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第3部 ヒバナ、デッド・オア・アライブ!
#15 破壊された少女
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氷でできた階段を下りると、そこは大伽藍を臨む円形のフロアの端だった。レオンのいる中央の檻から放射状に伸びる道のひとつにヒバナは立っていた。
寒い。
いつもの露出度の高い"戦闘服"は、防寒用にはできていないのだ。
風もなく、物音一つしない世界だった。
まさに死の国、といった印象である。
歩き出そうとしたとき、檻の前に影が立った。
背の高い、長い髪の女だった。
抜群のプロポーションを、申し訳程度の黒い革で包んでいる。
張り出した胸、くびれた腰、長い脚。
死天王レイナとは、おそらく彼女のことなのだろう。
ヒバナは反射的に、右手で左手首の腕輪に触れた。
リングを回す。
すぐにでも赤の竜に変身して、レオンを救うつもりだった。
だが、何も起こらない。
え?
ヒバナはうろたえた。
やっきになって、何度もリングを回してみる。
しかし、やはり駄目だった。
「おまえのほしいのは、これかい?」
遠くから、レイナが言った。
見ると、両手に腕輪をはめている。
その片方をあげて見せて、にやりと笑った。
まさか・・・。
ヒバナの顔から血の気が引いた。
これ、ニセモノ?
後悔の念が胸を噛む。
ひょっとして、あのとき・・・。
「私の下僕がすりかえたのさ。ほら、返してあげるよ」
レイナが腕輪をはずし、ヒバナのほうに向けて乱暴にに放り投げた。
ヒバナは走った。
と、目の前で、腕輪が割れた。
レイナはいつのまにか、長い鞭を手にしていた。
その鞭が一閃して、竜の腕輪を粉みじんに打ち砕いたのだった。
「そ、そんな・・・」
茫然とたちすくむヒバナ。
竜に変身できなければ、ヒバナは何の力もない小娘にすぎない。
体力も腕力も、なにもない。
「死んでもらうよ」
冷ややかにレイナが言い、頭上高く鞭を振り上げた。
抜け殻のように、なすすべもなく立ちすくむヒバナ。
「危ない!」
ひずみが叫んだときには、すでに遅かった。
鞭が目にも留まらぬ速さで振り下ろされ、ヒバナを襲った。
血がしぶいた。
付け根から切断されたヒバナの右腕が宙を舞い。氷の壁に鈍い音を立ててぶつかった。
絶叫するヒバナめがけて、
さらにもう一度、容赦なく鞭が走った。
左腕が千切れ飛ぶ。
両腕をなくしたヒバナの体から、大量の鮮血が噴き出した。
◇
「ヒバナ!」
ひずみは思わず両手で目を覆った。
正視に耐えない、残虐すぎる光景だった。
足がすくんでしまって動けない。
ショックのあまり、貧血を起こしかけていた。
だが、なんとか息を整え、気を取り直す。
ヒバナを救えるのは、自分しかいない。
その事実に思い至ったのだ。
「ミミ、起きて」
腰のポーチからミミを引きずり出した。
大きなヒルのようなミミは蛭子の末裔で、目覚しい回復能力を持っている。
ひずみと合体すると、その治癒力は無敵状態になる。
だが、以前と違い、ミミのひも状の体は黒ずんだ染みに覆われ、動きも鈍く、ろくにしゃべりもしない。拉致されたとき、何をどうされたのか、以前の世慣れた大人の女性のような人格が、ほとんど外に現れなくなってしまったのである。
が、今はそんなことで頭を悩ませている場合ではなかった。
このままではヒバナは死ぬ。
一刻の猶予もない。
