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#386話 施餓鬼会㊾
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「甥御さんはもう少し様子を見る必要がありますが、お母さんと妹さんはもう大丈夫です」
それが担当医の診断だった。
勇樹は発病が早かった分、脳にまでダメージが残っている可能性があり、引き続き経過観察が必要なのだという。
うちの一家だけでなく、餓鬼病患者の大半は快方に向かっていた。
国の医療機関が総力を挙げて未知の感染症撲滅に取り組んだ結果、新たな患者の出現も抑えられている。
母と妹に面会して、退院の日取りを確認した。
先に入院した父は相変わらず寝たきりの認知症だが、餓鬼病はほぼ治っていて、後は引き取るだけだった。
問題は、亜季である。
彼女だけはこの大学病院の外科病棟に入院していて、つい最近までICUに入っていたのだ。
あの嵐の晩、菜緒に舌を根元から引き千切られた亜季は、出血多量の瀕死状態で病院に搬送されたのである。
幸い命は取り留めたが、主治医の話では、舌を丸ごと整形するのはかなり難しく、元のようにしゃべれるようになるかどうかは現在のところ、不明とのことだった。
何年もかけて少しずつ人工舌の形成手術を繰り返し、その都度リハビリを進めていくしかないという。
私が見舞った時、亜季は眠っていた。
シーツから上半身を出した彼女は、私の知っている清楚な少女に戻っていて、とてもあの時の妖女と同一人物には見えなかった。
改めて菜緒の言葉を思い出す。
餓鬼病患者たちが寄生虫の宿主になっていたように、亜季もあの”舌”に寄生されていたのだ。
千年以上昔、京で巷を騒がせた怪異の源。
謎の貝と一緒にあの観音像に封印されていたそれが、何かの拍子に休眠から覚め、現代の日本に蘇ったのである。
舌状の怪生物と餓鬼病を引き起こす寄生虫との関係はわからない。
が、その謎もいずれは菜緒たちが解き明かしてくれるはずだった。
ひと通り家族を見舞って、帰路につく。
そろそろN市のマンションに戻る頃だった。
両親と妹一家が退院してくる前に、一度様子を見に行こう。
そう考え、JRと地下鉄を乗り継いで我が家に戻った。
我が家といっても、独身中年の住む2Kの古いマンションである。
取り柄は市の中心に近く、交通の便が良いことくらいだ。
私の部屋は4階である。
エレベーターを降りると、吹きさらしの廊下に人影が見えた。
私の部屋のドアの前に、誰かが立っている。
初めは誰かわからなかった。
記憶にある彼女の容姿と、あまりにも変わり過ぎていたからだ。
「野沢、さん?」
人違いの可能性に怯えつつ、私は小声で話しかけた。
「はい」
女がはにかむように微笑み、そして、ねっとりした口調で言った。
「そんな他人行儀な。私のことなら、菜緒、でいいですよ」
それが担当医の診断だった。
勇樹は発病が早かった分、脳にまでダメージが残っている可能性があり、引き続き経過観察が必要なのだという。
うちの一家だけでなく、餓鬼病患者の大半は快方に向かっていた。
国の医療機関が総力を挙げて未知の感染症撲滅に取り組んだ結果、新たな患者の出現も抑えられている。
母と妹に面会して、退院の日取りを確認した。
先に入院した父は相変わらず寝たきりの認知症だが、餓鬼病はほぼ治っていて、後は引き取るだけだった。
問題は、亜季である。
彼女だけはこの大学病院の外科病棟に入院していて、つい最近までICUに入っていたのだ。
あの嵐の晩、菜緒に舌を根元から引き千切られた亜季は、出血多量の瀕死状態で病院に搬送されたのである。
幸い命は取り留めたが、主治医の話では、舌を丸ごと整形するのはかなり難しく、元のようにしゃべれるようになるかどうかは現在のところ、不明とのことだった。
何年もかけて少しずつ人工舌の形成手術を繰り返し、その都度リハビリを進めていくしかないという。
私が見舞った時、亜季は眠っていた。
シーツから上半身を出した彼女は、私の知っている清楚な少女に戻っていて、とてもあの時の妖女と同一人物には見えなかった。
改めて菜緒の言葉を思い出す。
餓鬼病患者たちが寄生虫の宿主になっていたように、亜季もあの”舌”に寄生されていたのだ。
千年以上昔、京で巷を騒がせた怪異の源。
謎の貝と一緒にあの観音像に封印されていたそれが、何かの拍子に休眠から覚め、現代の日本に蘇ったのである。
舌状の怪生物と餓鬼病を引き起こす寄生虫との関係はわからない。
が、その謎もいずれは菜緒たちが解き明かしてくれるはずだった。
ひと通り家族を見舞って、帰路につく。
そろそろN市のマンションに戻る頃だった。
両親と妹一家が退院してくる前に、一度様子を見に行こう。
そう考え、JRと地下鉄を乗り継いで我が家に戻った。
我が家といっても、独身中年の住む2Kの古いマンションである。
取り柄は市の中心に近く、交通の便が良いことくらいだ。
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エレベーターを降りると、吹きさらしの廊下に人影が見えた。
私の部屋のドアの前に、誰かが立っている。
初めは誰かわからなかった。
記憶にある彼女の容姿と、あまりにも変わり過ぎていたからだ。
「野沢、さん?」
人違いの可能性に怯えつつ、私は小声で話しかけた。
「はい」
女がはにかむように微笑み、そして、ねっとりした口調で言った。
「そんな他人行儀な。私のことなら、菜緒、でいいですよ」
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