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#372話 施餓鬼会㊲

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 レトロな感じのその喫茶店を出ると、あたりはかなり薄暗くなっていた。
 夏の盛りだからこの時間、普通はもう少し明るいはずなのだが、周囲を山に囲まれているせいだろうか。
「行こうか」
「はい…」
 短い休憩で私も菜緒も多少落ち着きを取り戻してはいたが、さすがに口数が少なくなっていた。
 竹林の中を続く長い石段を登り切り、山門をくぐると、本堂に灯がともっているのが見えた。
 木魚の音をリズムに聴こえてくるのは、住職の読経の声だ。
 宿坊に顔を出すと奥さんが居て、主人は今、施餓鬼供養をしてるんです、と教えてくれた。
 一般公開の施餓鬼会法要は中止にしたが、寺としては供養は行わなければならないから、との理由だそうだ。
 この地方は江戸時代の天明、天保の大飢饉の際、多くの餓死者を出している。
 地域を代表する古刹である興福寺は、このお盆の時期、代々そういった人々を悼んできたのだという。
「どうぞおあがりください。あり合わせですが、一応、お夕食もご用意してありますので」
「わあ、ありがとうございます」
 喫茶店ではアイスコーヒーしか口にしていなかった菜緒が、心底嬉しそうな声を出す。
 遠慮なく夕食をごちそうになっていると、
「来たよ~」
 玄関先でのんきな声がして、奥さんの返事も待たずに猟友会の老人ふたりが、若者一人を連れて入ってきた。
「力仕事じゃから、孫、連れてきてやったさ」
 三人とも大きな荷物を背負っている。
「これ、高かったんだよなあ。見てくれよ、うまそうだろ」
 老人が床に置いたクールボックスの蓋を取りながら、得意げに言った。
 中に詰まっているのは、見るからに高級品そうな、霜降りの牛肉である。
「自分が食べるんじゃねえんだから、何も飛騨牛を買わなくても…」
 若者が憮然とした表情でぼやくと、
「馬鹿言え。きょうは本物の餓鬼を捕まえるんだぞ。安い筋肉なんか使った日にゃ、どんな罰が当たるかわがんね」 
 背の低い方の老人が言い返した。
 こちらが若者の祖父なのだろう。
 私は苦笑を嚙み殺した。
 高いも安いも、軍資金を出したのは、ほかならぬこの私なのだ。
 そこに、読経を終え、普段着に着替えた住職が戻ってきた。
「ご苦労様です。お忙しいところ、きょうはどうもありがとうございました」
 額の汗をタオルで拭いながら、頭を下げる。
「それで、どこに仕掛けるだね?」
 もう一人の長身の老人の問いに、
「裏の竹林の中に、少し開けた空き地があります。さすがに境内では目立つので…。実は私も少しずつ、準備を進めておりまして」
 先に立つ住職の後に、猟友会の三人、私、菜緒の順で続く。
「こちらです」
 竹林の入口まで来ると、住職が大型の懐中電灯をつけて前を照らした。
 数メートル歩いたところに左に入る小道があり、そこを曲がると、開けた場所に出た。
 直径10メートルほどの円形の砂地で、なぜかここだけ竹が生えていない。
「ほう、これをおひとりで」
 ふたりの老人がそろって感嘆の声を上げた。
 砂地の中央に、縦横5メートル、深さ50センチほどの正方形の穴が開いている。
「いや、バイト君にも手伝ってもらったし、ここだけ地面が柔らかいので、大したことありませんでした」
 住職が照れくさそうに笑って返す。
「投網を仕掛けるには、ちょうどいい大きさですね。穴が深すぎたり、あるいは逆に地面に直接網を広げたのでは、目立って警戒されてしまう」
 私の言葉に、全員がうなずいた。
 そう。
 我々が立てた計画は、ごくシンプルなものである。
 餓鬼たちを生肉でおびき寄せ、投網の上に乗ったところで文字通り一網打尽にする。
 これなら、彼らを無駄に傷つけないで済むからだ。

 
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