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#382話 施餓鬼会㊺
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それからのことはほとんど覚えていない。
記憶にあるのは、救急車のサイレンの音と、裸の背中に当たる担架の固さくらいなものだ。
とにかく全身が氷のように冷たくなり、ひどい脱力感で指一本動かせなかった。
それでいて、どうしたことか、局部だけが鬼のように熱く、硬直して肥大化していた。
全裸で性器を勃起させたまま泥水の中に横たわる中年男…。
それが私だった。
が、幸いなことに意識はまもなく途切れ、恥ずかしさを感じることなく、私は闇に沈んだのである…。
次に目覚めたのは、病院の個室だった。
「気がつきましたか?」
若い女性の声に薄目を開けると、窓から差し込む陽射しを背景に、菜緒がこちらをのぞき込んでいた。
「三日三晩、眠っていたんですよ」
左手首から伸びる点滴の管とカテーテルを装着されているらしい下半身が、菜緒の言葉を裏付ける。
「極度の栄養失調と、脱水症状だそうです」
「栄養、失調…?」
その言葉の意味がわかると、ぞくっと寒気の塊が背筋に生じたようだった。
あの時の悪夢が脳裏にフラッシュバックして、猛烈な吐き気がこみ上げる。
間近に迫った悪鬼のごとき亜季の顔。
そして、口から侵入した、あの蛇のように長い舌…。
あれは、私の消化器官の内壁から、直接栄養分を吸収していたのだ…。
「君は…大丈夫なのか?」
やっとのことで声を絞り出すと、
「かすり傷程度です。私も一応ここへ運ばれましたが、入院の必要はないって、すぐに帰されちゃいました」
そう言って破顔した。
少しだけ、ほっとした。
サファリジャケットを羽織った目の前の菜緒は、確かに元気そうである。
「亜季…亜季は、どうなった…?」
一番の気がかりを口にした。
「なんとか一命はとりとめたようです。ただ、舌が根元から千切れているので、今後、発話は困難かと…」
「…そうか」
私と菜緒の間に気まずい沈黙が降りた。
それをやったのは、私たちなのだ。
しかし、そうでもしないと、少なくともあの時、私は死んでいた…。
「そういえば、もうひとつ、悪い知らせがあります」
言いにくそうに、菜緒が言葉の穂を継いだ。
「何?」
「先おとといのあの豪雨で、里山の斜面が崩れて、興安寺が土砂に…」
「まさか…住職は?」
私は思い出す。
そういえば、あの時、住職の携帯は繋がらなかった。
「行方不明ってことです。まだ見つかってません」
心配事がまた増えた。
餓鬼病で入院したままの家族4人のその後も気になるし、亜季の怪我、そのうえ、住職までも…。
いつまでも寝ているわけにはいかなさそうだった。
「まだ安静にしてたほうがいいですよ」
無意識に上体を起こそうとして、菜緒に止められた。
「いや、腹が減ってたまらないんだ」
これはうそではなかった。
亜季に栄養を吸い取られたせいだろうか。
少し前から私は猛烈な空腹を感じていた。
「看護師さん、呼んできますね」
菜緒が出ていくと、私はもうひとつの気がかりを確かめるために、シーツをめくってみた。
はだけた病衣の下は、全裸である。
案の定、その裸の下半身の中心からは、そこだけ場違いに逞しく、棍棒並みに硬くなった性器が聳え立っていた。
どうやらあの時から、ずっとこの状態が続いているらしい。
突然止めようのない衝動的な劣情に襲われた私は、先端からカテーテルの管が飛び出たその熱い棒状の器官をぎゅっと握り締め、思わずその名をつぶやいていた。
「亜季…」
記憶にあるのは、救急車のサイレンの音と、裸の背中に当たる担架の固さくらいなものだ。
とにかく全身が氷のように冷たくなり、ひどい脱力感で指一本動かせなかった。
それでいて、どうしたことか、局部だけが鬼のように熱く、硬直して肥大化していた。
全裸で性器を勃起させたまま泥水の中に横たわる中年男…。
それが私だった。
が、幸いなことに意識はまもなく途切れ、恥ずかしさを感じることなく、私は闇に沈んだのである…。
次に目覚めたのは、病院の個室だった。
「気がつきましたか?」
若い女性の声に薄目を開けると、窓から差し込む陽射しを背景に、菜緒がこちらをのぞき込んでいた。
「三日三晩、眠っていたんですよ」
左手首から伸びる点滴の管とカテーテルを装着されているらしい下半身が、菜緒の言葉を裏付ける。
「極度の栄養失調と、脱水症状だそうです」
「栄養、失調…?」
その言葉の意味がわかると、ぞくっと寒気の塊が背筋に生じたようだった。
あの時の悪夢が脳裏にフラッシュバックして、猛烈な吐き気がこみ上げる。
間近に迫った悪鬼のごとき亜季の顔。
そして、口から侵入した、あの蛇のように長い舌…。
あれは、私の消化器官の内壁から、直接栄養分を吸収していたのだ…。
「君は…大丈夫なのか?」
やっとのことで声を絞り出すと、
「かすり傷程度です。私も一応ここへ運ばれましたが、入院の必要はないって、すぐに帰されちゃいました」
そう言って破顔した。
少しだけ、ほっとした。
サファリジャケットを羽織った目の前の菜緒は、確かに元気そうである。
「亜季…亜季は、どうなった…?」
一番の気がかりを口にした。
「なんとか一命はとりとめたようです。ただ、舌が根元から千切れているので、今後、発話は困難かと…」
「…そうか」
私と菜緒の間に気まずい沈黙が降りた。
それをやったのは、私たちなのだ。
しかし、そうでもしないと、少なくともあの時、私は死んでいた…。
「そういえば、もうひとつ、悪い知らせがあります」
言いにくそうに、菜緒が言葉の穂を継いだ。
「何?」
「先おとといのあの豪雨で、里山の斜面が崩れて、興安寺が土砂に…」
「まさか…住職は?」
私は思い出す。
そういえば、あの時、住職の携帯は繋がらなかった。
「行方不明ってことです。まだ見つかってません」
心配事がまた増えた。
餓鬼病で入院したままの家族4人のその後も気になるし、亜季の怪我、そのうえ、住職までも…。
いつまでも寝ているわけにはいかなさそうだった。
「まだ安静にしてたほうがいいですよ」
無意識に上体を起こそうとして、菜緒に止められた。
「いや、腹が減ってたまらないんだ」
これはうそではなかった。
亜季に栄養を吸い取られたせいだろうか。
少し前から私は猛烈な空腹を感じていた。
「看護師さん、呼んできますね」
菜緒が出ていくと、私はもうひとつの気がかりを確かめるために、シーツをめくってみた。
はだけた病衣の下は、全裸である。
案の定、その裸の下半身の中心からは、そこだけ場違いに逞しく、棍棒並みに硬くなった性器が聳え立っていた。
どうやらあの時から、ずっとこの状態が続いているらしい。
突然止めようのない衝動的な劣情に襲われた私は、先端からカテーテルの管が飛び出たその熱い棒状の器官をぎゅっと握り締め、思わずその名をつぶやいていた。
「亜季…」
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