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第5部 ヒバナ、インモラルナイト!

#17 ヒバナ、驚愕する

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 風が起こった。
 緋美子の周囲だけ、小型の竜巻に包まれたかのようだった。
 風がやみ、変身が完了した。
 極彩色の、息を呑むほど美しい生き物が、そこに立っていた。
 真っ青な羽毛で覆われている、女らしい曲線を残した体。
 身長は、竜化したヒバナとほぼ同じ、2メートルくらいだろうか。
 背中に、赤に黄色の縁取りのある巨大な翼が折りたたまれている。
 肩まであった髪の毛が小ぶりな白い翼に変わり、両耳の後ろから左右に張り出している。
 こめかみから長い矢羽根がそれぞれ5本ずつ後方に伸び、小さめな頭部を飾るアクセントになっていた。
 白い羽毛に縁取られてはいるが、顔だけは元の緋美子のままだ。
 額、眼、鼻、唇のあたりには肌色の皮膚がまだ残っている。
 額の青い宝石と、眉の先がそのまま触角になっている点が、ヒバナと同じだった。
 上腕部と太腿も、筋肉が発達してひと回り以上太くなっていることをのぞけば、外観はほぼ元のままだ。
 ただ、手首から先と、脛から下が鳥類のそれと化していた。
 遠目には、白い手袋と白いハイソックスを身につけているように見えるだろうが、指と足の爪は鋭い刃物状の鉤爪だ。
「これが『真・朱雀』? すごいよ、ひみちゃん。かっこいい・・・」
 感激して、ヒバナは言った。
 4つの特性を備えていた以前の姿に比べ、全体のデザインがシンプルになった分、美しく、そして力強くなった印象だった。
「気をつけて」
 低い声で、緋美子が言う。
 黒い影が、2人を取り巻くように迫ってくる。
 いつか、イオンの駐車場でアルビノの少年を襲ったのと同じタイプの、”鬼”の群れである。
 靄に包まれた体に、赤く光る気味の悪い目。
 何十体もいる。
 闇の中から次々に沸いてくるのだ。
「行きます」
 緋美子が叫んだ。
 ざっと翼が広がった。
 大きい。
 ヒバナの翼の1.5倍は優にある、強靭な猛禽類の翼である。
 3歩走ったところで、体が宙に浮く。
 ぐん、と周囲の建物の屋根より高い位置に浮上して、敵の群れに対峙するようにホバリングする。
 翼を左右にいっぱいに開き、2度、3度と力強くはばたいた。
 すさまじい突風が巻き起こる。
 衝撃波をもろに喰らい、敵の群れが木の葉のように四散した。
 その隙を突いて、ヒバナが疾走する。
 両腕の鰭(ひれ)カッターで、鬼たちの頭蓋骨を粉砕していく。
 緋美子が上空から矢のように滑空し、逃げ遅れた敵を脚の鉤爪でなぎ倒す。
 ヒバナの両手からプラズマボールが生まれ、体勢を崩した敵の一群を焼き尽くした。
 あっという間だった。
 地上に降りた2人の周囲には、血の飛沫が飛び散り、砕けた頭蓋の破片がおびただしく散らばっているだけだった。
 
「あっけなかったね。緋美ちゃん、むっちゃ強いよ」
 ヒバナがひと息ついて、言った。
 まぶしいものでも見るように、緋美子の全身を眺めて目を細める。
「体が、すごく軽くなった気がする」
 緋美子がはにかんだように笑う。
「少しはヒバナさんの役に立てたかな」
「ていうか」
 ヒバナが微笑み返す。
「主役はわたしじゃなくて、もう、ひみちゃんだよ」
 
