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ACT1 邂逅

#4 アリア②

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 走り始めて、アリアはじきに痛感した。
 この身体、運動には全然向いていない。
 胸がぽよぽよ揺れて少し走ると肩が凝ってくるし、第一バランスが悪くてまっすぐ走れないのだ。
 だが、地面の下の振動は確実に距離を詰めてくる。
 歩道の敷石がカスタネットみたいにカタカタ鳴り出し、アカシアの木立の根っこが地面から浮き上がってくる。
 よたよた左右によろめきながらそれでも止まらず駆け続けていると、前方にバスターミナルが見えてきた。
 地元の高校生だろうか。
 暇つぶしのプロレスごっこの最中なのか、学生服をベンチにかけ、白シャツ姿で取っ組み合っている。
 せめてあそこまで。
 そう思った瞬間だった。
 ゴオーッ!
 不気味な地鳴りが足元を突き抜けていったかと思うと、バス停のあたりで地面がぐわっと持ち上がった。
 真ん中で割れ、三角屋根のような形に隆起したコンクリートの地面の下からふいに閃光が走った。
「きゃっ!」 
 目の前でフラッシュを炊かれたようなものだった。
 無理に立ち止まろうとした反動で、足がもつれ、アリアは尻もちをついた。
 そこに、ばさりと何かが落ちてきた。
 痛む目を手の甲で拭い、そのやわらかいものを手に取った。
 黒い学生服。
 さっき、高校生がベンチに引っかけていたものに違いない。
「どうして、これが?」
 小首をかしげ、次に顔を上げたアリアは、そこで「ひっ」と息を呑んだ。
 バス停がなくなっている。
 代わりに開いた大きな穴から、何か得体の知れぬ物体がそびえ立っていた。
 ラグビーボールみたいな形をした、植物のつぼみみたいなもの。
 それが、太いミミズ状の胴体の上でゆっくりと揺れている。
 見えている部分だけで、高さ10メートルはあるだろうか。
 異様に大きいが、動きや表皮の質感からして、どうやら生き物のようだ。
「な、なに、あれ?」
 尻もちをついたまま、じりじりと後じさった。
 と、つぼみに見えた頭の部分が、バッと音を立てて4つに割れた。
 現れたのは、鋭い歯がすき間なくずらりと並んだシュレッダーみたいな口である。
「か、怪獣…?」
 呆然とつぶやくアリアの目に、逃げていく男子高校生たちの後ろ姿が映った。
 その動きに反応して、意外な俊敏さで怪物の頭が向きを変えた。
 ずるっと胴が伸び、パクッと口を開いた。
 業務用掃除機のホースのような胴が地面を薙ぎ払うと、次の瞬間、高校生たちの姿は消えていた。
 ぐわっと頭部をもたげる怪物。
 咀嚼音が響き、ぽたぽたと音を立てて血しぶきがコンクリートに滴った。
「やだよ」
 アリアは凍りついた。
「こっちに来ないでよ」
 少しでも防御力を上げようという意識が働いたのか、いつのまにか、学生服に腕を通していた。
 アリアの声が聞こえたのか。
 おもむろに、怪物がこっちを見た。
 4つに割れた口の根元のふたつの小さな眼は、化石でできているかのように硬そうで不気味に白い。
「ああ、神様」
 アリアは胸の前で手を組み、天に祈った。
 お願いです。
 アリアを助けてください。
 あんな怪物に食べられて死ぬなんて、アリア、絶対いやなんですう!


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