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ACT4 同棲

#10 リコ③

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 スーツこそ着ていないが、白のブラウスに黒いタイトスカートといった出で立ちのハルは、見たところ真面目な女子大生そのものだ。
 なのにどことなくすごみがあるのは、彼女が只者ではない証拠といえそうだった。
「どうしてその必要がある? うちはあんたを信じたわけじゃない。だいたい宇宙刑事なんて、いるはずがない」
 しっかり腹に食べ物を詰め込んだせいで、今のリコはかなり強気である。
 数時間にしろ睡眠もとったから、今朝のように無様なことにはならないはずだ。
「現にここにいるんだから仕方がない。ほら、ここに警察手帳もある」
 そう言ってハルがテーブルの上に置いたのは、なるほどテレビドラマの刑事が持っているあれそっくりの代物だった。
「どれ。っておい、これ、何語だよ? ぜんぜん読めないぞ」
 中を改め、リコは頓狂な声を上げた。
 写真は確かにハルなのだが、そこらじゅうに書いてある英語の筆記体のような書道の行書体のような奇妙な文字はまるで意味不明である。
 リコの目には、子どもの落書きと大差ない。
「これは銀河の公用語、ハルシオン文字だ。とぼけて読めないふりをしているのか、それとも本当に知らないのか、まあ、それも、いずれはっきりするだろう。とにかく私は銀河帝国から派遣された刑事で、ある犯罪者を追っている。きょう目の当たりにした能力からして、おまえがその犯罪者ジラフの変装した姿だという可能性は捨てきれない。その変身の秘密を、私が納得するように話してくれるまではな」
「無理だね。そういうあんたこそ、敵の一味かもしれないからな」
 リコはにべもなくかぶりを振った。
 イオとの出会い、破滅の天使に関する予言。
 それを誰かに話す気はない。
 話したところでどうにかなるものでもないし、第一、ハルが敵の手先でないという確証もないのだ。
 うがった見方かもしれないが、怪獣や怪人の出現だって、ひょっとしたらハルの自作自演という可能性すらある。
「強情なやつだ」
 ハルは、笑ったようだった。
「そこまで言うなら仕方ない。手荒な真似はしたくなかったが…。やはり、直接その体に訊くしかないらしい」
「な、なんだと?」
 リコは身構えた。
 脳裏に一瞬、今朝がたの悪夢がよみがえったのである。
 だが、ハルは落ち着いていた。
「焦るな。何も、今すぐというわけではない。せいぜい、楽しみに待ってるんだな」
 そう言い残して優雅な身ごなしで立ち上がると、振り返りもせず、食堂を出ていった。
「ふう」
 ため息をつくリコ。
 手のひらがじっとりと汗ばんでいる。
「ったく、何なんだよ、あいつ」
 そうつぶやいた声は、普段のリコらしくなく、かすかに震えているようだった。


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