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#22 青畳の迷宮
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開いた門扉の向こうに、同じく開け放たれた玄関の引き戸が見えた。
中に入ると、善次の家で嗅いだあの臭いがつんと鼻をついた。
上がり框に、法被姿の老人が倒れている。
胡麻塩頭の後頭部が陥没し、首から上が真っ赤に染まっていた。
どうやら顔も潰されているらしく、身体の下からぬめりを帯びた血の海が広がっている。
旅館の従業員なのか、涼子の家族なのか、それすらもわからないありさまだ。
「くそ、遅かったか」
歯嚙みする思いだった。
早過ぎる。
呪いの速度が、こんなにも速いだなんて。
老人の死体をまたぎ越えると、正面が帳場だった。
左右に廊下があり、磨き抜かれた床が奥へと続いている。
「こっち」
マナが言って、向かって左手の廊下を歩き出す。
廊下の右側には、閉じられた襖がずっと奥まで並んでいて、左側は硝子戸を隔てて緑煙る庭になっている。
咲き乱れる紫の紫陽花の間に奇妙なものが突き出ている。
何気なくそのほうに目を向けた僕は、その正体に気づき、ぞっとなった。
裸の人間の脚である。
太腿から上の部分が、花の群れの真ん中から雨に打たれ、飛び出ている。
「こっち」
マナが言って、右手の襖を開け放った。
襖の向こうには、20畳ほどの宴会場が広がっていた。
そこは、さながら地獄絵図だった。
料理の並んだ木製の長テーブルの間に、十人以上の人間が倒れている。
宴会の客たちだろうか。
脛骨をへし折られている者。
背中をズタズタに切り裂かれている者。
善次のように、バラバラにされている者・・・。
見たところ、高齢者が多いようだ。
そして、全員に共通するのは、誰もが全身を血に染めて、断末魔の形相のまま、こと切れていることだった。
「急ぐよ」
死体をよけながら、マナが走った。
次の襖を開け放つ。
そこも死体の山だった。
折り重なるようにして、十数人の客や従業員たちが死んでいる。
さらに、次も。
その次も。
だが、幸いなことに、見てきた死体の中に、涼子のものらしきものはなかった。
涼子はどこだ?
走っても走っても、目の前に次々と現れる襖。
そして、各部屋に放置された血まみれの死体たち。
いったいこのフロアには、いくつ部屋があるというのだろう?
もう、ずいぶんな数の部屋を駆け抜けた気がする。
なのに、いっこうに終わりが見えないのだ。
「なあ、マナ、もう、警察に通報したほうがよくないか?」
新たな襖を前にして、行きも絶え絶えに僕は先を行くマナに声をかけた。
「いくらなんでも、これは無茶だ。大量殺人にもほどがある。そんな凶暴な殺人鬼に、俺たちだけで立ち向かうなんて、無理だよ」
「もう遅い」
振り向きもせず、マナが言った。
「聞こえない? この襖の向こうに、”あの子”がいる」
中に入ると、善次の家で嗅いだあの臭いがつんと鼻をついた。
上がり框に、法被姿の老人が倒れている。
胡麻塩頭の後頭部が陥没し、首から上が真っ赤に染まっていた。
どうやら顔も潰されているらしく、身体の下からぬめりを帯びた血の海が広がっている。
旅館の従業員なのか、涼子の家族なのか、それすらもわからないありさまだ。
「くそ、遅かったか」
歯嚙みする思いだった。
早過ぎる。
呪いの速度が、こんなにも速いだなんて。
老人の死体をまたぎ越えると、正面が帳場だった。
左右に廊下があり、磨き抜かれた床が奥へと続いている。
「こっち」
マナが言って、向かって左手の廊下を歩き出す。
廊下の右側には、閉じられた襖がずっと奥まで並んでいて、左側は硝子戸を隔てて緑煙る庭になっている。
咲き乱れる紫の紫陽花の間に奇妙なものが突き出ている。
何気なくそのほうに目を向けた僕は、その正体に気づき、ぞっとなった。
裸の人間の脚である。
太腿から上の部分が、花の群れの真ん中から雨に打たれ、飛び出ている。
「こっち」
マナが言って、右手の襖を開け放った。
襖の向こうには、20畳ほどの宴会場が広がっていた。
そこは、さながら地獄絵図だった。
料理の並んだ木製の長テーブルの間に、十人以上の人間が倒れている。
宴会の客たちだろうか。
脛骨をへし折られている者。
背中をズタズタに切り裂かれている者。
善次のように、バラバラにされている者・・・。
見たところ、高齢者が多いようだ。
そして、全員に共通するのは、誰もが全身を血に染めて、断末魔の形相のまま、こと切れていることだった。
「急ぐよ」
死体をよけながら、マナが走った。
次の襖を開け放つ。
そこも死体の山だった。
折り重なるようにして、十数人の客や従業員たちが死んでいる。
さらに、次も。
その次も。
だが、幸いなことに、見てきた死体の中に、涼子のものらしきものはなかった。
涼子はどこだ?
走っても走っても、目の前に次々と現れる襖。
そして、各部屋に放置された血まみれの死体たち。
いったいこのフロアには、いくつ部屋があるというのだろう?
もう、ずいぶんな数の部屋を駆け抜けた気がする。
なのに、いっこうに終わりが見えないのだ。
「なあ、マナ、もう、警察に通報したほうがよくないか?」
新たな襖を前にして、行きも絶え絶えに僕は先を行くマナに声をかけた。
「いくらなんでも、これは無茶だ。大量殺人にもほどがある。そんな凶暴な殺人鬼に、俺たちだけで立ち向かうなんて、無理だよ」
「もう遅い」
振り向きもせず、マナが言った。
「聞こえない? この襖の向こうに、”あの子”がいる」
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