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第5部 ヒバナ、インモラルナイト!
#25 ヒバナ、喧嘩する
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京都から近鉄に乗り換え、天理駅で降りる。
石上神宮までは、ここから東へ徒歩30分くらいである。
少し前に車内で駅弁を一人前平らげたにもかかわらず、歩き出すとすぐに玉子がぐずり始めた。
「腹へってもう動けねえ」
しかたなく、商店街の喫茶店に入る。
市の名前にもなっているくらいだから、店の中にもあの宗教団体の法被を着た人が多い。
「ホテルにチェックインする前に、一回下見に行こうと思うの」
アイスティーで喉を湿らせて、緋美子が言う。
「なんだか、銀行強盗の計画立てる悪い人になった気分だね」
口の中で氷を転がしながら、ヒバナが笑う。
「それは言いっこなし」
緋美子がちょっとうしろめたそうな表情をする。
「石上神宮にある本殿は、あとから建てられたものだから、本物の神々の武器はそこにはないと思うんだ。なんでも、拝殿の奥はもとは更地で、明治時代に掘り返したら、その地面の下から神剣やなんかがいっぱい出てきたんだって」
アイスコーヒーをすすって気分を落ちつけると、緋美子が説明した。
事前に色々調べてきたらしく、さすがに詳しい。
ヒバナも一応インターネットで神宮のHPなどはチェックしたのだが、文字が多すぎたので途中で読むのをやめてしまっていた。
「じゃ、本物の武器庫は地下にあるのかな」
「ミミさんは、ヒバナに『裏』のほうの神社だって言ったんでしょ? ということは、霊界ネットワークのあったあの"裏稲荷"みたいな仕組みになってるんじゃないかと思うの」
「常世の結界かあ。これはまたレオンの出番だね」
「そんなもの、あたいでも見破れるさ」
アイスミルクを飲み干し、氷をがりがり齧っていた玉子が、ふいに横から口をはさんだ。
「そうか、たまちゃんも、常世の神様だったもんね。しかも、お姫様」
緋美子が玉子に笑顔を向ける。
玉子と緋美子は温羅と戦ったときに一度会っている。
そのあとヒバナが詳しく話しておいたから、今は緋美子も彼女の素性を知っていた。
「たぶん、武器庫は常世製の閉鎖空間になっている。だから、表の本殿からは入れない。そもそも、本殿に奉納されている刀や剣の類は"形代"にすぎないんだ。神々の武器にはみんな"御霊(みたま)"が備わってる。その御霊を手に入れない限り、本当に武器を入手したことにはならないのさ」
神としての威厳を垣間見せて、玉子が解説する。
「えー、また御霊なの?」
ヒバナがうんざりした声を出す。
神獣の御霊取りには2回行ったが、どうもあの霊界の雰囲気は好きになれないのだ。
「ばーか、本殿に侵入したらそれこそ本物の泥棒だろ? 亜空間でありがたいと思え」
「ばかは余分でしょ」
ヒバナが目を怒らせる。
「でも、たまちゃんの言葉にも一理あるよね。神社の奉納品盗むのって、正直、すごく気が引けてたんだ」
「ほら見ろ。きれいなねーちゃんはやっぱり話がわかる」
「物分かりの悪い、きたないねーちゃんで悪かったわね」
一触即発の雰囲気になりかけたところへ、注文のナポリタンが運ばれてきた。
「やったー!」
「おいしそう!」
玉子とヒバナの機嫌が一発で直る。
「だけど、2人とも、本当によく食べるね」
緋美子がため息混じりにつぶやいた。
商店街を東に向かって歩いていくと、やがて左手に途方もなく大きな建物が見えてきた。
宗教団体の本部である。
そこから先に更に歩くと、大学の裏手に当たる位置に、石上神宮はあった。
この前行った熱田神宮ほど大きくないが、1700年の歴史を持つ鳥居はさすがに威風堂々としている。
鳥居をくぐって参道に足を踏み入れると、何かぴりぴりしたものが空気を通じて伝わってくるのがわかった。
鈍感なヒバナでも感じるほど、霊気が強い。
「すごいね、ここ。本物のパワースポットなんだ」
「由緒ある神話の武器がたくさん集まってるんだもんね」
広い境内に出ると、正面が拝殿だった。
湾曲した屋根を持つ、巨大な建物である。
境内には、なぜか茶色い鶏がたくさん放し飼いになっていた。
まったくものおじせず、人間の近くにも平気で寄ってくる。
「わ、来るな」
玉子がヒバナにしがみつく。
この傍若無人な小学生にも、苦手なものはあるらしい。
それがわかっただけでも、ここまで来た甲斐があったというものだ。
「あの建物の奥に、本殿があるはず。でも、ここからはよく見えないね。ま、どの道、禁足地だから一般人は進入禁止なんだろうけど」
