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第4部 ヒバナ、エンプティハート!

#4 ウォーターハンマー

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 上昇気流に乗り、10分ほど飛ぶと、市街地を抜けた。
 そのまま、弓なりに伸びる半島に沿ってしばらく飛翔する。
 やがて、夜の黒々とした海に浮かぶ、きらびやかな宝石のようなものが見えてきた。
 中部国際空港『セントレア』である。
 成田、関空に続いて建造されたこの海上空港は24時間営業のため、不夜城のように明るい。
 その沖合いに海上自衛隊の船舶らしき影が、弧を描くようにして何隻も停泊している。
 その円弧の中心に当たる位置に、例の"戦艦”が見える。
 自衛隊の船と比べてもずば抜けて大きい。
 263メートルにも及ぶ長大な船体。
 高い艦橋。
 前後に、何段にも並んで大小さまざまの大砲が林立している。
ー敵さんも、またずいぶん古風なものを持ち出してきたもんだー
 ヒバナの頭の中でレオンがつぶやいた。
「やっぱりあれ、禍津神の仕業なの?」
 空港のセンタービルに向けて高度を下げながら、ヒバナが訊く。
ー少し前にフィリピン沖の深海で見つかった戦艦武蔵の残骸、それにとりついて復元させたんだろうな。そんなことができるのは、あいつしかいねえよー
「そもそも、戦艦武蔵って、何?」
ー太平洋戦争くらい、いくら無知なおまえでも知ってるだろ? 70年前に日本がアメリカと戦ってこてんぱんにやられたあの戦争だよ。武蔵は大和に続いて建造された世界最大級の戦艦だ。もっとも、ほとんど活躍することなく、海の藻屑と消えてしまったわけだがなー
「70年も前なんだ」
 ヒバナは素直に感心する。
ー大艦巨砲主義の最後の象徴さ。だが、現代の技術から見ても、あなどれない部分はある。特に、あの、一番前にある砲塔には気をつけろ。あれは46センチ砲といって、1トン以上もある砲弾を40キロ先の標的に向けて飛ばすことのできる化け物じみた大砲だ。いくら青竜の装甲が頑丈だといっても、至近距離であれを喰らったらただでは済まないぞー
「ふうん」
ーそれに、実際は未実装だったはずの艦載機まで復元されてるみたいだから、うかつに近づくとやっかいなことになるー
「なんで自衛隊は攻撃しないの?」
ー憲法第九条って学校で習わなかったか? 日本は自分から攻撃したりしない国なの。それに、仮に向こうが先に攻撃してきたとしても、こんなに空港に近いところでは反撃の許可が下りるかどうかー
「色々難しいね」
ーだからおまえがいるんだろ?-
「そうなんだ。で、どうしよう」
ー青竜の属性は"水”だ。あとは自分で考えろー
「そんな、無責任な!」
 センタービルの屋上にいったん着地し、助走をつけ、一気に滑走路の端まで飛び降りる。
 さすがにこの緊急事態の中、飛び立とうとする旅客機はいない。
 振り向くと、滑走路を遠巻きにするようにして陸上自衛隊の隊員たちが配置についているのが見えた。その後ろにテレビ局の中継車が何台も止まっている。けたたましい音をたてて、頭上をヘリコプターが旋回していた。
「水かあ。水ならいっぱいあるけど・・・」
 ヒバナがつぶやいたときである。
ー来るぞー
 短く、レオンが警告を発した。
 見ると、武蔵の大砲群が、一斉に動き始めている。
 空港に向けて、おびただしい数の砲身が角度を上げ、狙いを定めた。
 壁だ。
 ヒバナは思った。
 滑走路の端から身を乗り出し、海面を凝視して念じる。
 イメージは、海水でできた強固な壁だ。
 波が、立ち始めた。
 海面が、津波の前触れのように、広範囲で大きく盛り上がる。
