上 下
100 / 295
第5部 ヒバナ、インモラルナイト!

#11 ヒバナ、勝負を受ける

しおりを挟む
 レオンが"兆候"を発見したのは、一晩中湾内を飛びまわり、さすがのヒバナも体力に限界を感じ始めた頃のことだった。
 島々が夜明けの太陽に照らされ、神秘的なたたずまいを見せ始めたとき、
 ーあの島だー
 そう、レオンが言ったのである。
 それは、伊良湖岬の先、三河湾から少し外れたあたりに浮かぶ中規模の島だった。
 ー常世神の気配だ。間違いないー
「やったね!」
 空中でガッツポーズを決めるヒバナ。
 最後の一日。
 まさにタイムリミットぎりぎりでの快挙だった。
 人目につかぬよう、断崖の上に茂る樹木の陰に着地し、変身を解いた。
 獣道をたどって浜のほうに降りていくと、舗装された道路に出た。
 ーあの店が臭いなー
 レオンが言う。
 道路沿いに旅館や民宿が立ち並ぶなか、一件の駄菓子屋が店を構えている。
 青と赤と白に塗り分けられた『かき氷』の暖簾、美脚をあらわにした美女が微笑む『キンチョー』のポスター。
 昭和30年代からタイムスリップしてきたような、おそろしく時代錯誤な店構えである。
「あのね、レオン」
 小走りに店を目指して駆けながら、ヒバナが言った。
「ひとつ、約束してほしいんだけど」
 ーん?-
「わたしの口を使ってしゃべるのはいいけど、意識を完全に乗っ取るのはやめて。ちゃんとわたしの居場所もつくって、何が起きてるかわかるようにしてほしいの」
 ーそうだなー
 レオンがうなずく気配がした。
 ーそれじゃ、まるでイザナミがやったのと、同じだもんなー

 店先に縁台が出ており、ずいぶんと枯れた老人が座っていた。
 頭は完全にはげ、干し柿のような顔面はしわだらけで、どれが目でどれが口かもわからない。
 団扇で風を送りながら、斜め30度の角度で空を眺めている。
 これが、常世神?
 ヒバナは疑わしげに目を細めた。
 このミイラみたいな老人が、神様?
「ひさしぶりだな、オオワダツミ。ずいぶん探したぞ」
 ヒバナの口を借りて、レオンが声をかけた。
「あ?」
 のろのろと老人が振り向いた。
「誰じゃ、おんしは」
 皺の中で目らしき切れ目がもぞもぞと動く。
 どうやらまばたきをしているらしい。
「えらくまた、乱暴な口をきく、おなごだのう」
 歯のない口をもぐもぐさせて、不明瞭な発音で言った。
「オレだよ。常世で一緒だった、タケミカヅチだ」
 ヒバナの顔でレオンが続ける。
「あんだとお?」
 老人がまじまじとヒバナを見つめた。
「あの『妖怪ハンター』、傀儡師のタケミカヅチか? しっかし、どうみてもおんし、エロいかっこうしたべっぴんの娘にしか見えんが」
 べっぴん・・・って、
 ひょっとして、わたしのことか?
 ヒバナは老人を見直した。
 さすが、常世の神。
 外見は生き仏に近いが、審美眼は確からしい。
「こっちにも色々事情があんだよ。なんだかんだで、今はこの娘の中に居候してるのさ。ところできょうは、おまえの娘に用があって来たんだが、豊玉姫はどこにいる?」
「トヨタマヒメ? ああ、玉子のことか。ありゃ、とてもヒメなんて柄じゃないぞよ」
 クフクフと老人が笑う。
「転生を繰り返すうちに、頭のネジが飛んじまったらしい。会ったら、びっくりするぞい」
「そうなのか・・・? オレの記憶では、おしとやかなお姫様だったような気がしてるんだが・・・」
 レオンがヒバナの顔で首をかしげる。
「オリジナルの玉子はな。まあ、会ってみるがいい。あれはどうせ、『南豊島ビーチランド』のゲームコーナーで遊んどるよ。オールナイトでフィーバーするのが、夏休みに入ってからのあれの日課でな」
 にやにや笑う老人。
 娘の話題を口にするのが、楽しくて仕方ないらしい。
「で、そのビーチランドとやらはどこにある?」
 レオンが訊く。
「あれじゃ」
 団扇で老人が指し示した先に、なるほど、観覧車が見える。
「ありがとうよ。オールナイトフィーバーか。ひさびさに聞いたな」
 レオンが礼を述べ、老人に背を向けた。
 歩いている暇はなかった。
 人目のないところで再び変身し、ヒバナは飛んだ。
 ゆるやかにカーブを描く砂浜。
 その上を10キロほど行くと、いかにも地方のさびれたテーマパークといった感じの遊園地が現れた。
 ゲームコーナーの屋根に着地し、あわただしく人間の姿に戻る。
 入り口から中に入ると、まだ朝だというのに、子供たちでごった返していた。
「う、うそだろ・・・」
 レオンがつぶやき、ヒバナは足を止めた。
 ヒバナの目を通してレオンが凝視しているのは、ダンスゲームの前で踊り狂っているひとりの少女だった。
 刈り上げのおかっぱ頭。
 チェックのスカートからのぞくちょうちんブルマ。
 なぜか赤いランドセルを背負っている。
 ヒバナは、中学生のとき美術の教科書で見た『麗子像』という絵画を思い出した。
 あの絵の女の子にそっくりだ。
 あろうことか。
 豊玉姫は、どう見ても小学生だった。
「わたしに任せて」
 ヒバナが言い、少女に歩み寄った。
「あんだよ、ブス」
 近づくヒバナに気づくと、ダンスを中断していきなり少女がガンを飛ばしてきた。
「文句あんのかよ、このクソあま」
 ドスの効いた声だった。
「あなたが玉子ちゃん?」
 作り笑いを顔に浮かべて、ヒバナは猫なで声でたずねた。
「だったらどうするってんだよ、このアバズレ女」
 少女はあくまでけんか腰である。
 ヒバナを補導員か何かと勘違いしているのかもしれなかった。
 ブス。
 クソあま。
 アバズレ女。
 ひどい言われようだ。
 老人が笑ったわけだった。
 お姫様どころか、これでは、とんでもない不良小学生である。
「あのね、お姉ちゃん、ちょっとあなたに、お願いがあるの」
 それでも怒りをぐっとこらえて、ヒバナが愛想笑いを浮かべ、言う。
「あたいに、ねーちゃんなんかいねえよ、バカ」
 少女が毒づいた。
「おまえ、あったま、おかしいんじゃねーの?」
 うう・・・。
 もうだめ。
 レオン、やっぱり替わって。
 ヒバナは降参した。

