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#375話 施餓鬼会㊳

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 お盆は明けたが、私はまだ実家にとどまり続けていた。
 なんせ、両親と妹、そして甥の4人が、そろって入院してしまったからである。
 罠にかかった3人は、父同様、重篤の餓鬼病患者のためにあてがわれたG大病院の特別隔離病棟に収容された。
 G大では、他の患者を近隣の医院に移し、病床を空けることでこの新たな感染症に本腰を入れて対応始めていた。
 勤め先は隣県のN市にあったから、時間がこれまでの倍以上かかることを除けば、通勤は不可能ではなかった。
 だが、だだっ広い農家にひとりで暮らすのは、あんなことがあった後だけに、さすがに気味が悪かった。
 お盆最終日に起こったあの事件後、すぐに大規模な山狩りが行われ、食物を求めて放浪していた餓鬼病患者の大半は確保・保護されていたが、うわさによると、まだ数名、発見されていないとのことだったのだ。
 警察の調査の結果、ここ1か月ほどの間に民家に侵入して食べ物を漁ったりペットや家畜を食い殺したりしていた犯人は、ほぼ間違いなく彼らだと判明していた。
 そして更に、里山の麓にあった例の旧日本軍の遺構は、私の予想通り寺の近くの壊れかけた祠まで地下隧道でつながっており、中で患者たちが暮らしていた跡も見つかった。
 こうして騒動は一応収まったかに見えたのだが、私にはひとつ、重大な事案が残されていたー。
 消防団や村の有志、および警官たちによる連日の山狩りでも発見されない者の中に、亜季が入っていたのである。
 餓鬼化していなかった彼女は、この騒動に便乗して、村を捨て、N市などの都会へ出て行った。
 そうも考えたが、亜季の部屋を調べてみた結果、衣服などもすべてそのまま残っており、特に家出をした痕跡はなかった。
 もうひとつ考えられるのは、亜季がすでに餓鬼化した勇樹や母たちに食われてしまったという最悪の事態であるが、私個人としては、これもしっくりこなかった。
 以前目撃した亜季は、少なくとも双子の弟の勇樹に対して、上の立場に立っていたような印象だったからである。
 そう。
 まるで彼女が、餓鬼と化した弟を飼っているかのように…。
 
 私の実家を菜緒が訪れたのは、お盆が明けて初めての休日の午後遅くのことだった。
「病院に寄ってきましたけど、餓鬼病患者さんたちの治療に光明が見えてきたみたいです」
 縁側に腰かけ、私の勧めた麦茶を飲みながら、開口一番、菜緒は言った。
「寄生された箇所が肝臓や門脈の場合、増殖した寄生虫の幼体や卵さえ取り除けば、ひと月ほどで元に戻るそうです。ただ、問題は、寄生箇所が脳内ってケースで、この場合は手術が困難なので、何年もかけて薬で治療するしかないようです。幸い、我が国には、日本住血吸虫症根絶の事例もありますから、治療薬の開発は順調に進んでいるとのことです。つまり、治らないことはないと、そう証明されたようなものだってことですね」
「うちの家族は、どうも全員後者みたいだな。あの野獣のような振る舞いは、脳を冒されていた証拠だろう。年単位の投薬治療か。やれやれだね。せめて、治った後、後遺症が残らないことを祈るよ」
 いいニュースといえばそうだが、手放しで喜ぶ気にはなれなかった。
 私の顔が曇ったことに気づいたのだろう、菜緒が素早く話題を変えた。
「ところで、姪御さんは、まだ見つからないんですか? 亜季さんっていいましたっけ?」
「ああ」
 私は頭を抱えた。
「警察は、家出じゃないかって言い出してる。あの子だけ餓鬼になっていなかったし、彼女、15歳にしては大人びたところがあったからね」
「家出して都会に出て、東横キッズみたいになっちゃったってことですか?」
「うーん、でも、部屋の様子からして、何か持ち出した形跡はないんだよな。まあ、クレジットカードとか、持ってたなら話は別なんだが」
「カード会社に問い合わせれば、持ってたかどうか、持ってたとしたら、最近使ったかどうか、わかるのでは?」
「そうだけど、それは警察の仕事だろうね」
「あの、すみません」
 会話の途中、急にもじもじし出して、菜緒が言った。
「ちょっと、おトイレ、貸していただけませんか」
「いいよ。案内するよ。こっち」
 トイレは外にある。
 何しろ、ただひたすら、昔ながらの農家の造りなのだ。
 数分後。
 用を済ませて戻ってきた菜緒は、奇妙な表情をそのそばかすだらけの顔に浮かべていた。
 眼鏡の位置を直して私をまじまじと見つめると、菜緒はいぶかしそうにこう言った。
「あのう…。どうしてここに、アレがあるんですか?」


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