 鈍い爆発音が虚空に響いた。
 連続して何度も大気が震え、前方に黒い煙の渦が巻き起こる。
「ええーい!」
 ヒバナが慮手を天に突き上げた。
 と、同時に、何十メートルもの分厚い海水の壁が、目の前に真っ白なしぶきを上げて立ち上がった。
 打ち出された砲弾を、その壁が次々に吸収して無効化していく。
ーいいぞ。そのまま壁で武蔵を囲め。そしてー
「うううううっ!」
 雨乞いの踊りよろしく、ヒバナが両腕を打ち振った。
 戦艦の周囲の海面が一斉に盛り上がり、海水の"檻”を作り出す。
ー今だ。叩き込め。ウォーターハンマーだ!-
 レオンの命令が頭の芯に響き渡る。
 それに合わせて、演奏を終える指揮者のように、ヒバナが腕を一気に振り下ろす。
 四方八方から、戦艦めがけて津波がなだれ落ちる。
 何百トンもある、厖大な質量の海水でできた鉄槌が、船体の一番弱い部分に襲いかかった。
 爆音が轟き、武蔵の縦に長い巨体が、中央から真っ二つに折れた。
「よっしゃあ、やった!」
 ガッツポーズを決めるヒバナ。
ーよし、離脱だ。これ以上、人目に触れると面倒なことになるぞー
「そだね」
 踵を返すと、滑走路を逆方向に突っ走り、センタービルに飛び移って、翼を広げ、空に舞う。
 十分に高度を取ってから振り向くと、武蔵が大渦巻に飲まれて沈んでいくところだった。
 ヒバナはひずみの元に戻るべく、方向を定め、滑空を開始した。
ーやれやれ、今回は無事に終わってよかったぜー
 レオンが心底疲れた、といった調子でつぶやいた。
「空を飛ぶって、気持ちいい!」
 ヒバナは聞いていなかった。
 飛翔の快感に酔いしれていたのである。
                  ◇
「あーあ、なんか、あっけなかったね」
 リモコンでテレビの電源を切って、ナギが言った。
「だからあんな古臭いものダメだって言ったのよ」
 いつものようにソファに寝転んで、キャンディをなめながらナミがぼやく。
「フィリピンまで出張して、1200メートル潜水させられた僕の苦労が水の泡だ」
「別にいいんじゃない? あれは主様の道楽だし。主を楽しませるのは下僕の務めでしょ」
「こき使われる身としては、下克上してやりたい気分だね」
「まあ、それはもう少し待とうよ。人間たちと、主様と、同時に潰さないと話にならないからね」
「相変わらず、すごいことを平気な顔をして言うね、君は。ところで、あれはどうなったんだい?」
「あれって?」
「悪の魔法少女」
 噴き出しそうな表情でナギが言う。
「ラボは完成したし、あとは向こうから来るのを待つだけ。周到に準備して追い込んだから、100%うまくいくと思うよ」
「あの二輪事故もナミが?」
「まあね。偶然なんて待ってられないでしょ」
「ヒバナのとこでバイトさせるってのは、うまい考えだね。でも、お金100万も渡しちゃったら、それも意味ない気がするけど」
「ナギは緋美子を知らないからよ。あの子はきっと両方きっちりやろうとする。まあ、見ててごらんなさいってば」
 きょうのナミはいつになく機嫌が悪いようだ。
「ああ、楽しみにしてるよ。じゃ、僕は寝るから。明日は日直で朝早いんでね」
「日直! 世界を滅ぼそうとたくらむ悪の死天王が日直って、ウケる!」
 ナミが馬鹿にしたように鼻で笑う。
「悪かったね。僕はこう見えても義理堅いんだよ」
 むっとした顔でナギが言い、部屋を出て行った。
「じゃあ、そろそろ本気出すか」
 その後姿を見送ると、ナミは大きく伸びをする。
 そして目を閉じると、時を待たず、トランス状態に入った。
 ナミの特技。
 それは精神感応だった。
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