「というわけなんだ、豊玉。おまえなら持ってるはずだろ? 霊界端末に使える、あの『石』を。ずっと昔、オレに一個くれたじゃないか」
 レオンが素性を明かすと、少女の敵意は少し和らぎ、なんとか交渉を開始することができた。
「あるよ」
 あっさりと言う。
「もういらないと思って、捨てちゃったけどな」
「ふつう捨てるか? あれは幻の第4惑星にあった『智恵の樹』のかけらだろう? むちゃくちゃ貴重なものじゃねえか」
「女子小学生にそんなもんいるかよ」
 むくれる玉子。
「どこに捨てたんだ。お願いだ、教えてくれ。さっき話したように、これには人の命がかかってる。頼むよ、ヒメ」
 レオンが懇願すると、
「捨てたって言っても、すぐそこにあるさ。ほしければ自分で取りな」
 玉子が指差したのは、店の奥にある、ありふれた機械だった。
「あん中に一つ、入れた覚えがある」
 あれは・・・。
 ヒバナは絶句した。
 UFOキャッチャーじゃない!
「よし、こうしよう!」
 だしぬけに目を輝かせて玉子が言った。
「あたいと勝負だ。おまえが先に取ったら、あれはおまえにくれてやる。あたいが先に取ったら、あれはあたいが、機械ごと海の底に沈めてやる。これでどうだ」
「なんだと、このクソガキ!」
 珍しくレオンが声を荒げる。
「いやなら帰りな。どうせあたいの知ったこっちゃない」
 フンとあさってのほうを向いて、玉子が言う。
「いいよ、レオン。わたしがやるよ」
 肉体の主導権を取り戻して、ヒバナは言った。
「100円くらいなら、持ってるし」
 ーおいおい、そういう問題じゃないだろ?-
 あきれるレオン。
「よく言ったねーちゃん。そうこなくっちゃ! よし、勝負だ」
 玉子の口許に悪魔の笑いが浮かぶ。
 ーヒバナ、おまえ、UFOキャッチャー、得意なのかよ?-
 レオンの言葉に、ヒバナはゆるゆると首を横に振った。
「ぜんぜん。今まで一回も成功したこと、ないんだよ」
 レオンのため息が、さざ波のように頭の中に広がっていくのがわかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ミズタマリから誘惑されたあとは

ジャン・幸田
ホラー
「自分」がプールや水着を嫌いになったのは、小学校六年生の時の記憶のトラウマだった。その時、小学校のプールに三人で入ったが、その時起きた事は大人たちによって封印されてしまった。  二十歳になった「自分」が語るその時起きた驚愕の真相とは?

処理中です...