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#369話 施餓鬼会㉞
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おっかなびっくりといった感じで、差し出されたスマホの画面をのぞきこむ。
粒子の荒い白黒の画面に映っているのは、薄暗い部屋である。
部屋にはベッド以外何もなく、特にこれといって不審な点もない。
「何もいないけど…」
眼鏡に手を当て、菜緒が言う。
と、その瞬間だった。
黒い影が画面を横切ったかと思うと、ベッドの上に何かが落ちてきた。
はだけた病衣から突き出た、逆関節の節くれだった四肢。
バレーボールのように膨らんだ腹部と、やせこけて肋骨が浮き出た胸板が不釣り合いだ。
胸板から垂れ下がる一対のしなびた乳房と長いザンバラ髪から、辛うじて女性とわかった。
監視カメラで見られているのがわかるのか、患者はこちらに顔を向けると、牙をむき出し、毒蛇みたいに「シャーッ!」という形に口を開け、威嚇してきた。
眼は完全に瞳孔が消え、白目だけになっており、まさに地獄の亡者そのものだ。
「天井に貼りついていたんだよ。獲物を待ち受ける時、やつらのよくやる手だ」
苦虫をかみつぶしたような口調で、青年が言った。
「ひどい…。まさか、これほどまでとは、思わなかった」
四本の長い脚を巧みに動かして部屋の中を動き回るそれを見ながら、菜緒が苦渋に満ちた口調でひとりごちた。
「ここまで病状が進んでる例はまだ数体だけど、危険なので”独房”と呼ばれる隔離部屋に入れられてる。さっき被害に遭った看護師は、他の病院からここに補助要員として回されてきたばかりで、引継ぎが上手くいっていなかったんだと思う。防護服は着てたんだけど、首から上はノーマークで、それで…。寝たふりしてる患者に不用意に顔を近づけて、右頬を丸ごと食いちぎられた…」
青年の話を聞きながら、私はショックで声も出なかった。
寝たきりの父を襲った勇樹は、まさしくこの状態だったのだ。
しかし、こんなにまで異形化が進行してしまうと、もはや人間とはいえないのではないか…。
そんな疑問が、ちらっと頭の片隅をかすめ、
「この患者と同じ、末期症状の者が、何人も野放しになってるんだ。早く何とかしないと」
額ににじんだ汗を手の甲で拭うと、私はふたりに向かって言った。
「それと、もうひとつ気になるのは、感染経路なんだが…。寄生虫の幼体が住む川や水路で皮膚感染する以外に、例えば、患者に噛まれたその傷口から寄生虫が体内に侵入するというケースも、考えられないかな?」
「うーん、それはどうですかね」
青年が尖った顎に手を当て、唸った。
「まだそこまでは研究が進んでいないので、現時点では、なんとも…」
「でも、もしそれがあり得るなら」
菜緒が、眼鏡の奥のつぶらな瞳をぱちぱちさせて私たちを交互に見た。
「それって完全に、ゾンビ映画の世界ですよね?」
粒子の荒い白黒の画面に映っているのは、薄暗い部屋である。
部屋にはベッド以外何もなく、特にこれといって不審な点もない。
「何もいないけど…」
眼鏡に手を当て、菜緒が言う。
と、その瞬間だった。
黒い影が画面を横切ったかと思うと、ベッドの上に何かが落ちてきた。
はだけた病衣から突き出た、逆関節の節くれだった四肢。
バレーボールのように膨らんだ腹部と、やせこけて肋骨が浮き出た胸板が不釣り合いだ。
胸板から垂れ下がる一対のしなびた乳房と長いザンバラ髪から、辛うじて女性とわかった。
監視カメラで見られているのがわかるのか、患者はこちらに顔を向けると、牙をむき出し、毒蛇みたいに「シャーッ!」という形に口を開け、威嚇してきた。
眼は完全に瞳孔が消え、白目だけになっており、まさに地獄の亡者そのものだ。
「天井に貼りついていたんだよ。獲物を待ち受ける時、やつらのよくやる手だ」
苦虫をかみつぶしたような口調で、青年が言った。
「ひどい…。まさか、これほどまでとは、思わなかった」
四本の長い脚を巧みに動かして部屋の中を動き回るそれを見ながら、菜緒が苦渋に満ちた口調でひとりごちた。
「ここまで病状が進んでる例はまだ数体だけど、危険なので”独房”と呼ばれる隔離部屋に入れられてる。さっき被害に遭った看護師は、他の病院からここに補助要員として回されてきたばかりで、引継ぎが上手くいっていなかったんだと思う。防護服は着てたんだけど、首から上はノーマークで、それで…。寝たふりしてる患者に不用意に顔を近づけて、右頬を丸ごと食いちぎられた…」
青年の話を聞きながら、私はショックで声も出なかった。
寝たきりの父を襲った勇樹は、まさしくこの状態だったのだ。
しかし、こんなにまで異形化が進行してしまうと、もはや人間とはいえないのではないか…。
そんな疑問が、ちらっと頭の片隅をかすめ、
「この患者と同じ、末期症状の者が、何人も野放しになってるんだ。早く何とかしないと」
額ににじんだ汗を手の甲で拭うと、私はふたりに向かって言った。
「それと、もうひとつ気になるのは、感染経路なんだが…。寄生虫の幼体が住む川や水路で皮膚感染する以外に、例えば、患者に噛まれたその傷口から寄生虫が体内に侵入するというケースも、考えられないかな?」
「うーん、それはどうですかね」
青年が尖った顎に手を当て、唸った。
「まだそこまでは研究が進んでいないので、現時点では、なんとも…」
「でも、もしそれがあり得るなら」
菜緒が、眼鏡の奥のつぶらな瞳をぱちぱちさせて私たちを交互に見た。
「それって完全に、ゾンビ映画の世界ですよね?」
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