額に手をかざし、強い陽光をよけながら緋美子が言った。
「玉子、逃げ回ってないで、結界のありか、探しなさいよ」
走り出そうとする玉子の手を、ヒバナがつかむ。
「肩車、しておくれ。あたいの身長では、鶏しか見えないんだ」
「えー、あんたむちゃ重そうじゃない」
「おまえほどじゃないよ」
口の減らないガキだった。
しかたなくヒバナは前かがみになり、子泣き爺なみにずっしりと重量感のある玉子を肩に乗せて、よろよろと立ち上がった。
拝殿に近づき、建物の脇から奥の様子を窺ってみる。
ずっと先にもうひとつ大きな建物があるのはわかるが、緋美子の言うように拝殿の陰になってよく見えない。
「うーん」
暑さと重さで頭がくらくらしてきたとき、
「もう少し高くできねえかな。これじゃ、ぜんぜんみえねえや」
玉子の声が上から降ってきた。
「もう、降りてよ! 首が折れる」
悲鳴を上げるヒバナ。
「根性ないな。もうちょっとがんば・・・あっ」
ヒバナが前のめりによろけた。
プロレスの技が決まったときのように、玉子が頭から地面に激突する。
額の宝玉がじゃりっと砂を噛んだ。
「たまちゃん!」
緋美子が駆け寄った。
「やりやがったな」
砂だらけの顔を、すぐそばで尻餅をついているヒバナに向けて、玉子がすごんだ。
腕輪に手をやり、リングを回そうとする。
白虎に変身するつもりなのだ。
「わざとじやないって。だいたいあんたが重過ぎるんだよ!」
ちょうど目の前を通りかかった鶏をわしづかみにして、ヒバナが盾代わりに構える。
「ほらほらほら、ニワトリさんも怒ってるよー!」
玉子の顔にくっつけた。
「やめれ!」
玉子が鶏をよけようとして、ひっくり返る。
「ちょっと、2人とも!」
緋美子が間に割って入った。
「神聖な境内で、何やってるの? 罰が当たっても、知らないからね」
「だってヒバゴンが喧嘩売ってきやがるんだ」
「ヒバゴンって誰よ? わたしはUMAか」
「んもう!」
緋美子がきゅっとくびれた腰に両の拳を当て、仁王立ちになって2人を交互に睨みつける。
「とりあえず、ここはいったんホテルに帰りましょ。準備を整えてから、出直しね」
「だね。変身して、空から禁足地とやらに潜入するのが、いちばんかも」
ヒバナがうなずく。
「わーい! 温泉だ!」
玉子が浮かれて踊り始めた。
「あんた、お風呂嫌いじゃなかったの?」
ヒバナがつっこむ。
「温泉はお風呂じゃねーだろ? 広いし、泳げるし」
玉子が鼻の穴を広げて反論する。
石上神宮までは、ここから東へ徒歩30分くらいである。
少し前に車内で駅弁を一人前平らげたにもかかわらず、歩き出すとすぐに玉子がぐずり始めた。
「腹へってもう動けねえ」
しかたなく、商店街の喫茶店に入る。
市の名前にもなっているくらいだから、店の中にもあの宗教団体の法被を着た人が多い。
「ホテルにチェックインする前に、一回下見に行こうと思うの」
アイスティーで喉を湿らせて、緋美子が言う。
「なんだか、銀行強盗の計画立てる悪い人になった気分だね」
口の中で氷を転がしながら、ヒバナが笑う。
「それは言いっこなし」
緋美子がちょっとうしろめたそうな表情をする。
「石上神宮にある本殿は、あとから建てられたものだから、本物の神々の武器はそこにはないと思うんだ。なんでも、拝殿の奥はもとは更地で、明治時代に掘り返したら、その地面の下から神剣やなんかがいっぱい出てきたんだって」
アイスコーヒーをすすって気分を落ちつけると、緋美子が説明した。
事前に色々調べてきたらしく、さすがに詳しい。
ヒバナも一応インターネットで神宮のHPなどはチェックしたのだが、文字が多すぎたので途中で読むのをやめてしまっていた。
「じゃ、本物の武器庫は地下にあるのかな」
「ミミさんは、ヒバナに『裏』のほうの神社だって言ったんでしょ? ということは、霊界ネットワークのあったあの"裏稲荷"みたいな仕組みになってるんじゃないかと思うの」
「常世の結界かあ。これはまたレオンの出番だね」
「そんなもの、あたいでも見破れるさ」
アイスミルクを飲み干し、氷をがりがり齧っていた玉子が、ふいに横から口をはさんだ。
「そうか、たまちゃんも、常世の神様だったもんね。しかも、お姫様」
緋美子が玉子に笑顔を向ける。
玉子と緋美子は温羅と戦ったときに一度会っている。
そのあとヒバナが詳しく話しておいたから、今は緋美子も彼女の素性を知っていた。
「たぶん、武器庫は常世製の閉鎖空間になっている。だから、表の本殿からは入れない。そもそも、本殿に奉納されている刀や剣の類は"形代"にすぎないんだ。神々の武器にはみんな"御霊(みたま)"が備わってる。その御霊を手に入れない限り、本当に武器を入手したことにはならないのさ」
