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第4部 ヒバナ、エンプティハート!

#12 タッグマッチ

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 振り向くと、後ろにすっかり竜化したヒバナが立っていた。
「これ、使って」
 投げてよこしたのは、重そうな戦斧である。
 線路の上に金属音を立てて落ちた斧が、緋美子の手元まで滑ってくる。
 左手で拾い上げると、折りしも口を開けてのしかかろうとしていた魔物の喉元に、その切っ先を力まかせにたたきつけた。
 気味の悪い悲鳴を上げて、デスワームが大きくのけぞった。
「こっちへ」
 ヒバナが言い、反対側のトンネルの中に駆け込んでいく。
 急いで身を起こすと、緋美子も後を追う。
 態勢を立て直したデスワームが、巨体に似合わぬスピードで背後に迫ってくる。
 トンネルの中ほどまで来たときである。
 ふいに、前方にヘッドライトの光が見え、轟音が響いてきた。
 正面から、地下鉄が近づいてくるのだ。
 そ、そんな・・・。
 心の中で、緋美子はうめいた。
 絶体絶命とはこのことだ。
 前方に地下鉄。
 後方にはあのデスワームが迫っている。
 トンネルの中だから、周囲に逃げ隠れできる場所などひとつもない。
 と、そのとき、
「緋美子ちゃん、電車を止めておいてくれる?」
 足を止めて振り向くと、ヒバナが、
「そのゴミ、拾っておいてくれる?」
 みたいな感じの、ひどくあっさりした調子で言った。
「え? とめるって、あの地下鉄を?」
 びっくりして聞き返す緋美子。その肩をぐるりと回して迫り来る地下鉄のほうに向けると、
「大丈夫。ひみちゃんならできる。あたしはちょっとあの化け物イモムシと遊んでくるから、あとは頼むね」
そう言い残して、ヒバナは魔獣のほうへと駆け戻っていく。
「そんな、無茶な・・・」
 仕方なく、斧を水平に構え、前方に突き出し、腰を低く落として衝撃に備えた。
 緋美子に気づいたのか、耳をつんざくようなブレーキ音とともに、列車が減速し始める。
 しかし、いかんせん距離が近すぎた。
 驚愕で目を見開いた運転士の顔が見る間に近づいてくる。
 クラクションが響く。
 めくるめく光が緋美子を照らし出す。
 来た! 
 と目をつぶった瞬間、
 すさまじい衝撃が襲ってきた。
                    ◇
ー表皮は硬すぎて攻撃を受けつけない。どうする? ヒバナー
 頭の中で、レオンが言った。
「こうするの!」
 迫り来る肉列車。
 その直径3メートルもありそうな円形の口に、ヒバナは飛び込んだ。
 とっさに右手を振る。
 如意棒のように、シュっと槍が伸びる。
 その槍を、魔獣の口腔内に、つっかえ棒のように突き立てた。
 ヒバナを噛み砕くことができなくなった怪物が、二度三度と大きく頭を左右に振った。
 振り落とそうとでもいうのだろう。
 だが、そのときにはすでに、ヒバナは魔獣の体内に向かって走り出していた。
 デスワームは見かけどおり、環形動物らしかった。
 体の中はひたすら空洞で、いわば全身がチューブ状の腸でできているようなものである。
 しめっぽい肉の床を踏みつけて、ヒバナは走った。
 疾走しながら、怪物の体を内側から切り刻んでいく。
 竜と化したヒバナの手足は鋭利な刃物のようなものである。
 ナイフのような爪、張り出したカッター状の鋭いひれが、やわらかい内壁をみるみるうちにひき肉に変えていく。
 怪物の肛門を突き破り、ヒバナは外に飛び出した。
 おわああん。
 という奇妙な悲鳴をあげ、デスワームがどさりと線路に崩れ落ちる。
 タールのような真っ黒でくさい液体が、全身の穴という穴からどくどくとあふれ出してきた。
 抜け殻のようにひしゃげてしまったその体の上を駆け戻り、化け物の口から槍を回収する。
 見ると、緋美子は仁王立ちになり、立派に地下鉄を押しとどめていた。
「終わったよ」
 その肩にやさしく手をかけて、ヒバナは言った。
 
