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#16 天空の顔
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僕がそこに見たものー。
それは、”眼”だった。
それも、そんじょそこらの大きさではない。
差し渡し何メートルもの大きさの巨大な眼が、隔壁と屋根の間の隙間からのぞいているのだ。
眼は、何かを探すように、右から左へと横切っていく。
それに合わせて、左側からもうひとつの眼が現れる。
どちらもまつ毛の長い、流線形をした女性の眼である。
眼と眼の間には肌色の皮膚があり、鼻梁の一部が見えている。
時々その前を流れる金色の糸の束のようなもの。
あれは髪の毛なのだろうか。
「伏せるのよ」
切迫した口調でマナが言い、僕の喪服の裾を引っ張った。
「見つかったら終わる。今の私では、リカにはとても勝ち目はない」
ふたり、おしくらまんじゅうでもするように、ゴミ入れとベンチの間に身をひそめた。
上目遣いに様子を見る。
ふたつの巨大な眼は、青空を背景にして、隔壁の隙間を徐々に移動していく。
まるで巨人が、ペットを入れた飼育箱をのぞきこんでいるみたいな、そんな不気味さである。
そしておそらく、あの巨人の少女が探している蟻は、僕の隣にうずくまっているマナなのだ。
息が詰まるような時間が流れた。
なのに、奇妙なことに、僕ら以外は誰も、あの天空の巨大な顔に気づいていないようだった。
レストランの入口から店員が顔を出し、客の名前を呼ぶ。
名を呼ばれた父親は、妻と幼い子どもたちを連れて店内に消えていく。
椅子に座って順番待ちをしている家族連れやカップルは、皆スマホの画面を食い入るように見つめ、まったく周囲に関心を払おうとしない。
どれだけそうしてゴミ箱の陰に身を潜めていたのかー。
「行ったみたい」
優に1時間は経ったと思われる頃、太い息を吐いてマナが言った。
おそるおそる見上げると、幸い、あの顔は消え。隔壁と屋根の間に青空が戻っていた。
「な、なんだったんだ・・・?」
のろのろとベンチに座り直しながら、僕はたずねた。
「あれは、リカ」
僕の隣に腰を下ろし、乱れたスカートの裾を直してマナが答えた。
「あなたたちの言葉で表現すれば、”淀み”に存在するスクールカーストの頂点に立つ者」
「もしかして、あれがおまえを・・・」
「そう。ギタギタにして、すべてはぎ取り、異界のゴミ捨て場に放り込んだ」
「あんなにでかいのに、あれも人形なのか…?」
マナがうなずいた。
「いつもあのサイズというわけではないけれど」
「どうするんだ? これじゃ、外に出られない」
「たぶんもう、リカは淀みに戻ったはず。いくらなんでもあのサイズのままじゃ、目立ちすぎるもの。今のはきっと、私に対する脅し。さっきのマネキンから報告を受けて、面白半分に見に来たんだと思う」
「面白半分・・・?」
「リカにとっては、私なんて虫けら同然だから。少なくとも、今の私はね」
その時、マナの瞳に悔しげな色が浮かぶのを、僕は見逃さなかった。
それは、”眼”だった。
それも、そんじょそこらの大きさではない。
差し渡し何メートルもの大きさの巨大な眼が、隔壁と屋根の間の隙間からのぞいているのだ。
眼は、何かを探すように、右から左へと横切っていく。
それに合わせて、左側からもうひとつの眼が現れる。
どちらもまつ毛の長い、流線形をした女性の眼である。
眼と眼の間には肌色の皮膚があり、鼻梁の一部が見えている。
時々その前を流れる金色の糸の束のようなもの。
あれは髪の毛なのだろうか。
「伏せるのよ」
切迫した口調でマナが言い、僕の喪服の裾を引っ張った。
「見つかったら終わる。今の私では、リカにはとても勝ち目はない」
ふたり、おしくらまんじゅうでもするように、ゴミ入れとベンチの間に身をひそめた。
上目遣いに様子を見る。
ふたつの巨大な眼は、青空を背景にして、隔壁の隙間を徐々に移動していく。
まるで巨人が、ペットを入れた飼育箱をのぞきこんでいるみたいな、そんな不気味さである。
そしておそらく、あの巨人の少女が探している蟻は、僕の隣にうずくまっているマナなのだ。
息が詰まるような時間が流れた。
なのに、奇妙なことに、僕ら以外は誰も、あの天空の巨大な顔に気づいていないようだった。
レストランの入口から店員が顔を出し、客の名前を呼ぶ。
名を呼ばれた父親は、妻と幼い子どもたちを連れて店内に消えていく。
椅子に座って順番待ちをしている家族連れやカップルは、皆スマホの画面を食い入るように見つめ、まったく周囲に関心を払おうとしない。
どれだけそうしてゴミ箱の陰に身を潜めていたのかー。
「行ったみたい」
優に1時間は経ったと思われる頃、太い息を吐いてマナが言った。
おそるおそる見上げると、幸い、あの顔は消え。隔壁と屋根の間に青空が戻っていた。
「な、なんだったんだ・・・?」
のろのろとベンチに座り直しながら、僕はたずねた。
「あれは、リカ」
僕の隣に腰を下ろし、乱れたスカートの裾を直してマナが答えた。
「あなたたちの言葉で表現すれば、”淀み”に存在するスクールカーストの頂点に立つ者」
「もしかして、あれがおまえを・・・」
「そう。ギタギタにして、すべてはぎ取り、異界のゴミ捨て場に放り込んだ」
「あんなにでかいのに、あれも人形なのか…?」
マナがうなずいた。
「いつもあのサイズというわけではないけれど」
「どうするんだ? これじゃ、外に出られない」
「たぶんもう、リカは淀みに戻ったはず。いくらなんでもあのサイズのままじゃ、目立ちすぎるもの。今のはきっと、私に対する脅し。さっきのマネキンから報告を受けて、面白半分に見に来たんだと思う」
「面白半分・・・?」
「リカにとっては、私なんて虫けら同然だから。少なくとも、今の私はね」
その時、マナの瞳に悔しげな色が浮かぶのを、僕は見逃さなかった。
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