 おおおおおん。
 この世のものとは思えぬ咆哮が轟いたのは、そのときだ。
 顔を上げた2人は、見た。
 方丈寺の境内の森の中から、今しも黒い巨大な影が立ち上がろうとしている。
 山のようなそれは・・・。
 裸の巨人だった。
 すぐそばに立っている五重塔をしのぐほどの大きさだ。
 髪の毛が1本もない丸い頭部に、大きな目玉がひとつ、開いている。
「うわ、何あれ? きも」
 ヒバナが悲鳴を上げる。
 ー温羅(うら)だー
 ヒバナの頭の中で、レオンがうめいた。
「うら?」
 ー吉備津地方の、伝説の鬼だー
「伝説の、鬼?」
「ヒバナさん、危ない!」
 だしぬけに緋美子が叫んで、ヒバナの手を引き、横っ飛びに跳び退った。
 鬼のひとつ目がこちらを向き、ギラっと光ったかと思うと、次の瞬間、熱線が放たれたのだ。
 紙一重のところで、地面が燃え上がる。
「飛び道具かよ!」
 ヒバナは翼を広げた。
 力いっぱいジャンプして、民家の屋根を踏み台に上空に舞い上がる。
 その上を緋美子が飛び過ぎていく。
 さすが、朱雀の翼は性能からして違うらしい。
 ヒバナのように大げさに助走などつけなくても、軽々と飛び上がれるというわけだ。
 黒い坊主頭の巨人は、方丈寺の本堂を壊し始めていた。
 丸太のように太い両腕を振り回し、建物を破壊し、踏みつけ、暴れまわっている。
 ヒバナのプラズマボールが、その鋼鉄のように厚い皮膚に跳ね返される。
 緋美子が翼をはばたかせ、鎌鼬(かまいたち)を発生させる。
 旋回する風のブーメランが巨人を襲う。
 が、やはり歯が立たない。
 巨人は狂ったように頭を振り、所かまわず熱線を放つ。
「くそ、接近戦しかないか」
 ヒバナがつぶやき、降下に移ろうとしたときだった。
「境内に、誰かいる!」
 隣を飛んでいた緋美子が叫んだ。
 小さな人影が、正門のほうからまろび出てくるのが見えた。
 子供のようだ。
 ランドセルを背負っている。
 スカートをはいているところからして、女の子のようだ。
「え? なんでこんな時間に小学生が?」
 ヒバナはわが目を疑った。
 非常識もはなはだしい。
 だいたい、なんでランドセル?
 巨人が子どもに気づいた。
 右足を振り上げ、一気にふみつぶそうとする。
 子どもは逃げない。
 あろうことか、両手を天に差し上げ、なにやら呪文のようなものを唱え始める始末だった。
「んもう、なにやってんのよ!」
 ヒバナはぐん、と高度を下げると、巨人の後頭部を両脚で思いっきり蹴り飛ばした。
 衝撃で狙いが狂い、巨人の右足が何もない地面を踏む。
 緋美子のわき腹から、ミサイルとなって矢羽が飛ぶ。
 巨人が目を覆ってわめき声を上げた。
 見事、目玉に命中したらしい。
 そのときだった。
「出でよ、雷神!」
 眼下の子どもが、甲高い声で叫んだ。
 とたんに、天が割れた。
 周囲が真昼のように明るくなり、バリバリと太い稲光が走った。
 ジグザグの閃光が天の割れ目と巨人の頭頂部を、一瞬の間、つないだ。
 ぼうっ。
 火柱が立った。
 たいまつのように巨人が燃え始めたのだ。
 盛大に炎を吹き上げ、めらめらと音を立てて燃え崩れていく。
 全部燃えきるのに、3分とかからなかった。
 
 ヒバナと緋美子は、境内に降りた。
 目の前に、おかっぱ頭の少女が立っていた。
 赤いランドセル。
 釣りバンドつきのチェックのスカート。
 その下から、ちょうちんブルマ型の白いパンツがのぞいている。
「あ、あんた・・・」
 ヒバナは絶句した。
 あまり会いたくない相手だった。
 というより、二度と会うはずのない相手である。
「知り合いなの?」
 不思議そうに首をかしげて、緋美子が訊いた。
「来てやったぞ」
 いばった口調で、女子小学生が言った。
 『麗子像』そっくりなスーパー小学生。
 常世の神の生き残り、豊玉姫。
 玉子(たまこ)だった。
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