D物質観測機』である。
 もちろん、開発者は丸山先輩だ。
 紐で、首にかけるようになっている。
 お通夜が電源を入れると液晶画面が明るくなり、円形の薄ピンク色のフィールドが現れた。
 手前の4つの輝点が俺たちだ。 
 今のところ、D物質は検出されていないようだった。
「ここはかなり危険な場所だ。お通夜、観測機に反応が現れたらすぐに知らせろ。『いのちだいじに』で行く。少しでも身の危険を感じたら、撤退するんだ」
 玄関前に来たところで、先輩がいった。
 武器のつもりだろう。
 右手にゴルフクラブを提げている。
 俺もジャンパーのポケットからスタンガンを取り出した。
 嫁に行くとき、姉貴がもういらないから、とくれたものだ。
「ヒバナさんは、何か護身用の・・・」
 言いかけて、俺は息を呑んだ。
 ヒバナが一番重装備だということに気づいたのだ。
 右手に奇妙にねじ曲がった形の剣、左手に細く長い槍を握っている。
 さっきまで、確かに手ぶらだったのに、こんなもの、いつのまに、いったいどこから取り出したのか。
「それは、布都御魂(ふつのみたま)。古代の神剣じゃないか」
 丸山先輩が目を見張った。
「たいしたもんじゃないですよ」
 ヒバナが剣を背中に隠し、取ってつけたように笑う。
「ひみちゃんなんて、アマテラスの弓、持ってるんですから」
「フツノミタマに、アマテラスの弓・・・。君たちは、いったい何者だ?」
 ヒバナはそれには答えず、
「心配しないで。つやちゃんはわたしが守るから」
 今度は毅然とした表情で、それだけを口にした。

 玄関のドアも、ガラスがほとんど割れ落ちて、半開きの状態だった。 
 俺と先輩が大型懐中電灯を持ち、先頭に立つ。
 満月の光が窓から差し込んでくるので、懐中電灯に頼らなくてもなんとか周りの様子は見てとれた。
 埃だらけのロビーを4人縦につながって、横切る。
 しんと静まり返った通廊に、ひたひたと俺たちの足音だけが気味悪くこだまする。
「昔なんかこんなホラーゲームあったよな。なんだっけ?」
 俺は気を紛らすために、後ろを歩くお通夜に声をかけた。
「あの、看護婦のゾンビがいっぱい出てくるやつ」
「サイレントヒル」
 打てば響くように答えるお通夜。
「こわいゲーム、わたしはだめだなあ」
 ヒバナがいった。
「本物の魔物は、別にどうってことないんだけど」
 本物の、何? 何だって?

 コの字型の病棟を一周してみたが、幸か不幸か1階には何の異常も認められなかった。
「あの階段から、上に上がろう」
 先輩がいって、前方に懐中電灯の光を向けたときだった。
「あ」
 お通夜がふいに、小さく喉の奥で叫び声を上げた。
「どうした」
 振り向くと、
「これ」
 震える手で、タブレットを差し出した。
「う」
 俺はうめいた。
「来てる」
 ゾーンに、俺たちを示す4つの点以外に、赤く輝く点が2つ、現れている。
 進行方向。
 階段のあたりに、何かいる。
「先輩、観測機が」
 そういいかけたときだった。
「みんな、下がって!」
 ヒバナが叫んで、俺と先輩の前に飛び出した。
 そして、それが現れた。
 
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