 人がいっぱいいたらどうしよう。
 とどきどきしながらホームに戻ると、幸いまだ無人のままだった。
 急いで制服のブラウスとスカートを柱の陰から拾い上げ、身につける。
「さすがひみちゃん、服を脱いで戦うなんて、頭いいねえ」
 ついてきたヒバナは妙なところで感心している。
 そのヒバナは、というと、きょうは"戦闘服"を着ていたため、変身が解けた後も裸にならずに済んでいた。
「ちょっと店長に遅刻するってメールしなきゃ」
ヒバナがスマホでカチカチやりだしたとき、階段のほうからジュラルミンの盾を構えた機動隊の隊員たちが姿を現した。
「人だ、人がいるぞ!」
「まだ生きてる! 救急車を呼べ!」
 緋美子たちを目にするなり、大騒ぎになった。
「平気です。わたしたち、どこも怪我してませんから」
 ヒバナが大声で叫び返し、機動隊員の横をすり抜けて改札口へと走っていく。
「仕事があるんです! 通してください!」
 唖然と見守る群衆や警官たちの前を駆け抜け、改札をくぐり、エスカレーターを駆け上がって地上に出る。
 マスコミの広報車やレポーターたちが集まってきていた。
 その人ごみの中に飛び込み、さらに二人は走った。
 全力で駆け続けながら、緋美子はふと、自分があの大斧を担いでいることに気づき、真っ赤になった。
                     ◇
 30分の遅刻で店に入ったときには二人ともへとへとで、もう一歩も動けない状態だった。
「どうしたんだ、汗まみれじゃないか」
 目を丸くする店長に、
「厄介なことに巻き込まれちゃって、あの、遅刻した上に、こんなことお願いするなんて、心苦しいんですけど、少し休ませてもらえませんか?」
 ぜいぜいと息を切らしながらヒバナが言った。
 運のいいことに、きょうはまだほとんど客の姿はなく、二人は店長の好意で休憩をもらえることになった。
 ヒバナの話を聞いた店長がテレビをつけると、ちょうどニュースで今の事件が取り上げられていた。
ー先ほど、那古野市の地下鉄の構内で巨大な生物の死骸が発見されました。幸い怪我人はなく・・・ー
ー巨大生物は、先月大猫観音界隈に出現した蟹に続いて二体目でー
「なんだかおかしな世の中になってきたなあ。ついこの前の戦艦武蔵といい、一体どうなってるんだ?」
 テレビに夢中の店長を置いて、二人は厨房長の出してくれたアイスコーヒー片手に、店の奥のテーブルに避難した。
「その斧ね、以前仲間だった人が使ってたものなんだよ。わたしには槍があるから、ひみちゃんにあげようと思って持ってきたんだ」
「はあ・・・」
「カイさんっていってね、見た目恐そうだけど、力持ちで頑丈で、ほんと、いい人だった」
 ヒバナが少し悲しそうな表情をする。
「まさか、魔物にやられて、その、命を・・・」
 おそるおそる緋美子が訊く。
「ううん。ちゃんと今も生きてるよ。でも、ちょっと体がね・・・」
 ヒバナが目を伏せた。
「そうだったんですか・・・。じゃ、私、大切に使わせていただきます」
「斧だから、乱暴に扱ってもいいんだけどね」
 ヒバナがくすっと笑う。
「あの、ヒバナさん・・・」
 しばらく沈黙が続いた後、ふいに思いつめたような口調で緋美子が言った。
「ひとつ、お願いがあるんです」
「なあに」
 アイスコーヒーから顔を上げるヒバナ。
「前に、極楽湯って銭湯の話、してくれましたよね」
「うん。ひずみちゃんのおうちだよ」
「そこに、どんな傷でも治る薬湯があるって・・・」
「あるある。もう今頃は常世細胞も再生完了してるんじゃないかな。でも、どうしたの? ひみちゃん、ひょっとして、今のでどっか怪我したの? だったら急いで・・・」
「私じゃないんです」
 緋美子は決心した。
 ヒバナにだけは、母のことを話そう、と思った。
 他人に不必要に同情されるのはまっぴらだ。
 でも、母を助ける道が一つでも残されているのなら、そんなことも言っていられない。
 それにこの人は、とってもいい人だ。
 「母のことです。私が始めてここに来た日のこと、覚えていますか? あの少し前、母が事故に遇いました・・・」
 緋美子は語った。
 話が進むにつれ、ヒバナの瞳に涙の粒が盛り上がった。
 母の身を案じて泣いてくれる人がいる・・・。
 その発見は、緋美子にとってすごくうれしいことだった。
 
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