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#376話 施餓鬼会㊴
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「アレって?」
「ちょっと…来てください」
菜緒は明らかに様子がおかしかった。
請われるまま、庭を回って玄関のほうへと向かう。
トイレは木造の小屋の隣に位置している。
いまだくみ取り式だから、トイレというより、便所と呼ぶほうがふさわしい。
菜緒が立ち止まったのは、農作業の道具などがしまってある小屋の前だった。
「この中です。なにげにのぞいたら、見つけちゃいまして…」
一枚板の引き戸が10センチほど開いていて、中が見えている。
中は、農業の要である父が寝たきりになってからずっと放置されていたガラクタでいっぱいのはずだ。
「何が?」
菜緒の言い方が微妙に引っかかり、おそるおそる隙間から中をのぞいてみた。
そこは4坪半ほどの狭い空間で、埃をかぶった耕運機やらなんやらが乱雑に押し込まれている。
壁にはひどく時代がかった編み笠や蓑などが掛けられているのだが、その間に”それ”はあった。
棚の上に立てかけるようにして壁にもたれている細長いもの…。
「まじか…?」
私は目を見張った。
あるはずのないものが、そこにある。
「どうして、こんなものが、ここに…?」
菜緒が見つけ、私が驚愕したその物体ー。
それは、紛れもなく、あの蛇舌観音の舌の部分だった。
「和尚さん、最近ここに来ませんでした?」
「いや、あれ以来、会ってないよ」
そもそも、この家を訪れる者など、いるはずがないのだ。
余所者である私以外は、誰も住んでいないのだから。
「ご住職に訊いてみよう」
スマホを取り出し、京安寺に電話してみた。
が、待っても待ってもつながらない。
「おかしいな。誰も出ないぞ」
「なんだか、雲行きが怪しくなってきましたね。あの、物理的にも」
空を見上げて、菜緒が言った。
「ほんとだ」
さっきまであんなに晴れていたのに、いつのまにか周囲は昏くなり、頭上はすっかりどす黒い雨雲に覆いつくされてしまっている。
「こりゃ、一気に来るかもしれないぞ」
そう口にしかけた、その瞬間だった。
突然、真っ黒い雲海の中で稲妻が閃き、ひと呼吸おいて、大地を震わすような雷鳴が轟いた。
「きゃっ!」
菜緒が小さな子供みたいに耳を塞いで地面にうずくまる。
そこへ、いっぱいまで水の入ったバケツをひっくり返したように、いきなり大粒の雨が降ってきた。
「まずい! 早く中へ!」
顔面蒼白になってフリーズしている菜緒をなんとか立たせ、抱えるようにして玄関から土間に飛び込んだ。
土砂降りの雨が弾幕と化して視野を覆いつくし、白く煙る世界を轟音とともに稲光が引き裂いた。
「きょうは泊っていきなさい。部屋ならいくらでもある」
探し出した乾いたバスタオルを菜緒に渡しながら、私は言った。
「は、はい、お願いします。私、カミナリ、ダメなんです」
菜緒は歯の根も合わないようだ。
この時私たちは、すでにあの”舌”のことをすっかり忘れてしまっていた。
「ちょっと…来てください」
菜緒は明らかに様子がおかしかった。
請われるまま、庭を回って玄関のほうへと向かう。
トイレは木造の小屋の隣に位置している。
いまだくみ取り式だから、トイレというより、便所と呼ぶほうがふさわしい。
菜緒が立ち止まったのは、農作業の道具などがしまってある小屋の前だった。
「この中です。なにげにのぞいたら、見つけちゃいまして…」
一枚板の引き戸が10センチほど開いていて、中が見えている。
中は、農業の要である父が寝たきりになってからずっと放置されていたガラクタでいっぱいのはずだ。
「何が?」
菜緒の言い方が微妙に引っかかり、おそるおそる隙間から中をのぞいてみた。
そこは4坪半ほどの狭い空間で、埃をかぶった耕運機やらなんやらが乱雑に押し込まれている。
壁にはひどく時代がかった編み笠や蓑などが掛けられているのだが、その間に”それ”はあった。
棚の上に立てかけるようにして壁にもたれている細長いもの…。
「まじか…?」
私は目を見張った。
あるはずのないものが、そこにある。
「どうして、こんなものが、ここに…?」
菜緒が見つけ、私が驚愕したその物体ー。
それは、紛れもなく、あの蛇舌観音の舌の部分だった。
「和尚さん、最近ここに来ませんでした?」
「いや、あれ以来、会ってないよ」
そもそも、この家を訪れる者など、いるはずがないのだ。
余所者である私以外は、誰も住んでいないのだから。
「ご住職に訊いてみよう」
スマホを取り出し、京安寺に電話してみた。
が、待っても待ってもつながらない。
「おかしいな。誰も出ないぞ」
「なんだか、雲行きが怪しくなってきましたね。あの、物理的にも」
空を見上げて、菜緒が言った。
「ほんとだ」
さっきまであんなに晴れていたのに、いつのまにか周囲は昏くなり、頭上はすっかりどす黒い雨雲に覆いつくされてしまっている。
「こりゃ、一気に来るかもしれないぞ」
そう口にしかけた、その瞬間だった。
突然、真っ黒い雲海の中で稲妻が閃き、ひと呼吸おいて、大地を震わすような雷鳴が轟いた。
「きゃっ!」
菜緒が小さな子供みたいに耳を塞いで地面にうずくまる。
そこへ、いっぱいまで水の入ったバケツをひっくり返したように、いきなり大粒の雨が降ってきた。
「まずい! 早く中へ!」
顔面蒼白になってフリーズしている菜緒をなんとか立たせ、抱えるようにして玄関から土間に飛び込んだ。
土砂降りの雨が弾幕と化して視野を覆いつくし、白く煙る世界を轟音とともに稲光が引き裂いた。
「きょうは泊っていきなさい。部屋ならいくらでもある」
探し出した乾いたバスタオルを菜緒に渡しながら、私は言った。
「は、はい、お願いします。私、カミナリ、ダメなんです」
菜緒は歯の根も合わないようだ。
この時私たちは、すでにあの”舌”のことをすっかり忘れてしまっていた。
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