神としての威厳を垣間見せて、玉子が解説する。
「えー、また御霊なの?」
ヒバナがうんざりした声を出す。
神獣の御霊取りには2回行ったが、どうもあの霊界の雰囲気は好きになれないのだ。
「ばーか、本殿に侵入したらそれこそ本物の泥棒だろ? 亜空間でありがたいと思え」
「ばかは余分でしょ」
ヒバナが目を怒らせる。
「でも、たまちゃんの言葉にも一理あるよね。神社の奉納品盗むのって、正直、すごく気が引けてたんだ」
「ほら見ろ。きれいなねーちゃんはやっぱり話がわかる」
「物分かりの悪い、きたないねーちゃんで悪かったわね」
一触即発の雰囲気になりかけたところへ、注文のナポリタンが運ばれてきた。
「やったー!」
「おいしそう!」
玉子とヒバナの機嫌が一発で直る。
「だけど、2人とも、本当によく食べるね」
緋美子がため息混じりにつぶやいた。
商店街を東に向かって歩いていくと、やがて左手に途方もなく大きな建物が見えてきた。
宗教団体の本部である。
そこから先に更に歩くと、大学の裏手に当たる位置に、石上神宮はあった。
この前行った熱田神宮ほど大きくないが、1700年の歴史を持つ鳥居はさすがに威風堂々としている。
鳥居をくぐって参道に足を踏み入れると、何かぴりぴりしたものが空気を通じて伝わってくるのがわかった。
鈍感なヒバナでも感じるほど、霊気が強い。
「すごいね、ここ。本物のパワースポットなんだ」
「由緒ある神話の武器がたくさん集まってるんだもんね」
広い境内に出ると、正面が拝殿だった。
湾曲した屋根を持つ、巨大な建物である。
境内には、なぜか茶色い鶏がたくさん放し飼いになっていた。
まったくものおじせず、人間の近くにも平気で寄ってくる。
「わ、来るな」
玉子がヒバナにしがみつく。
この傍若無人な小学生にも、苦手なものはあるらしい。
それがわかっただけでも、ここまで来た甲斐があったというものだ。
「あの建物の奥に、本殿があるはず。でも、ここからはよく見えないね。ま、どの道、禁足地だから一般人は進入禁止なんだろうけど」
額に手をかざし、強い陽光をよけながら緋美子が言った。
「玉子、逃げ回ってないで、結界のありか、探しなさいよ」
走り出そうとする玉子の手を、ヒバナがつかむ。
「肩車、しておくれ。あたいの身長では、鶏しか見えないんだ」
「えー、あんたむちゃ重そうじゃない」
「おまえほどじゃないよ」
口の減らないガキだった。
しかたなくヒバナは前かがみになり、子泣き爺なみにずっしりと重量感のある玉子を肩に乗せて、よろよろと立ち上がった。
拝殿に近づき、建物の脇から奥の様子を窺ってみる。
ずっと先にもうひとつ大きな建物があるのはわかるが、緋美子の言うように拝殿の陰になってよく見えない。
「うーん」
暑さと重さで頭がくらくらしてきたとき、
「もう少し高くできねえかな。これじゃ、ぜんぜんみえねえや」
玉子の声が上から降ってきた。
「もう、降りてよ! 首が折れる」
悲鳴を上げるヒバナ。
「根性ないな。もうちょっとがんば・・・あっ」
ヒバナが前のめりによろけた。
プロレスの技が決まったときのように、玉子が頭から地面に激突する。
額の宝玉がじゃりっと砂を噛んだ。
「たまちゃん!」
緋美子が駆け寄った。
「やりやがったな」
砂だらけの顔を、すぐそばで尻餅をついているヒバナに向けて、玉子がすごんだ。
腕輪に手をやり、リングを回そうとする。
白虎に変身するつもりなのだ。
「わざとじやないって。だいたいあんたが重過ぎるんだよ!」
ちょうど目の前を通りかかった鶏をわしづかみにして、ヒバナが盾代わりに構える。
「ほらほらほら、ニワトリさんも怒ってるよー!」
玉子の顔にくっつけた。
「やめれ!」
玉子が鶏をよけようとして、ひっくり返る。
「ちょっと、2人とも!」
緋美子が間に割って入った。
「神聖な境内で、何やってるの? 罰が当たっても、知らないからね」
「だってヒバゴンが喧嘩売ってきやがるんだ」
「ヒバゴンって誰よ? わたしはUMAか」
「んもう!」
緋美子がきゅっとくびれた腰に両の拳を当て、仁王立ちになって2人を交互に睨みつける。
「とりあえず、ここはいったんホテルに帰りましょ。準備を整えてから、出直しね」
「だね。変身して、空から禁足地とやらに潜入するのが、いちばんかも」
ヒバナがうなずく。
「わーい! 温泉だ!」
玉子が浮かれて踊り始めた。
「あんた、お風呂嫌いじゃなかったの?」
ヒバナがつっこむ。
「温泉はお風呂じゃねーだろ? 広いし、泳げるし」
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