「行くよ」
ひずみは思い切って、ミミの頭を飲み込んだ。
食道にヒルの胴体がずるずると入っていく。
あれ以来初めての"憑依"だが、前のように果たしてうまくいくだろうか。
そんな不安がちらっと脳裏をかすめたときだった。
ひずみは突然ものすごい吐き気に襲われて、思わずその場に膝をついた。
ミミは今胃に達している。
その胃を中心に、すさまじい激痛が全身を駆け抜けたのだ。
「うわああっ」
のけぞり、転倒して、氷の上をのたうちまわった。
胃が焼けるように痛い。
あえぎ、吐く。
だが、口からは黒っぽい胃液が出てくるだけだった。
どうしたの? ミミ。
心の中で叫んだとき、
ふいに、自分の体から、真っ黒な無数の触手のようなものが、うねうねと空中に涌き出すのが見えた。
いつもの光のオーラではない。
輪郭のはっきりしない、煙のような気味の悪い触手の群れだった。
それが、一斉に同じ方向を向いたかと思うと、獲物を見つけた蛇のように飛んだ。
そこに、ヒバナの小さな背中があった。
触手が猛然と襲いかかった。
ブスブスといやな音を立てて、ヒバナの全身におびただしい数の触手が細く長い針のように突き刺さる。
ヒバナが口から血反吐を吐き、ゆっくりと前のめりに倒れていった。
「やめて!」
ひずみは泣き喚いた。
そのとたん、
だしぬけに、喉元まですさまじい圧迫感が競りあがってきた。
堪え切れず、吐き出した。
胃液と血にまみれたミミがひずみの喉からずるっと這い出し、どすんと地面に落ちる。
「すまない・・・。うち、やっぱり、だめだったよ」
ぬるりと反転して仰向けになると、目のない頭部をもたげてミミがかすれ声で言った。
「うちを、殺して・・・。あのとき、気を失っているうちに。マガツカミの血を、吸わされたようだ。うちはもう、癒せない。身体中毒まみれさ。このままじゃ、ひずみ、お前の命も、危ない・・・」
「ミミ・・・」
ひずみはミミの頭を抱き、ヒバナのほうを見た。
うつぶせに倒れたヒバナの横顔。
目を開いたまま、死んでしまったように動かない。
肌が紫色に変色し始めていた。
ミミの毒が回り始めているのだ。
切断された腕の断面からは、どくどくと血があふれ出している。
はぜた石榴のような肉の合間から、白い骨が飛び出していた。
触手の群れは、毒針を打ち込むだけでなく、ヒバナの血をも吸っているのか、見る間にヒバナの頬がこけていくのがわかる。
もうだめ・・・。
ひずみはミミを抱きしめ、目を閉じた。
何もできない自分が、たまらなく悲しかった。
寒い。
いつもの露出度の高い"戦闘服"は、防寒用にはできていないのだ。
風もなく、物音一つしない世界だった。
まさに死の国、といった印象である。
歩き出そうとしたとき、檻の前に影が立った。
背の高い、長い髪の女だった。
抜群のプロポーションを、申し訳程度の黒い革で包んでいる。
張り出した胸、くびれた腰、長い脚。
死天王レイナとは、おそらく彼女のことなのだろう。
ヒバナは反射的に、右手で左手首の腕輪に触れた。
リングを回す。
すぐにでも赤の竜に変身して、レオンを救うつもりだった。
だが、何も起こらない。
え?
ヒバナはうろたえた。
やっきになって、何度もリングを回してみる。
しかし、やはり駄目だった。
「おまえのほしいのは、これかい?」
遠くから、レイナが言った。
見ると、両手に腕輪をはめている。
その片方をあげて見せて、にやりと笑った。
まさか・・・。
ヒバナの顔から血の気が引いた。
これ、ニセモノ?
