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#381話 施餓鬼会㊹
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しまった!
恐怖に身がすくんだ。
時間が一瞬止まり、スローモーションで舌が近づいてくるのが見えた。
間近で見ると、それは異様な形をしていた。
蛇のそれのように先が二つに分かれ、更にその一つひとつの先に丸い口が開いている。
口の内周を覆っているのは細かい歯だ。
亜季の舌は、ちょうど肉食のゴカイのような姿をしているのだった。
独立した生き物のようなその舌は、明らかに意志を持って私の喉首を狙っていた。
私の両腕は抱き上げた亜季の身体で塞がれている。
膝から下も同様だった。
亜季の体重がかかって、立ち上がることもままならない。
動かせるのは首から上だが、顔を背けたくらいで舌の襲撃を避けられるとは思えない。
なすすべもなかった。
このままでは喉を食いちぎられる!
目をつぶりかけた時、横から手が伸びた。
またしても、菜緒だった。
いつのまにか近くに忍び寄っていた菜緒が、腰のばねを利かせて舌に飛び掛かったのだ。
両手で舌をつかみ、全体重をかけて転がる菜緒。
「ググググググ…」
亜季の口からゴムひものように舌が伸び、ちぎれんばかりにピンと張った。
今だ!
私は左手で亜季を抱き直し、右手を床につけると、とっさに身体を浮かせ、右足を引いて足の裏で地面を蹴った。
そのまま、亜季を抱えて、菜緒とは反対方向に泥水の中へと前のめりに倒れ込む。
抵抗感があったのも、ほんのわずかな間のことだった。
すぐにプチン!と湿った音がして、後ろへ引かれる力がなくなった。
「ギャアッ!」
亜季が絶叫し、その口から多量の血を吐き出した。
「きゃあっ!」
同時に上がった菜緒の悲鳴に振り向くと、ちぎれた長い舌が水蛇のように身をくねらせながら今まさに水面を泳ぎ去るところだった。
「救急車! 救急車を!」
血を吐き続ける亜季を抱きしめ、私は叫んだ。
その声に、泥水の中に尻もちをつき、泳ぎ去る舌の行方を目で追っていた菜緒が、ぴょこんと飛び上がる。
「待ってください! 今、119番してきます!」
バシャバシャ水を跳ね散らかしながら、部屋を飛び出していった。
「頼む! このままでは、亜季が!」
私の腕の中の亜季は、顔色こそ悪いものの、あの妖艶さが消え、すっかり元の少女に戻っていた。
亜季を抱きかかえたまま外に目をやると、幸いなことに、雨脚はかなり弱まってきていた。
どうやら、台風もピークを過ぎたらしい。
部屋の中に視線を戻し、”あれ”を探す。
が、すでに”舌”はいなくなっていた。
いったい、何だったんだ?
私は改めて冷たい亜季の身体を抱きしめた。
わかっていることは、ただ一つ。
それは、すべての元凶は、あの”舌”だったということだ…。
恐怖に身がすくんだ。
時間が一瞬止まり、スローモーションで舌が近づいてくるのが見えた。
間近で見ると、それは異様な形をしていた。
蛇のそれのように先が二つに分かれ、更にその一つひとつの先に丸い口が開いている。
口の内周を覆っているのは細かい歯だ。
亜季の舌は、ちょうど肉食のゴカイのような姿をしているのだった。
独立した生き物のようなその舌は、明らかに意志を持って私の喉首を狙っていた。
私の両腕は抱き上げた亜季の身体で塞がれている。
膝から下も同様だった。
亜季の体重がかかって、立ち上がることもままならない。
動かせるのは首から上だが、顔を背けたくらいで舌の襲撃を避けられるとは思えない。
なすすべもなかった。
このままでは喉を食いちぎられる!
目をつぶりかけた時、横から手が伸びた。
またしても、菜緒だった。
いつのまにか近くに忍び寄っていた菜緒が、腰のばねを利かせて舌に飛び掛かったのだ。
両手で舌をつかみ、全体重をかけて転がる菜緒。
「ググググググ…」
亜季の口からゴムひものように舌が伸び、ちぎれんばかりにピンと張った。
今だ!
私は左手で亜季を抱き直し、右手を床につけると、とっさに身体を浮かせ、右足を引いて足の裏で地面を蹴った。
そのまま、亜季を抱えて、菜緒とは反対方向に泥水の中へと前のめりに倒れ込む。
抵抗感があったのも、ほんのわずかな間のことだった。
すぐにプチン!と湿った音がして、後ろへ引かれる力がなくなった。
「ギャアッ!」
亜季が絶叫し、その口から多量の血を吐き出した。
「きゃあっ!」
同時に上がった菜緒の悲鳴に振り向くと、ちぎれた長い舌が水蛇のように身をくねらせながら今まさに水面を泳ぎ去るところだった。
「救急車! 救急車を!」
血を吐き続ける亜季を抱きしめ、私は叫んだ。
その声に、泥水の中に尻もちをつき、泳ぎ去る舌の行方を目で追っていた菜緒が、ぴょこんと飛び上がる。
「待ってください! 今、119番してきます!」
バシャバシャ水を跳ね散らかしながら、部屋を飛び出していった。
「頼む! このままでは、亜季が!」
私の腕の中の亜季は、顔色こそ悪いものの、あの妖艶さが消え、すっかり元の少女に戻っていた。
亜季を抱きかかえたまま外に目をやると、幸いなことに、雨脚はかなり弱まってきていた。
どうやら、台風もピークを過ぎたらしい。
部屋の中に視線を戻し、”あれ”を探す。
が、すでに”舌”はいなくなっていた。
いったい、何だったんだ?
私は改めて冷たい亜季の身体を抱きしめた。
わかっていることは、ただ一つ。
それは、すべての元凶は、あの”舌”だったということだ…。
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