超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

戸影絵麻

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第455話 冥府の王⑥

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 タバコ臭い空気の中を、甘ったるい歌声が流れている。

 ー夢をあきらめちゃ、ダメ。
 ーあなたにしかできないこと、きっとある

 調子はずれなアイドルの歌声は、ハーモニーもリズムもむちゃくちゃだ。
 さらに最悪なのは、その歌詞だった。
 あなたにしかできないこと?
 そんなもの、凡人の僕に、あるわけがないだろう。
 地下街の片隅。
 新たに増設されたきらびやかなエリアから遠く離れた、昔ながらの一郭だった。
 剛が僕を引っ張り込んだのは、居酒屋の隣にある『琥珀』という名の古びた喫茶店。
 カフェとはとても言い難い、まさに漢字で書く”喫茶店”がふさわしい、昭和そのものの店構えだ。
 ご当地名物の豪勢なモーニングサービスに魅かれて老人たちが集まってくる、そんなタイプの店だった。
 ただ、中はべらぼうに広く、それこそ真ん中にグランドピアノが置けそうなほど。
 分煙がいい加減なため、喫煙席からの紫煙が空気の中に白くたなびいている。
「ったく、手間取らせやがって」
 運ばれてきたグラスの水をひと息で飲み干すと、唸るような口調で剛が言った。
「ふつう、ダチから電話があったと聞いたら、またかかってくるのを、大人しく家で待ってるもんだろうが」
「まあでも、私の言う通りだったでしょ」
 クスクス笑ったのは、剛の隣に座った由利亜である。
「剛からの電話で、いつきはきっと逃げ出すに違いないって」
「おまえがかけても同じだろ? こいつは昔からこういうやつだったんだから」
 どうやら僕は、ふたりの作戦にまんまと引っかかったというところらしい。
「だからさ、何なんだよ」
 いらいらと僕は言った。
「いきなり追いかけてきて、こんなところに連れ込んで」
「こんなところとは、失礼な」
 苦笑いする剛。
「曲がりなりにも、この店の名前、”琥珀”だぜ」
 琥珀?
 琥珀といえば…。
 タリスマンか。
 不吉な連想が脳裏を去来し、僕はごくりとつばを飲み込んだ。
「それに、俺たちからの呼び出しとくりゃ、用件はもうわかってるはずだ。な、そうだろ? いつき君よ」
 脳天からひと房だけ伸びたシルバーと赤の前髪をいじりながら、剛が言う。
 暑苦しい上着を脱いだ剛は、嫌でも目立つ。
 プロレスラー並みの体躯に、上腕部のタトゥー。
 悪趣味な鼻ピアスと奇抜な髪形も相まって、とてもまともな人間に見えないのだ。
 中学生だったあの頃から、剛はずっとこうだった。
 その点は、由利亜のほうも同様だ。
 もっとも由利亜が目立つのは、専らその西洋人形のように整い過ぎたマスクと、抜群のスタイルのせいである。
 個性派のふたりの前では、僕など誰の目にも入らないに違いない。
「あれからちょうど5年だからね」
 スリムな煙草に火をつけて、由利亜が言った。
「もうそろそろだと思ってたんじゃない?」
 5年。
 僕はしげしげと由利亜を見つめた。
 5年前、彼女は僕と同じ、小学生だったのだ。
 それが今は、すっかり大人の女の雰囲気を漂わせて、目の前で煙草を吸っている。
 本当は僕と同じ17歳のはずなのに、とてもそうは見えなかった。
 剛のほうは僕らより2つ年上だが、見た目は中学生の時とあまり変わっていない。
 体のサイズが倍近く大きくなっているだけ。という感じである。
「出たって、いうのか?」
 仕方なく、僕はたずねた。
 いちばん口にしたくない質問だった。
 だが、ここまで追い詰められたら、避けて通るわけにはいかなかった。
 いずれ誰かが口にするのだ。
 ふたりはそのために来たのだから。
「ああ」
 うなずいたのは、剛のほうだった。
「おまえ、テレビ、見てないのか? きのうのローカルニュースでやってただろう」
 僕はかぶりを振った。
 テレビは嫌いなのだ。
 うるさくて、雑音ばかりだからだ。
  特に、芸人たちが騒ぐだけの安っぽいバラエティ番組には、いつも頭痛がしてならない。
「相変らずの中二病ね」
 由利亜は楽しそうだ。
 いつまでも子供っぽい僕がおかしくてならないのだろう。
「余計なお世話だよ」
 むっとして言い返した時だった。
 剛がドスの効いた声で、僕の台詞をさえぎった。
「間違いなく、ハンザキだ。ニュースではぼかしてあったが、俺はこの目で見たんでね」
「被害者は、製材所のヤスさん」
 美味そうに煙草をふかしながら、合いの手を入れる由利亜。
「まっぷたつだったぜ。おまえのじいちゃんや、俺のおふくろと同じようにな」
「うちの叔父さんも忘れないでね」
「ああ。そうだった」
「マジむかつく。ハンザキのやつ」
 由利亜の声が尖った。
「あの時封じ込めたと思ったのに」
 クールでスタイリッシュな口調が影を潜め、初めて感情をあらわにしていた。
「あん時はさ、俺たちガキだったから、足らなかったんだろうよ。力がな。でも、今なら」
「無理だよ!」
 叫んだのは、僕だった。
「俺たちにはもう、何もない。タリスマン…呪符の呪力も、何もないんだ」
 僕は震えていた。
 こうなるのは初めからわかっていたように思う。
 今朝、またあの夢を見た時から…。
 一瞬、泥だらけの地面に横たわる祖父の姿が見えた。
 眉間から股ぐらにかけての中心線でまっぷたつに裂かれ、断面からどろどろと大量の血を噴き出している。
 もう片方の半身は、化け物が肩に担いで…。
 ううっ。
 吐きそうになった時、
「だから訊いてるんだ」
 剛の声音が、ふいに凄みを帯びた。
「香澄…。おまえの妹は、どこにいるんだってな」
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