後悔の念が胸を噛む。
ひょっとして、あのとき・・・。
「私の下僕がすりかえたのさ。ほら、返してあげるよ」
レイナが腕輪をはずし、ヒバナのほうに向けて乱暴にに放り投げた。
ヒバナは走った。
と、目の前で、腕輪が割れた。
レイナはいつのまにか、長い鞭を手にしていた。
その鞭が一閃して、竜の腕輪を粉みじんに打ち砕いたのだった。
「そ、そんな・・・」
茫然とたちすくむヒバナ。
竜に変身できなければ、ヒバナは何の力もない小娘にすぎない。
体力も腕力も、なにもない。
「死んでもらうよ」
冷ややかにレイナが言い、頭上高く鞭を振り上げた。
抜け殻のように、なすすべもなく立ちすくむヒバナ。
「危ない!」
ひずみが叫んだときには、すでに遅かった。
鞭が目にも留まらぬ速さで振り下ろされ、ヒバナを襲った。
血がしぶいた。
付け根から切断されたヒバナの右腕が宙を舞い。氷の壁に鈍い音を立ててぶつかった。
絶叫するヒバナめがけて、
さらにもう一度、容赦なく鞭が走った。
左腕が千切れ飛ぶ。
両腕をなくしたヒバナの体から、大量の鮮血が噴き出した。
◇
「ヒバナ!」
ひずみは思わず両手で目を覆った。
正視に耐えない、残虐すぎる光景だった。
足がすくんでしまって動けない。
ショックのあまり、貧血を起こしかけていた。
だが、なんとか息を整え、気を取り直す。
ヒバナを救えるのは、自分しかいない。
その事実に思い至ったのだ。
「ミミ、起きて」
腰のポーチからミミを引きずり出した。
大きなヒルのようなミミは蛭子の末裔で、目覚しい回復能力を持っている。
ひずみと合体すると、その治癒力は無敵状態になる。
だが、以前と違い、ミミのひも状の体は黒ずんだ染みに覆われ、動きも鈍く、ろくにしゃべりもしない。拉致されたとき、何をどうされたのか、以前の世慣れた大人の女性のような人格が、ほとんど外に現れなくなってしまったのである。
が、今はそんなことで頭を悩ませている場合ではなかった。
このままではヒバナは死ぬ。
一刻の猶予もない。
「行くよ」
ひずみは思い切って、ミミの頭を飲み込んだ。
食道にヒルの胴体がずるずると入っていく。
あれ以来初めての"憑依"だが、前のように果たしてうまくいくだろうか。
そんな不安がちらっと脳裏をかすめたときだった。
ひずみは突然ものすごい吐き気に襲われて、思わずその場に膝をついた。
ミミは今胃に達している。
その胃を中心に、すさまじい激痛が全身を駆け抜けたのだ。
「うわああっ」
のけぞり、転倒して、氷の上をのたうちまわった。
胃が焼けるように痛い。
あえぎ、吐く。
だが、口からは黒っぽい胃液が出てくるだけだった。
どうしたの? ミミ。
心の中で叫んだとき、
ふいに、自分の体から、真っ黒な無数の触手のようなものが、うねうねと空中に涌き出すのが見えた。
いつもの光のオーラではない。
輪郭のはっきりしない、煙のような気味の悪い触手の群れだった。
それが、一斉に同じ方向を向いたかと思うと、獲物を見つけた蛇のように飛んだ。
そこに、ヒバナの小さな背中があった。
触手が猛然と襲いかかった。
ブスブスといやな音を立てて、ヒバナの全身におびただしい数の触手が細く長い針のように突き刺さる。
ヒバナが口から血反吐を吐き、ゆっくりと前のめりに倒れていった。
「やめて!」
ひずみは泣き喚いた。
そのとたん、
だしぬけに、喉元まですさまじい圧迫感が競りあがってきた。
堪え切れず、吐き出した。
胃液と血にまみれたミミがひずみの喉からずるっと這い出し、どすんと地面に落ちる。
「すまない・・・。うち、やっぱり、だめだったよ」
ぬるりと反転して仰向けになると、目のない頭部をもたげてミミがかすれ声で言った。
「うちを、殺して・・・。あのとき、気を失っているうちに。マガツカミの血を、吸わされたようだ。うちはもう、癒せない。身体中毒まみれさ。このままじゃ、ひずみ、お前の命も、危ない・・・」
「ミミ・・・」
ひずみはミミの頭を抱き、ヒバナのほうを見た。
うつぶせに倒れたヒバナの横顔。
目を開いたまま、死んでしまったように動かない。
肌が紫色に変色し始めていた。
ミミの毒が回り始めているのだ。
切断された腕の断面からは、どくどくと血があふれ出している。
はぜた石榴のような肉の合間から、白い骨が飛び出していた。
触手の群れは、毒針を打ち込むだけでなく、ヒバナの血をも吸っているのか、見る間にヒバナの頬がこけていくのがわかる。
もうだめ・・・。
ひずみはミミを抱きしめ、目を閉じた。
何もできない自分が、たまらなく悲しかった。
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